第12話「腐食の魔女の襲撃」⑦
「どうしたんだい?」
眉を寄せながら視線を下げて何事か呟いているユリウスに、怪訝な顔でヘルミニアが問う。答えたのは事情が分かっているファーラだ。
「魔女は悪魔、の思考をチャールズさんの下で矯正中なんですよ。今呟いてるのは確か聖書の一節だって言ってたと思います」
「まあまあまあ、そうなのねユリウス。しっかり向き合うために努力出来るなんて偉いわぁ」
ぽんと手を叩き合わせてロザリアは嬉しそうに笑った。彼女にとってユリウスは可愛い甥っ子を襲った危険人物ではあるが、ニーロたちが彼を受け入れた時点で彼を受け入れる方向にあっさり舵を切っている。
そしてその善性が、ユリウスには逆にやりづらいらしい。曇りのない笑顔を向けられると、どう反応すればいいのか分からず複雑な表情を浮かべた。
それでもようやく思考は落ち着いたようだ。その手はシンボルから離れ、小さく、少し長く息を吐く。
「――とにかく、全っっ然重いの持ってやろうなんて気はなかったが、とりあえず余計なことしたってことだろ。そりゃあ悪かったな」
「うふふふやーねー。拗ねないでってば。若い子に女の子扱いしてもらって調子に乗ってるだーけーよー。自分から飛び込んだとはいえ、鍛冶の職場に男も女もないからね」
女性はにこにこと笑顔が抜けない。男女のそれ、というより、ブリジットの印象的には「若い子の行動の可愛さでつい笑ってしまっている」というように見える。
「あの、ヘルミニア様のお弟子さんも鍛冶をなさってるんですか?」
女性に手を向けながらブリジットがヘルミニアに尋ねると、ヘルミニアは置かれたお盆から摘まんでいた菓子を飲み落としながら頷いた。
「ザラは弟子は弟子だけど、魔女としての弟子ってより鍛冶の弟子って感じだね。まあ、それもあたしのっていうよりうちの父親のだけど」
「あら、ヘルミニア様にもしっかり鍛えられてると思ってますけど?」
ふふふと笑い合う鍛造師弟。父親、との単語に、ブリジットはロザリア越しにちらりとファーラに視線を向ける。だが、答えてくれたのはその動作に気付いたロザリアだった。
「ルミアちゃんのご家族はね、ルミアちゃんが魔女裁判で魔力があるのを判明した時に、『大事な家族を殺させてたまるか!』ってご家族で逃げ出したところをニーロが助けたのよ」
「その時に鍛冶の道具とかも全部持ってきてて、しかもお弟子さんたちも揃って一緒に逃げてたから、引き取り先は迷いなくここだった。ん、だよね? ルミア姉」
説明を引き継いだマヤがローレンス越しにヘルミニアに確認する。ヘルミニアは「そうだね」とそれを肯定した。
「魔女裁判の時はどうしたもんかと思ったんだけどね。いつも寡黙な父さんが、声を荒げて教会に殴りこんできてさ。あの時は流石のあたしも泣きそうだったね」
にっと歯を見せて笑うヘルミニア。快活な笑顔は、見捨てなかった家族の愛情に裏打ちされているのだろう。
ブリジットは言い難い感情を抱きながら、眉を歪めた笑顔を浮かべた。家族に見捨てられなかった羨ましさと、自分はそうなれなかった寂しさが、頭の中を交錯する。
「まあ、そんなこんなで逃げ出した先では、女も普通に手に職つけていたからね。それまでちょっとしたことしか教えてもらえてなかった鍛冶を本格的に始めたんだ。本当はそのまま鍛冶師になりたかったんだけどね、姉さんたちから『職人一本でいきたい。魔力は渡すから魔女任せた!』って押し付けられてねぇ」
困った人たちだよ、と言いながらも、その表情は柔らかい。姉さんたち――つまり姉弟子たちとは良好な関係であることが察せられた。ついついつられて、ブリジットは強張っていた頬が自然と解ける。
「それでそんな筋肉だるまなのか」
からかわれた仕返しとばかりに、ユリウスは意地悪な笑みで指摘した。だが、ヘルミニアは誇らしげに先程の女性――ザラと同じポーズを取る。
「そうさ! 筋肉がつくたびに槌を振り下ろす軌道にぶれはなくなり、正しく力を込められる。自分が仕事するための環境を、道具を、材料を、自分の手と足で準備するのがうちのこだわり。筋肉だってそのひとつさね」
「素晴らしいですヘルミニア様! 私ももっと鍛えますね!」
こだわりある筋肉への誇りに盛り上がる鍛造師弟。仕返しは完全に失敗したと分かり、ユリウスは面白くない顔をした。
「グレンドルの悲劇にでも遭っちまえ」
投げやりに口にした言葉。ヘルミニア達にもファーラ達にも、その意味は分からない。だが、口調の軽さから、深い感情などない、ということは察せられる。
そのためにヘルミニア達は、ユリウスの言葉を流そうとした。だが、彼女たちと違い意味が分かったローレンスが、ユリウスの名を咎める声音で口にし――
「鍛冶を仕事にしている人たちに不吉なこと言わないで!」
――ようとして、少女の非難の声に先んじられる。
咄嗟のように叫ばれた声に、一同は驚きで言葉を途切れさせた。自然と集まった視線の先にいるのは、ユリウスを睨むブリジット。
「あ、いや……」
視線が集まったことで、自分が何をしたのか気付いたブリジットが口を噤んで俯く。
そんな彼女に向けていた視線を瞼の奥に隠し、ユリウスは呆れたように小さくため息を吐いた。そして瞼を開けると、ヘルミニアに視線を向ける。
「――そうだな。火を扱う者に言うには度が過ぎた軽口だった。悪かったな鍛造。と、その弟子」
「ああ、うん? あたし等には何が何だか分からないけど、とりあえず良くないことを言ったってことなんだね? まあ、悪いと思って謝ったなら別に構やしないが……」
どういう意味なのか、と視線が問うてくるが、ユリウスはそれきり視線を逸らし、ブリジットも俯いたままだ。
「ローレンス、どういう意味?」
埒が明かないと思ったのか、マヤが隣のローレンスに問う。彼女は、ローレンスがユリウスの名を呼びかけていたことに気付いていた。
「ああ、今のは経典に書かれている内容でな。火を粗末に扱った鍛冶師の男が火の男神を怒らせたために、グレンドルという町が燃えた、っていう話なんだ。教えとなるのは『火への敬意を十分に持ち、扱うように。火は人を守り温めるが、同時に牙を常に人に向ける』って感じだな」
それは確かに不吉だ。ファーラがユリウスを睨むが、ユリウスはそれからもしれっと視線を逸らす。
「なるほどね、よーし、ザラ。ユリウスのこと鍛冶場に連れてってやんな。うちがどれだけしっかりした所か見せてやろう」
「了解です、ヘルミニア様。さ、坊や行くわよ」
「おい引っ張んな。自分で歩ける」
明るい口調でヘルミニアが指示を出すと、ザラは大股でユリウスに近付きその腕を取った。そのまま連れていかれるユリウスに、護衛を申し出てマヤとローレンスも続いて出て行く。
一瞬しんとなった室内は、しかし先程よりも空気が軽く、そわそわと見守っていたロザリアはほっと息を吐きだすのであった。
その後、ニーロと連絡は取れないままに昼は過ぎる。結局彼と連絡がついてブリジットたちが帰る目途がついたのは、午後3時を回ってからのことであった。
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