第12話「腐食の魔女の襲撃」⑤
ブリジットの治療が無事に終わり、ようやく人心地がついた部屋には、少しだけ緩い空気が戻ってくる。
コの字型に配置されたソファの内、長い物にはブリジット、ロザリア、ファーラが並んで座り、対面にある個別のソファにはヘルミニアとマヤが座った。それぞれの前には、ヘルミニアの弟子が出してくれたお茶と菓子が並んでいる。
「ロザリア様いつまでブリジットのこと抱っこしてるの?」
問うたマヤの視線の先では、ロザリアが脇からブリジットを抱きしめていた。ロザリアの方が身長が低いため、ともすればロザリアがブリジットに甘えているような構図だ。
「だって本当に心配だったんだもの……お外のお花に水をやって戻ってきたら魔女会議が始まってて、何だか喧嘩してるからまたニーロ関係の何かかしら、ってただでさえ不安だったのに、ブリジットが怪我しただなんて……あんな……ひどい……怪我……っ!」
ぽろぽろと涙を零し、ロザリアはブリジットの肩に顔を押し付ける。これで何度目か分からない落涙。だが、ブリジットもファーラも魔女たちも、彼女をからかうことはしない。
彼女たちは察している。ロザリアがかつてのトラウマ――姉と慕ったニーロの師・茨の魔女ナージャが亡くなった時の記憶を思い出している、ということを。
ずっと抱き着かれているブリジットは、不謹慎ながらそれが少し嬉しかった。ロザリアにとって、ブリジットはもう傷付けばこれだけ悲しくなるくらいには身内なのだ、と思うことが出来て。
痛みも治まり、ロザリアの愛ある抱擁を受け続け、手にはマヤの魔道具があり、ブリジットの心は随分と落ち着きを取り戻している。そうして余裕が出来た心は、別のことに思考を持って行った。
「ところでヘルミニア様、改めてですが、ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか? ……この状態ですが」
自分からロザリアを引き剥がす気が起きないブリジットは、少し申し訳なさそうに微笑む。声をかけられたヘルミニアは、「そうだね」と肩を竦めながら笑い返した。
「あらあらあら、まだご挨拶してなかったの? 嫌だわ、私のせいね。ごめんなさいね、取り乱しちゃって。はい、大丈夫よ!」
二人の間で挨拶が交わされていなかった事実に気付き、ロザリアはぱっとブリジットから離れる。少し寂しそうな顔をしたので、ファーラが背後からとんとんと指先で肩を叩いた。
ロザリアが振り向くと、ファーラが「任せろ」という笑顔で両腕を広げる。嬉しそうに笑ったロザリアの腕の中に、今度はファーラが納まった。
むぎゅっと抱きしめ合う幸せ空間にくすりと笑いを零し、ブリジットは改めてヘルミニアに向き合う。
「では改めまして。はじめまして、ヘルミニア様。空間の魔女ニーロ・リッドソンの弟子のブリジット・ベルと申します。この度は騒々しい事態となってしまい申し訳ありませんでした」
「そりゃあんたのせいじゃないから気にするんじゃないよ。あたしは鍛造の魔女ヘルミニア・サレスだ。魔力がほとんどないから、魔女としては下の下ってところかね」
自身を卑下する言葉だが、本人はまるで気にしていない様子だ。そしてその理由は、続いた彼女の言葉で明らかになった。
「代わりと言っちゃなんだが、鍛造の技術や細工の腕は中々のもんだよ。作って欲しいもんがあるなら声かけな」
自信満々に、ヘルミニアは膨れ上がらせた二の腕の筋肉を叩く。実際技術力は高いらしい。ロザリアとファーラはうんうん、と頷き、マヤは空間から取り出した細工の美しい剣を、やや興奮気味に掲げて指差していた。
「そういえば、こちらの魔道具もヘルミニア様が台座を作ってくださったとお伺いしました。細やかに彫られた花の紋章、凄く素敵です」
「ああ、それかい? 自信作だよ。なんせ作りあがる度にマヤから『やっぱりここ大きくして』だの『こっちもう少し丸めて』だのリテイク散々食らったからね。なあマヤ?」
「ソノ節ハ大変オ世話ニナリマシタ」
ヘルミニアが笑顔で視線を向けると、剣を空間にしまったマヤは同じ速度で視線を逸らす。他の面々からはくすくすと笑い声が漏れた。
「あ、そうだ。ロザリア様、これに魔法込めて。私もルミア姉も魔力少ないからいいの入れられない」
会話の中で思い出したらしく、マヤはソファから腰を浮かせ、机を挟んで斜め前にいるブリジットの胸元に指先を向ける。
「この素敵なブローチに? なあにこれ?」
問われ、マヤが手早く魔道具の説明をすると、ロザリアは「それはいい」と笑顔で両手を打った。
「凄くいいと思うわ。じゃあ、私からは蔦の魔法と、一応回復魔法と防御魔法を入れておくわね。本当は生命の魔女様とか防御の魔女ちゃんにお願いしたいけど、すぐには無理そうな空気だったものね」
