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占いネコ  作者: 竹内 昴


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幸せも不幸も好奇心のいわれようかな

第13章 好奇心の無い人



ひとえに、自分ばかりが興味を示すことの考えのはしに好奇心は、埋め尽くした記憶の

なかの人の気持ちに入り込むことのできる、空間支配だと思う。


気持ちのいい答えに終始している人の好奇心となりえるこころの許しとはなにか?

「今日はどうなさいましたかにゃ?」

「最近、寝てもさめても、一つの事を考えているうちに、途端に愛情を失っていく気が

 するのです。」

「それは、どうなさいましたかにゃ?もうちょと、詳しくお願いしますニャ。」

「それは、好奇心です。昔は好奇心にとらわれると、すごく、色々なことに興味が

湧いてきた気がするのですが、今、私はそれについて愛を感じないのです。」

「というと、気になることが感じ方に何かしら、昔との違いが感じられるのですか?」

「そうですね・・・。突き詰めて考えてみると、昔はもうちょっと相手や物に好奇心を

描くときに、楽に想像できたというか、最近それが窮屈になってきたんです。」

「きっと想像上の自分の理解と周りの理解のずれではないかと。」


「苦しみのいけない所は、所詮、苦しみの本質を理解できていないことへの苛立ちであって、他の誰かの言い訳であってはならないのでしょうか?」


「陽気に捉えても、事実、答えの流用系の刺激において、温厚な人の悩みの奥に

粋がりのような気質の本域みたいなものがあって、軸を逆手にとって考えれば

マイナスにも到達する言葉のあるまじき行動の資質として、逆境に導かれし

好奇心の罠みたいなものを感じるがあまりの具体的要因は、憧れではないかと

思いますニャ。」


「行動はマイナスに続く、物証のありかとしての、プラスの要因の駆け引きの

問題提起の感覚的あおりの期待値における、考えが零に近いならば、感動の勢いの

ままの答えの導きもプラスマイナス零の期待を醸して、人員的要因のなかの

引っ張り方の感情倒置の規則性に、ある種の簡単な思考のトラベルと言うべき

遊び感覚が無い人を、好奇心零の人としてとらえるべきか。あるいは、一杯感動

を持っている無双のような子供心の持ち主が外の世界にはなく内に秘めた世界に

憧れるのが好奇心100%なのか、どちらかなんでしょうか?」


「ある一歩方向に進む、物体が反対方向に何かを飛ばすとその場に落ちてしまう現象

と同じ感覚で、ある種、答えが半端過ぎると答えを返して、もう一度やり直そうとする

時、生じる考えにおける、一般的理想感の心の不快感に刺激を与えると、実際問題の

答えの有象無象の答えの形が曖昧すぎて、よくわからないことが多い世の中の規則的判断の中立性において期待する範疇の答えが集約することを、人はなんて言いやすいでしょうか?」


「死んでしまう教則のような約束されていない、ごたごたした行動の要求は改めて

基本に忠実な教本のような答えの歩み寄りとして、簡単かつ合理的な答えの集約に努める

答えの立証性に通じた、答えの見込みが必要であるなら、温度的確執の多い少ないを

かろうじて、薄い期待や感情の一致に見る、曰くの境地に見ることの、本質において

基本が応用に勝ることない、必修の材料であるときの、行動の余韻は、実際問題の

課題の促しに問題が勝るような、根幹材料の不足にある、行いの形であると思うと

事実、憧れに似た、期待の要因は公式な活用方のない好奇心の形のうまい方便としての

器用な使い方にみえます。」


「要は久しく人に会わずにいれたとして、久しぶりに会う友人や家族に対しての

感謝の要因としての、事実無根の内心の在り方において、挨拶の言葉が見当たらない

人との感動は、応じて答えの感じ方の、応じあえる意図のない、心のどきどきであって

醸しだした心の過度な要求の姿勢は、絶対不安視である。そこに、たいした心の通いもなく、仕立てに出てくれている人の内容の不安に危惧感として、上から見る姿勢は、きっと

相手の心情を狂わせるにゃ。だから、人は、応じて察する行為のみに限定して好奇心を

働かせるのではと思いましたニャ。」


「では、あげつらいの中の言葉の闇払いとしての、冗談の察知能力についてキツイ・

キタナイ・カッコワルイと思う冗談の勘違いの腹立たしさについて、最後に問いたい。

いつもながらの常軌を逸した悪乗りの冗談に返す言葉も余裕のもないから、笑ってごまかしたり、キツイ言葉で返したり、促しのような切れ方で、その場の空気を変えてしまったりして、なんとか、取り留めた空気感で乗り切ろうとするのを、何という行為に例えれますか?

?」


「最後に思うニャ。人は機嫌の悪いことの押しあげとして、自分のかみ殺した感情の

一部を隠す物ですニャ。それは、いたいけな心ですニャ。こればかりは、ひとに鑑みても

期待できない戻りようのない心ですニャ。人生の趣に対して、冗談で笑い飛ばす心は

いたいけな心の要求を約款で疎く思いたがる人の悪い性ですニャ。実際、いたいけな心の

悩みを内とかせすぎて、死に刺激を感じずには居れない、人の頂の差からくる高尚な

答えに対する本心がありきたりな心を食いつぶすことも考えられますから、好奇心に

振りかざした、本気の意にとらわれないように気負つけてくださいニャ。


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