第14話「認められざる魔女」②
レナが素直な感想を述べると、キャシーは「そうだねー」と同意を示した。
「私もちょっとしか分からなかったよー。魔力の知覚能力に優れてるーなんて褒めてもらったことあったけど、全然だぁ。自信なくなっちゃうー」
「そうですか? お気づきになれるだけ凄いと思いますけど」
頬に両手を当ててため息をついたキャシーに、ブリジットは素直な感心を寄せる。先程の魔法は自身にかけられたから分かったが、空間が開いたのはブリジットにも全く分からなかった。
褒められ、キャシーは嬉しそうに笑う。
「えーそう? あ、でもね、あっちは気付けたよ。ニーロ様が二人に何か魔法かけてたの」
ブリジットが言わなかったことを、キャシーはあっさり口にする。聞き咎めたルネッタが面白くなさそうに顔を歪めた。
「魔法? 何のよ?」
「えー、知らなーい。魔力が動いたなーっていうのが分かっただけだもん。ブリジットちゃん分かる?」
問われ、ブリジットは恐縮した様子で首を振る。
「すみません、魔法が発動したのは魔力の流れで分かったんですが、何の魔法かは……」
分からない、とまで言われずとも全員がそれを察した。そうだよねーと笑うキャシー。この状況だとまた防御の魔法ですかね、と考察するファーラ。
「――ブリジット、魔力の流れ分かったの?」
問うてきたのはレナだ。素直に、しかし少し戸惑いつつブリジットが頷くと、レナは何やら思案顔になる。
一体どうしたのか、と問おうと思ったが、それよりルネッタがわめく方が早かった。
「何なのよあの男! 人の空間で勝手に魔法使って、それを黙ってるって何よ!? キャシーも、気付いたんだったらその場で言いなさいよ! 指摘出来ないじゃない」
「だってー、このタイミングで自分の弟子たちにだけかけるんだもん、防御とか反射とかその辺りでしょ。それを敢えて私たちにはかけてくれなかったんだよ? 言えないよ」
しょぼんとするレナに、ルネッタの怒りは完全にニーロの方に向かう。何なのよ、と繰り返すルネッタに、思考が終わったレナは疲れた溜め息を吐いた。
「ニーロ様が警戒しているのがシーラさんなら、私たちは大丈夫だと思ったんでしょう。私たちはあの人の攻撃対象にならないでしょうから。……特にあなた達は」
最後にレナがぼそりと呟いた言葉は、誰の耳にも届かない。
「ほら、もう部屋に入るわよ。ニーロ様がいなくなって日陰がなくなったからだいぶ暑くなってきたわ」
手を何度か叩き合わせてレナは行動を促す。言われてみれば暑い、と一同の視線は無意識に空に向かった。日陰が無くなった空は、夏の激しい日差しに照らされ、容赦なく熱気をまき散らしている。
自覚し、一同はキャシーの先導で玄関の扉をくぐった。中に入ると、少しばかり暑いが外よりもマシな温度に迎えられる。
「とりあえず応接室行こうか」
引き続きキャシーの先導で、広い邸内を進んだ。ブリジットたちが歩く音がやけに響く。
(――もしかして、他に人いないのかな……?)
これだけ大きい空間なのに、ここまでに出会ったのは、ルネッタたちを除けばゴーレムたちばかりだ。この邸内にも、人の気配がまるでない。
気になることが次々に増える、と思いながら、ブリジットはとりあえず今一番気になっていることについて、隣を歩くファーラに問いかける。
「ねえファーラちゃん、聞くタイミングが取れなかったんだけど、魔物って……本当にいるんだね?」
そう、魔物。魔物だ。
恐らく魔女だろうセスティアなる人物がニーロの助力を願った理由が、執行人や魔女の諍いではなく、魔物退治だった、という時点から、ブリジットは疑問で仕方なかった。
ブリジットも「魔物」という言葉は知っているし、存在も知っている。
だが、それはあくまでも絵本の中のおとぎ話。親が子供に「悪いことをしていると魔物が食べにくるよ」としつけをするために使う存在、という程度の認識だった。
「ああ、そうですね。大体の人にとってはおとぎ話ですよね。でも、実際に存在するんですよ。魔女の空間では普通に出現情報とか退治情報が回ってきます」
「セスから聞いたんだけど、魔物に襲われた普通の空間の人たちは、国から口止めされるんですって。いたずらに危機感を広めないために、ってことらしいわ」
ファーラが、さらにレナが当たり前のようにブリジットの疑問を肯定する。本当の本当にいるのだ、とブリジットの胸には恐怖と謎の感動が同時に訪れた。
「魔物かー。前は何年かおきの出現だったけど、ここ2年くらい? で急に出現率上がった、って話だったよね。魔女の空間に現れることもあるっていうし、怖いよね。遭遇時の死亡率だって低いわけじゃないし」
自分の体を抱きしめ、キャシーは大げさに怖がるようなポーズをとる。しかし、死ぬかもしれない、とあれば、恐怖を抱いて当たり前だ。数日前に自身の眼前に差し掛かった死の恐怖を思い出し、ブリジットは手で逆側の腕をぎゅっと掴んだ。
「――魔物って、どうやって現れるんですか? 今の話を聞く感じだと生物として繁殖している、っていう感じじゃないように思ったんですけど」
のしかかってきた重い感覚を振り払うように、ブリジットは話を変える。それは、とファーラが説明しようとすると、ルネッタが自信満々にそれを遮った。
「それは! 男の残虐性とか汚さとかに反応して発生しているのよ!」
「はい全然違う。分からないなら適当ぶっこくんじゃねぇですよおバカ。それ男嫌いの人たちが流したデマですから」
ルネッタの回答をきっぱり否定すると、ファーラはわめいている彼女を無視してブリジットを見上げる。
「今のは完全に嘘ですが、ちゃんとした理由は判明していません。ただ、魔女裁判や女性に対する弾圧が起こった場所で突然魔物が湧く、という事例が多く報告されているですよ。なので、魔力が何かしら関係しているのではないか、とは言われています」
魔力が、とブリジットが呟いたところで、先頭を歩いていたキャシーが足を止めた。




