孤独は、思い出すものじゃなく、そっと忘れるもの。
第14章 孤独な人
次に来た客はすごく孤独な人だった。
話しているうちに、自分の中身を調べつくすような、用心深い考えで、
すごく不安な心のなかで、否か成の落ち着きを持つまで、結構、間をもたす
世界から切り離される感じ感覚の人だった。けど、一節の言葉にずっと勢いをもたらす心のよりどころ
として、夢のとばりに着いた初めての人。答えが明確にもたらしてくれる、
卑怯にもない、あからさまな答えの話に取りつかれやすい人だった。
「もしな、そちら様は、どういう了見で来られたかにゃ?」占いネコは言った。
「もしやと思い、あらかじめ答えの見えているような考えに興味がございません。」
と孤独な人は返した。そして、続けた「良識たる考えのあてどもなさにひるむ自分の
孤独はどこからやってきて、どこの誰やもしれぬ人の考えに帰属するのが、のたまい
の事実なら、どこに投じて答えを誘うべきやら、なやんでおります。」
「いったいなぜ孤独になやむはめになったのかにゃ。」
「自分がもしもの時の答えの無さに、うなだれてしまう無駄もあったのかと思います」
「自身の信頼が揺らぐ時の中身として自分自身に簡単にひれ伏すようではいけないと
思って感じたままの答えに作意をもって挑んでいる次第であります」
「禁断のスケッチにて、描けるまんまの絵画のように自分の中身をくり抜く術はないと
言えるのは、事実不安になってきてることの事実として、情け容赦ない行為の繰り返しに
に悩む人の輪の中のわだかまりにおける推論と持論の展開について、我もなく描く必要の無い聞こえのいいサインだと思うのです。」
「記録的な公宴中にまるでわからなくなってきて、人に思い出になれる人はきっと、
自分の胸のうちの弾き戦を感情の面持ちのまま、いわゆる公私混同を夢見る時間の感じ方に注視せよ」と思っている奇跡の感情の持ち主であってほしい占いネコは思った。




