くじける人の真意とはなにか?
第7章 くじける人
今日の客は、すぐくじける人だ。何度がんばっても、すぐくじける癖があるらしい。「占いネコさん、私はダメな人間です。とてつもない、試行錯誤もいかんともしがたくじけ癖で、自分から放棄してしまうのです。なんとか、しがみつきたいと思っていても、なぜか、
諦めてしまうのです。何故でしょうか?」占いネコは言った。「途方もないことを考えているばかりでは、人間は所詮、腐ってしまいますにゃ。仕事、恋愛、人生、夢、色んな形で、人は摩耗していく気持ちの内に秘めた、忍耐とひしめくあわただしさのごちゃまぜの感情のなかで、自分を見出していくものですにゃ、結果、ゴロンと寝転がった時に、思う勘違いのような記憶の中に、真実を見出す心のより深いところで感ずるは、人の感謝ですニャ。とほほと思うことも、人の感謝に繋がれば、徒労感は消えて煩わしさは果てない心の渇きとして自分を支えますにゃ。」といった。くじける人は言った「恐れ多くは申し上げたたいのですが、自分が程よく気持ちを入れ込んでいるのに、それを否定したり、よくないことだと思わされたりする事の、ほとんどが、他人ではなく、自分であるといいたい、この私めの気持ちは、実際、どんなことを、予言しているか、それは、実際見聞きしたことのすべておいて、重圧なる心の陰りとして
、今あるすべての感情を孤独にする、いわゆる、所詮とか簡単とかに恐怖を覚えて動けなくなる、自分の命運をきつめに感じてしまうのには、傷んだ心の感じ方に本当の意味を感じなくなる、手つかずの快さが期待できない証拠に思うのです。」と。それに対して、占いネコは言った。「事実の心得として、一拍の脈打つ心臓の鼓動が、自分の誠心誠意という形でうずくとき、自分の要求として、欲望が花咲くのは、きっと、記述どうりの心のカレンダーをめくる、人のしんどさのなかに、さっと泡めく、自由に気さくに本気になっていいという、サインみたいなものに持ってこられるような気がするニャ。うーむ、幾分難しい解釈になったが、つまり、あなた次第によっちゃ、嫌いな仕事も、静かなハンディとして、考えてみれば、本気の事も案外はずれたりするという、もしもの結果に終始してしまうニャよ、もしもこうなったら、もしもあーしていなかったらとかに終始する、いきりたつなんかに、縛られている心の無難に甘えているニャ」と答えた。くじける人は言った。
「本当は、こうしてみたいというものすごく言い訳の無い、損得の無い、真っ白な心の内になあにかあるような気がします。ありがとうございます。」占いネコは久々に冷や汗が
出たようだった。




