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魔女は契約を継承す  作者: 若槻風亜
魔女との出会い編
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第2話 「あなたの味方」④


 全員が座るのを見計らってファーラはその順番にお茶を出し、最後に自分の分を注いでロザリアの隣に座った。どうぞ飲んでください、とファーラに勧められ、それぞれがティーカップに口を付ける。


「お師様の話の後は何のお話してたですか?」


 自分が把握するため、というより、話の続きを促す意味が強い問いかけだった。それでも、ニーロはざっくりと話の経緯をファーラに説明してやる。


「なるほどなるほど、その流れでお父さんが引き取られた時の話になったですね。あっ、そういえば、あれは話さないんですか? ほら、お父さんが魔女になって最初にやった〝偉業〟」


 何かを思い出したファーラは、きらきらとした双眸を父とロザリアに交互に向けた。ニーロは肩を竦めて何とも言えない顔をするが、ロザリアは「それはいい」と同意して軽く手を叩き合わせる。


「ブリジットはもうニーロの冠名は知ってるかしら?」


「えっと、空間、ですよね?」


「せいかぁい。でもね、実は最初に与えられたのはそれじゃなかったのよ」


 冠名は、その人物の一番得意な魔法によって決められる。ファーラが説明してくれたのはそんな内容だった。実際、空間魔法が得意なためにニーロは今「空間の魔女」と呼ばれている。


 にも関わらず、元の冠名は違った。


 ブリジットが軽く混乱した様子を見せていると、ロザリアは説明を補足する。


「冠名は一番得意な魔法によって決められるのが通常よね。でもね、中には行ってきたことやその他の得意分野から付けられるものもあるのよ。ニーロの最初の冠名も――あらあらあら、このお茶美味しいわねぇ。ファーラ、このハーブって余ってるかしら? よければ欲しいわ」


 途中で突然話が変わる。どうやら話が変わる直前に、それまで吹き冷ましていたハーブティーをようやく口に含んだらしい。


 真剣に聞いていたブリジットは肩透かしを食らった気分になるが、慣れているのかファーラは特別気にした様子もなく「あ、じゃあ取ってくるですよ」と外へと駆けて行った。


「……このまま話を忘れてくれてもいいんだが……」


 隣に座るニーロがぽそりと呟く。少し歪んだ顔には、照れが浮かんでいるように見えた。若い――幼い頃の話が恥ずかしいのかもしれない。


 師の応援をしたいような、続きを聞きたいような。ふたつの意見の間で揺れていると、忘れなかったロザリアが、自分で逸らしたばかりの話をきちんと戻しにかかる。


「うふふ、ごめんなさいね、美味しかったからつい。それで話の続きなんだけどね、ニーロの冠名も、最初はファーラがさっき言っていた魔女になって〝最初の偉業〟から付けられていたの。でも本人が『大仰すぎる』って嫌がったから、今の冠名に落ち着いたのよ。もったいなかったけど、当時もやっぱりやっかむ人がいたから、今考えると正しかったのかもね」


 ふう、と困った息を吐きだしてからロザリアはもう一度茶を口に運んだ。優雅な動作だが、今はその優雅さがブリジットには焦れったかった。


 とはいえ、目上のさらに目上と言っていい人物を急かすわけにはいかず、促す言葉を吐きそうな唇をきゅっと閉じる。幸い、ロザリアはブリジットが耐え切れなくなる前に「最初の偉業」について語り始めた。


「その最初の偉業っていうのはね、魔女が存在する空間全てを、より複雑に作り変えること」


 にこにことしたまま、とても普通に言ってのけられた内容が、最初ブリジットの耳には理解出来ず、思わず固まってしまう。今、ひどくあっさりととんでもないことを言わなかっただろうか。


 魔女たちの住居などがどのように存在するのか、ブリジットは正確には知らない。


 けれど、このニーロ邸のことを考えれば、魔女たちが普通の空間にいないのは何となく予想出来ていた。経験から、常人の目には簡単に映らない、ということも。


 その状態を師が作り上げたのだとすれば、確かに師が行ったことというのは相当な偉業ではないだろうか。


 詳細を聞き返す言葉を探してみるが、混乱する頭はそれを上手に形にしてくれない。それも察してか、手を彷徨わせて言葉を失うブリジットを無礼とも思わず、ロザリアは続きを喋り出す。


「元々ね? 魔女たちが暮らしている空間は普通の空間とはずれた位置にあったのよ。そこに入るためには鍵が必要だったから、私たちは誰も魔女狩りに見つかるだなんて思っていなかった。でも、実際は違ったの。当時の教会は姉さまやニーロたちが暮らしていた空間を見つけ出し、そこを襲撃したわ」


