第12話「腐食の魔女の襲撃」③
応接間に運ばれると、ファーラは先程とは違う魔道具を取り出しブリジットの頬に向けた。かち、かち、かち、と円を描くように音を鳴らしながら魔道具が動かされると、直後、怪我を覆うように半透明の緑色をしたドームが出現する。ブリジットの動きと同期しているようで、見ようとして動かした顔についてきた。
「これには保存の魔法がかけられています。一応応急処置はしましたが、これ以上は下手に治すと顔に痕が残ってしまうかもしれません。なので、現状維持、ということでこれを。回復魔法が得意な魔女様なら傷跡も残さず治せますので、安心してくださいね」
「――ありがとう、ファーラちゃん」
騒動の後、はじめてブリジットが口を開く。少し震えているが視線はしっかりしているのを確認し、ファーラはようやく人心地ついた。
「一体何があったですか?」
気遣うような声音で問われ、ブリジットは自身に起こったことを説明しようと口を開く。だがそれより早く、応接間の扉が勢いよく開かれた。
「待ちなファーラ。あたし達にも聞かせなその話。人の空間で好き勝手してくれた馬鹿には、落とし前つけてもらわなくちゃね」
「ブリジット、怪我大丈夫?」
扉の向こうから現れたのは二人の女性。
先に入って来たのは背が高く体格の良い、茶色い短髪の女性。左側の目が赤い布で隠されているが、表に出ている右目は鮮やかな緑をしている。何か作業中だったのか、さらしの上から来ている黄土色のエプロンには少し汚れがついていた。発言からして、彼女がこの空間の主である魔女・ヘルミニアだろう。
その彼女の後から入って来たもうひとりは、以前ユリウスがニーロの空間に襲撃をかけた際、ローレンスと共に訪れてきた魔道具の魔女・マヤ。
二人の魔女に挨拶をしようとするが、それはヘルミニアの大きな手で留められる。
「挨拶は後でいい。まずは状況を話しな」
言葉も眼差しも怒り故に強くなっているが、それが自身ではなく襲撃者に向けられているのは先の台詞で十分承知している。ブリジットは少し戸惑いながら、自身に起こった出来事を話し始めた。
全ての話が終わると、ヘルミニアは強く寄せた眉間を揉み、マヤは酷く辛そうな顔をし、ファーラは苦い顔をする。
「あ、あの……あの方は、一体……?」
「……お聞きした特徴からして、その方は腐食の魔女、シーラ・メルネス様です。元々男嫌いな方ではありましたし、最近行方不明になってらしたのは知っていましたが、まさか、ここまでするなんて……」
ふしょく――腐食、つまり、腐らせる、魔法。
思い至った瞬間、ぞわりと何度目かになる寒気が背筋を駆け抜けた。つまりこの頬は、腐らされたのだ、彼女の――シーラの魔法で。
あの時止めていなかったら、いや、理由は分からないが止まってくれなかったら、ブリジットは今頃、形も取れない何かになっていたのではないだろうか。
どれだけ危険な人物を怒らせることをしたのか、今になって気付いてまた体が震えだす。
「――もうダメだね。報告してくる。ちょっとここ任せたよマヤ」
「ん。任された。そっちもお願いルミア姉」
隠せない怒りのままに足音高く、ヘルミニアは部屋から出て行った。それを見送ってから、マヤは突然ブリジットの手を持ち上げる。
「これ握って。心を落ち着かせる魔道具。はい、両手」
言うが早いか、掌で握り込める程度の大きさの球体を持たされた。透明の球体の中に青が波のように踊る綺麗なそれを視認すると同時に、片手を丸められ、もう一方の手をそこの上に重ねられる。そうすると、確かに少しずつ冷静さが取り戻された。
「……シーラはね、元々男嫌いなの。魔女裁判の時に凄く酷い目にあったんだって。詳細は私も知らないけど、男と同じ空間にいるのも耐えられなくて、男がいるって分かるとすぐに帰っちゃうくらい。それでも、女には優しい。……優しかった。ホントだよ」
シーラについて語り出すマヤ。そちらに視線をやってから、ファーラはブリジットに視線を向け直し説明を引き継ぐ。
「今マヤ様が仰った通り、シーラ様は男嫌いでしたが、女性とはちゃんと仲良く出来るし大切に出来る方でした。魔女の弟子としても非常に真面目で、多少過激な思考があっても魔女としては問題ない、とされて魔女になられました。――しかし最近、色々と不幸が重なった結果……心が、壊れてしまったのです」
ファーラは、魔女の空間にいる者の間でひそやかに、しかし確かに広まっている話を始めた。
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