第2話 「あなたの味方」②
食事も終わり、洗濯も終わり、軽い掃除も終わる。後は来客の到着を待つだけ、とリビングでそれぞれ時間を潰していた一同の耳に、不意に玄関からノックの音が聞こえてきた。
どちらの魔女だろう、と思う間もなく、第三者の声が来客を告げる。
【ロザリア・コーベット様のお越し、ロザリア・コーベット様のお越し】
視線よりも上から聞こえてきた声に、ブリジットは顔を上げた。そうして目に入ったものに、ぎょっとして軽く体を跳ねさせてしまう。
間を空けて二度目の来訪を告げているのは、開け放たれたままになっているリビングの扉横に置かれたコート掛けの、天辺に鎮座していた木の飾り鳥。閉じられていたはずの羽は広げられ、言葉に同期してくちばしも動いていた。
「こ、これは何て言う魔道具ですか?」
最早魔道具であることは疑いようがないので、その前提で尋ねる。すでに玄関に走って行ったファーラではなく、立ち上がったばかりのニーロが同じ方向に視線を向けた。
「『人告げリーリー』だな。察知と認識の魔法が刻み込まれた魔道具で、周囲に魔力を発して近付く者を見つけ、見つけた相手を判断して告げるものだ」
それは便利な道具だ、とブリジットは驚きを引っ込めて感心を双眸にこめる。すでに鳥は最初の不動の姿に戻っていた。
「リーリー、ってどういう意味なんですか?」
「この魔道具のデザインの元になった鳥の名前だそうだ。利口な鳥で、玄関に人が訪れると飼い主にそのことを教えてくれたらしい」
鳥の名前、と繰り返してから、ブリジットは視線を向ける相手を師に変える。
「魔道具の名前って何かルールがあるんだと思ってました。伝達の水晶とか映し身の鏡みたいに、何とかの何とか、みたいな」
ブリジットがこれまで見てきて、名前を聞いている魔道具は今のふたつに加え、傀儡の腕輪と人告げリーリーの四つだけ。少ない「全体」だが、その中ではリーリーは異質な存在であった。ニーロは軽く首を振る。
「特にルールはないな。名付けの権利は魔道具の最初の作成者にあるから、傀儡の腕輪のように分かりやすい名前がついている物もあれば分かりにくい名前の物もある。……ただ、将来何かを作る時が来たら、出来れば分かりやすい名前にしなさい。変に凝ると何の道具なのか分からなくなる」
やけに実感がこもった教えに、ブリジットは「ここでも何かあったのだろうか」と推測しながら素直に返事をした。
「あらあらあら、ニーロったらちゃんとお師匠様やってるのねぇ」
心の底から嬉しそうに跳ねた声がかけられる。昨日聞いたばかりの声だ。そちらに視線を向ければ、部屋の入り口にファーラと、彼女に引き連れられてきた初老の女性が立っていた。
先程リーリーが告げた通りなら、彼女の名前はロザリア・コーベット。昨日ニーロの元に一番に向かうと主張し、ブリジットの後見人には自分がなるのだと拗ねていた人物だ。
上着は蔦の模様が入ったカーキ色をしており、下には臙脂色のベストと白いブラウスを着ているのが見える。首元には橙色のカメオが輝いていた。裾に白いフリルがあしらわれたロングスカートは濃い緑から白に近い緑のグラデーションがかかっており、全体的に緑色の印象になっている。
「いらっしゃいませ、ロザリア様。……弟子は初めてですが、子育ては初めてではありませんので」
口元に親しみを映した笑みを浮かべるニーロに一瞬驚いてから、ブリジットはすぐさま丁寧に頭を下げた。
「はじめまして、ロザリア様。ブリジット・ベルと申します。昨日の魔女会義では、失礼な真似をしてしまい申し訳ありませんでした」
彼女に対して、ではないが、そのように見える行動をした自覚がブリジットにはある。
それを素直に反省した上で最初に謝罪を口にするが、ぱたぱたと小走りで十数歩の距離を詰めたロザリアは「いいのよ」とブリジットを抱きしめた。ふくよかな身体は柔らかく温かく、魔女裁判が起きる前までよく抱きしめてくれた母のことを思い出す。
「ニーロのために怒ってくれたんだものね。私、本当に嬉しかったのよ。きっと姉さまが生きてらしたら同じように喜んでくだすったわ」
言葉にひとかけらの嘘も滲ませず、ただただロザリアの笑みは嬉しそうだった。それに少し照れたブリジットは、解放されるのと同時に話を変える意味と、単純に自分が気になったので耳に入った単語を掘り下げる。
「あの、姉さま、とは? ロザリア様のお姉さまですか?」
そういえば昨日の会議で例の光沢のある髪をした少女のような魔女が「甥」と言っていた気がした。
なら、ニーロはロザリアの姉の子供なのだろうか。いや、だが確かファーラがニーロは魔女裁判にかけられたところを師匠に助けられたと言っていたはず――。
回答が返るまでの短い時間思考を巡らせていたが、その答えが出る直前、ロザリアが笑顔で問いかけを否定する。
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