 脳裏に浮かぶ昔日の絶望が、ロザリアの双眸を暗く染めた。


 あの時の絶望の、言い表しようのなさは今でも変わらない。ずっと続くと思っていた平和が、一夜にして壊されたのだ。深夜に鳴り響く伝達の魔法。姉が住まう空間が襲撃に遭ったと知った時、本当に息が止まるかと思った。


 心から心から慕った姉が、可愛がっていた姪のような少女たちが、年が近く姉妹のように仲が良かった少女たちが、死体で引きずられていく様が水晶で写された時は、この世の終わりかとすら思った。自身が魔女狩りに襲われた時以上の恐怖が、そこにあったのだ。


「次は自分たちの番じゃないか、全ての魔女たちが思ったその時よ。突然空間が揺れ動いたの。まるで出来上がっていたパズルにナイフを入れて、もっと細かくしてから再度組み直していくように」


 魔力を持つ者は皆が感じ取った。


 その空間の変異を。変異に内包された、強い強い感情を。「守らなければ」という、苛烈なほど優しく、悲壮な決意を。


 思わずこぼした涙をロザリアは覚えている。その魔力の持ち主が誰か分かったから。生きていたことが嬉しくて、けれど同時に、幼いその身がそれだけの決意を抱くほど辛い思いを、目の前でしたのだという事実が悲しかったから。


「これ以上誰も死なせない。そういう思いから、ニーロが空間を組み替えてくれたおかげで、それ以降の魔女たちへの襲撃はなくなったわ。それからかしら、当時ニーロをよく思っていなかった魔女たちの対応が柔らかくなったのは。もちろん、それでも疑っていた魔女たちもいたけど、多くの魔女たちはニーロに感謝し、この子の功績を称えたわ。そして、冠名は自然とこうなったの。『変革の魔女』、と」


 変革の魔女。鸚鵡返しにしてから、ブリジットは自然と師に視線を向ける。ロザリアの話に過去を思い出していたのか、僅かにニーロは反応が遅れた。その刹那に見せていた表情に、ブリジットの胸はずきりと痛む。


「……大仰だろう? さすがに私には身に余るから、空間に変えてもらった」


 頬を軽く緩ませるニーロに、ブリジットは引きつりがちな笑みを返した。両者の様子を脇で見やるロザリアは、可哀そうだと思いつつも、耐えてくれるよう内心で彼らを応援する。


 ニーロにもブリジットにも辛い話だろうが、ブリジットには最後までニーロの味方でいてもらわなくてはいけない。ロザリアの勝手な感情であるのは本人も重々承知しているが、姉の「魔女」は姉の弟子であったニーロに、そして、彼女の孫弟子であるブリジットに継いで欲しい。


 だから、ニーロを嫌う者の言葉より先に、ニーロを慕う者の言葉を聞かせたかった。彼が、真実どういう人物なのかを。ロザリアが必死に主張した理由の大半は、もちろん甥っ子の弟子を見たかったからなのだが、理由の内にはこれも十分含まれている。


 すっかり沈鬱な空気が走ってしまった中、ロザリアはぽんと軽く手を叩き「そういえば」と敢えて明るい声を出す。


「当時はその後も大変だったのよぉ。ニーロが自分で作った空間から出てこられなくなっちゃって」


 うふふ、と軽く笑うロザリアに師弟の視線が向いた。ニーロはこれまでとは違う様子の「やめてくれ」という表情で、ブリジットは思わず興味をそそられた、といった表情をしている。


「当時の三大魔女のお一人だった方が魔法の組み立てを見るのが得意な方だったんだけどね、その方曰はく、組んで組んで組んで、そりゃあもう複雑に複雑に組まれて滅茶苦茶にこんがらがった紐みたいな空間になってる、って。中からも解除しようとすれば途中までは開くだろうけど、そこから先は外から壊さないと出られない、なんて聞いたらもう集まった魔女たち大慌てよ。だって、その時もう姉さまの襲撃から三日も経っていたんですもの」


 両手を大きく開いて驚いたような表情を作るロザリアに、ブリジットは思わずくすりと笑みをこぼした。その隣ではニーロが耐え難いように両目を片手で覆っている。


「次々に攻撃系の魔法が得意な魔女たちが集まってきて、空間の魔法と組み合わせて壊していったのよ~。ええと、何人だったかしら。20人?」


 頬に手を当て視線を空中に彷徨わせるロザリア。その彼女の疑問に答える声が不意に割って入った。


「18人ですわ、ロザリア様」



お読みいただきありがとうございます!

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