言うが早いか、ロザリアは改めてブリジットに向き直り、マヤに説明されるまま指先をブローチの宝石部分に当てる。
そして、魔力が動き魔法が発動した、とブリジットが認識したと同時に、光がブローチの中に吸収された。それが繰り返されること三度。
ロザリアが離れると、机に乗りそうな勢いで更に身を乗り出し、顔をブローチに近付けてじっと宝石を見つめるマヤ。いや、ヘルミニアがマントを掴んでいなかったら、すでに乗っていただろう。
29歳児の扱いに慣れているのか、片手でマントを掴み片手で茶をすすっているヘルミニアに、ブリジットは思わず笑いを零した。
「――うん、大丈夫。ちゃんと入った」
満足するまで観察すると、ぐっと親指を立て、マヤは満足そうな顔をする。特に変化のないブローチを一度撫でてから、ブリジットはマヤに、そしてロザリアに順番に頭を下げた。
「ありがとうございました、マヤ様、ロザリア様」
「いいのよ、ブリジットのためになるんだものね? これくらいお安い御用よ。私からもありがとう、マヤ」
「うん、どういたしまして。ブリジットは、これからも魔女に会ったら、出来れば入れてもらって。きっと助けになる」
指示された内容に素直に「はい」と返しつつも、ブリジットは不安が頭をよぎる。全員が否定派じゃないのは、当然分かっていた。現にここにいる魔女たちは皆肯定派だ。
しかし、否定派の魔女に襲われた、という事実と恐怖は、未だブリジットの心に静かに居座り続けている。
無意識に怪我をしていた頬に触るブリジット。その様子に気遣わしげな視線を向けるファーラとロザリアとマヤ。
そんな中、ヘルミニアは腕を組んでソファの背もたれにのけぞった。
「いやー、それにしても、ニーロ様はどこ行ってんだろうね? こんなに連絡取れないなんてこと、普段からあるのかい? あたしは連絡する時大抵つながるから珍しくってねぇ。……まあ、あんまり連絡する機会がない、ってのもあるんだけどね」
わざとらしすぎない大声で告げられた疑問に、ブリジットは軽く目を見開く。
「お師匠様、連絡取れないんですか?」
自身が襲われたばかりなせいか、分かりやすく不安を表に出すブリジット。そんな彼女の手を、ロザリア越しに体を伸ばしたファーラが優しく握りしめた。
「大丈夫ですよブリジットさん、お父さんと連絡が取れなくなることは、たまにですけどあるんです。そういう時は、大抵魔女の空間の外に行っていて、魔道具を一切持たず、魔法も道具で封じている状態なんですよ。だから連絡が取れないんです」
「昔から時々あるのよね、あの子がいなくなること。あっ! ……ごめんなさいマヤ、ルミアちゃん、この話、あの子の否定派の子たちには……」
話の途中大きな声を出して口を塞いだかと思うと、ロザリアは困ったように眉を八の字にしてマヤとヘルミニアを順に見る。
「ん。大丈夫」
「あの意固地達に言うと、まーた『変なことしようとしてるんじゃないか~』とか言い出しそうですしね。ニーロ様は普段あたし等のために頑張ってくれてるんだ。たまの羽伸ばしくらい大事にしてあげないとバチが当たるってもんですよ」
こくりと頷くマヤに、うんうんと頷くヘルミニア。甥っ子の平和は守られそうだ、とロザリアは分かりやすくほっとした。
その時だ、ドアをノックする音が場を割る。ヘルミニアが入室を許可すると、すぐに扉が開いた。
「ヘルミニア様、ローレンスさんとユリウスさんが到着しましたよ」
声をかけて入ってきたのは、先程ブリジットをこの部屋まで連れてきてくれた女性だ。中に入って扉を開け切ると、その後ろからはローレンスとユリウスが順に入ってくる。
「ブリジットちゃん大丈夫か? ……見たところ無事か?」
「はい、ありがとうございますローレンスさん。結構ひどかったんですけど、ロザリア様が治してくださったので」
心配そうに見下ろしてくる視線に、ブリジットは怪我をしていた場所に手を当てながら笑みを向けた。ローレンスはそれにほっとしように笑い返す。
「うん、そりゃよかった。安心したよ。な、ユリウス?」
水を向けられ、ブリジットは思わずそちらに視線を向けてしまった。こちらなど見ていないと思っていたユリウスは、真っ直ぐにブリジットを見ており、期せずして視線がぶつかる。
絶妙に重い空気が緊張感と共に走り、事情を知らない面々は「あれ?」と言うように視線を交互に動かした。ブリジットが普段見せている面を思えば、彼らの戸惑いは理解出来るな、と、ひとり事実を把握しているファーラは内心でひとりごちる。
とにかくこの場を何とか出来るのは自分だけ、という責任感で、ファーラは口を開こうとした。
しかしそれより早く、予想外にユリウスが言葉を発する。
「何があった」
思いがけず、事態に踏み込む言葉を。
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