第12話「腐食の魔女の襲撃」②
恐る恐る目を開き、腕の隙間から魔女を覗き見る。そして映った光景に、ブリジットは怪訝な顔をした。
「……あ……あ……ああ……っ」
何故か、魔女の方が恐れおののき、混乱した様子を見せている。ヴェールの上から顔を両手で覆っているので表情は見えないが、体はいっそ哀れなほどに震えていた。
一体何が、と思っている内に、ブリジットは空間から投げ出され、先程と同じ場所に戻される。
店が、人が、活気が、当たり前のようにそこにあった。
助かったのだ、と気付いた瞬間、全身からぶわりと汗が噴き出る。立っていられずにその場に座り込むと、周囲の人々が気付き、どうしたのかと心配して集まって来た。
「大丈夫? 体調でも悪いの?」
「熱中症かいお嬢さん」
「えっ、どうしたんだその顔!?」
「やだ酷い怪我!! 誰か、誰か回復の魔道具持ってない?」
辺りが次第に騒然となっていく。何か言わなくては、と思うが、何も浮かばない。すると背後から、人ごみを掻き分ける聞き慣れた声が聞こえてきた。
「すみません通してください、通してくださいですよ……っ。ブリジットさん! ブリジットさん大丈夫ですか!?」
出会ってから一番じゃないかというほど焦った声を出しながら、ファーラがブリジットの隣に膝をつく。
ファーラちゃん、と上手く出ない声で名前を呼びながら重い首を動かした。彼女の視界に、件の魔女にやられた傷が入ったらしい。ファーラは言葉を無くし、すぐに表情を引き締めポシェットを漁り出す。
「すみませんどなたか! 魔力のある方、出来れば強い方ご協力くださいですよ! ブリジットさん、今からこれ使います。これは治療用の魔道具です。僕はヘルミニア様の館に跳ぶ魔道具を準備します。落ち着いてくださいね、大丈夫、治ります。これは応急処置ですが、すぐに生命の魔女様にもご連絡します」
説明しながらファーラが見せてくれていた小瓶は、中にキラキラとした薬液が閉じ込められていた。
「やるわ、貸して」
「お願いしますで、す……」
呼びかけに応じて即座に女性が出てくる。ファーラがすぐに小瓶を渡そうとするが、相手の顔を見て一瞬躊躇した。
ブリジットは重い首を動かして正面を見上げる。ブリジットとファーラの前に立っているのは、右前髪だけ長い銀色のショートカットの女性。青い吊り目は、静かにファーラを見下ろしていた。
「――大丈夫よ、ちゃんとやるわ。私が別にニーロ様否定派じゃないのも、魔力の量の多さも知っているでしょう?」
「そ、そうでした。すみません、つい。お願いしますです。大事なお弟子さんなんです」
改めて頭を下げ、ファーラは小瓶を女性に渡す。そして、自身はブリジットと自分を取り囲むように、白い縄を地面に渡し円を作り始める。
「……あの、あなたは……痛っ」
「また今度ね。うちのおバカがそろそろしびれを切らせてニーロ様に直談判しそうだから、きっと遠くない内に会うことになるわ。――あなたにとって、いい出会いにはならないだろうけど」
正体を問うが、女性は魔力を込めた薬液をかけながら質問を躱した。意味深な言葉の意味を問いたい気持ちは大いにある。しかし、あまりの痛みに歯は顔が歪むほど噛み締められ、ブリジットはそれ以上言葉を続けられなかった。
そうしている間にもファーラの作業は続く。薬液が終わる頃、最後に翼の形に切られた紙に何事かを書き込んだ。
「ありがとうございました、お礼はまた後日。さあ、跳びますよ、ブリジットさん」
ぎゅっと手を握られた温かさにホッとする間もなく、視界に変化が訪れた。流れの激しい川の中にいるように、景色がどんどんと後ろに流れていく。かと思うと、異様な浮遊感に包まれ、視界が再び固定された。
周囲に店はなく、人々もいない。だが、先程のような謎の空間に飛ばされたわけではない。目の前には、古めかしいがしっかりとした造りの建物が鎮座している。鼻に届く火の匂いと鉄を打つ音は、そこに家よりも工房の方が近い印象を与えていた。
「ヘルミニア様! ヘルミニア様いらっしゃいますか!!」
基本的に外面の良いファーラにしては珍しい無作法さで、扉を何度も強く叩く。切羽詰まった声は響いたらしく、どたばたと大きな音を立てて扉に近付いてくる音がした。ややあって、扉が内側から慌てて開かれる。
「どうしました!? また火事ですか!?」
二十代から三十代ほどの女性は事情を推測しながら出てくるが、そこにいたファーラを、その後ろで座り込んだままのブリジットを見た瞬間予想とは違う問題があったのだとすぐに察したようだ。
さっと出てくると座り込んでいるブリジットを軽々と抱え上げる。盛り上がった筋肉を見て「さすがヘルミニア様の空間の方」と思わずファーラが言葉を零すと、女性は自信に満ちた笑みを浮かべた。
「こちらへ。すぐにヘルミニア様もお呼びしますので」
言うが早いか、女性はブリジットを抱えたまま足早に歩きだし、ファーラもそれを小走りに追いかける。
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