序話 魔女との出会い①
こんな日が来るなんて信じたくもなかった。どうしてこんなことになったのだろうと、何度自問しても、自分すら答えを出してくれない。
「……手を、出しなさい、ニーロ」
血が絡んだ声で、〝彼女〟はそれでも揺らがない視線を向けてくる。拒否したい心を叱咤した。怯えながら手を出せば、死にかけとは思えない力強さで握り締められた。
「『血よ巡れ。千代巡れ。千世巡れ。我が魔力に宿りし契約よ、ここに命ず。新たなる主の元に在れ』」
詠唱に合わせて強い、しかし目を焼かない不思議な光が〝彼女〟を包む。その光は徐々に手に集中し、やがて小さな手に移っていった。移った光は、現れた時同様徐々に消えていく。今度は、震える小さな体に溶けるように。
光が完全に消えると、〝彼女〟は青ざめた顔で笑った。永遠の別れが目の前に迫っているとは思えないほど、凄艶な笑み。〝彼女〟を見つめるラズベリーの双眸は、反対に涙の中に沈んでいる。
「……これで、終わりよ。これからはあなたが次の魔女。……ふふっ、男の魔女を生まれさせたのは、私が初めてじゃないかしら。でも、いいわよね。契約を途絶えさせることの方が……よっぽど、駄目だもの、ね……」
息も絶え絶えに軽口を叩く〝彼女〟に、次代の『魔女』を継いだ幼子――少年は顔をぐちゃぐちゃにして頭を振った。
「師匠……死なないでくださ……っ!」
しゃくりあげながら頼んでも、意地悪な師匠はいつも通り、意地悪く笑うだけ。
「もう無理よぉ……血も魔力も足らないもの……。だから、そろそろ逃げなさい。あいつらに、渡しちゃ駄目。この契約を途絶えさせても駄目……魔女狩りなんかに負けたら……容赦、しない、わ、よ、馬鹿……弟……子……」
〝彼女〟の身が傾ぐ。支えたくても支えきれず、地面にその血塗れの体は横たわる。目を背けたくなる背の傷からは今も絶え間なく血が流れていた。その血は少年の体も濡らしている。
「師匠!」
必死で呼びかけ体を揺するが、焦点は合っていない。少年は察してしまった。バラのように鮮やかだった双眸には、もう少年の姿は映っていないのだと。
「……いき、な、さい、ニー……ロ」
行きなさい。
生きなさい。
命じられた最後の、最期の言葉。
少年は何度も何度も涙を拭い、震える足で立ち上がる。見下ろした〝彼女〟の双眸に、光はもうない。
もう二度と、その声を聞くことはない。
もう二度と、笑顔を見ることはない。
もう二度と、怒ってもらえることはない。
もう二度と、何かを教えてもらえることはない。
ふらつく足で、少年は走り出す。自分自身に何度も何度も言い聞かせて。
逃げろ。走れ。生きろ。
残さなくてはいけない。師がその命をかけて守りぬいたこの〝契約〟を。
継承していかなくてはいけない。師の師の師の、さらに昔の師から受け継がれてきた〝魔女〟を。
走り、走り、走り、炎も喧騒も血の匂いも何もかもが消えてから、少年は叫んだ。力の限り、声の限り。それは言葉に出来ない無念。それは言葉にならない悲しみ。
この日、一人の〝魔女〟が生まれた。




