第8話 木箱の中身と、白石家の秘密
夜だった。
家の中は、音がなかった。
時計の秒針の音だけが、やけに大きく響いている。
拓海は、縁側ではなく――
道場の中央に座っていた。
あの木箱の前で。
◆ ◆ ◆
【再び、木箱の前】
祖父が決して触らせなかった箱。
今日まで、鍵すら閉じられていたそれが、
今は、何の抵抗もなくそこにある。
(……開けるってことは……
じいちゃんの“奥”に触れるってことだよな……)
一度、息を吸う。
ゆっくりと、蓋を持ち上げた。
◆ ◆ ◆
【中にあったもの】
中には――
・古びた巻物
・使い込まれた木刀
・黒い紐で結ばれた、小さな包み
・そして、一通の手紙
どれも、長い時間を生きてきた“重み”を持っていた。
拓海は、最初に手紙を手に取った。
◆ ◆ ◆
【祖父の手紙】
達筆でもなければ、
きれいな字でもない。
だが――
間違いなく、祖父の字だった。
『拓海へ
この手紙を読んでいるということは、
わしはもう、この世にはおらんじゃろう。
驚くな。怖がるな。
だが、目を逸らすな。
白石の家にある“扉”は、
異なる世界へ通じとる。
わしも、若い頃に一度だけ、
そこへ足を踏み入れた。
そこで見たものは、
人が背負うには、あまりに重かった。
だから、わしは戻った。
戻ることを、選んだ。
だが――
お前は、違う。
お前は“理”が強い。
白石の中でも、群を抜いとる。
理とは、力ではない。
心の在り方じゃ。
怒りに支配されるな。
恐怖に折れるな。
慢心に溺れるな。
行くなら、一人で行くな。
だが、最後に決めるのは、お前ひとりじゃ。
拓海。
生きて戻ってこい。
白石源蔵』
手紙は、そこで終わっていた。
◆ ◆ ◆
【祖父が“行った”という事実】
胸が、ぎゅっと締め付けられる。
(……やっぱり……じいちゃんも……
行ってたんだ……あっちに……)
異世界。
夢でも、比喩でもない。
本当に“向こう側”が存在している。
それを――
この家の中で、祖父も知っていた。
◆ ◆ ◆
【木刀】
次に手に取ったのは、木刀だった。
持った瞬間、分かる。
――これは、ただの稽古用ではない。
無数の打痕。
欠けた先端。
そして、沁みついた“何か”の気配。
(……これで……
じいちゃんは……)
異世界でも――
戦っていた。
その事実が、木の重さとなって手に伝わる。
◆ ◆ ◆
【黒い包み】
最後に残ったのは、
黒い紐で結ばれた小さな包みだった。
解くと――
中から出てきたのは、
指輪だった。
古びた銀色。
だが、装飾は不思議なほど美しい。
拓海が指に触れた瞬間――
胸の奥で、“何か”が応えた。
ぞくり、とした感覚。
(……これも……向こうの……物か……)
◆ ◆ ◆
【夜の廊下】
拓海は立ち上がり、
自然と道場横の廊下へ向かっていた。
突き当たり。
今日も、空気が揺れている。
だが――
第六話のときほどの“拒絶”は、ない。
むしろ――
(……待たれてる……?)
そんな錯覚すら覚える。
◆ ◆ ◆
【まだ、行けない】
だが、手は伸ばさなかった。
扉は、そこにある。
確かに、存在している。
けれど――
今の自分は、まだ“足りない”。
祖父は言っていた。
『戻れる者だけが、継げる』
行くことよりも、
“帰ること”の方が、遥かに難しい。
(……今は、まだだ……)
◆ ◆ ◆
【決意】
拓海は、指輪を握りしめる。
祖父は、行って、戻った。
そして――自分に“選択”を残した。
「……必ず、行く。
でも、その前に――」
この力が、
本当に“誰かを守れる力”になるまで。
拓海は、扉に背を向けて歩き出した。
今はまだ、
異世界への“入口”に立っただけだ。
【第八話・完】
いつも読んで頂きありがとうございます。
これからも頑張りますのでよろしくお願いします。




