第二部4話── 出発前夜と、静かな決意**
【王立医療院──ふたりの眠る部屋】
ガイルとニーナの部屋を出たあと、
タクとソフィアは医療院の静かな回廊を歩いていた。
夕暮れの光が差し込む窓。
風のない空気。
さっきまでの笑顔の裏に、
まだ痛みが残っているような沈黙。
「……ねぇタク。」
「ん?」
「怖かったでしょ。」
ソフィアの問いは軽いものではなかった。
タクは足を止める。
「……正直に言うと……死んだと思った。」
「うん。あんた、死んでたもん。」
「お前、ほんとさらっと言うよな……」
ソフィアは微笑みながら、
ふっと視線を外に向けた。
「だけどさ。
死ぬほど怖い思いして……
それでも“行く”って決めたのは、タクでしょ?」
「……ああ。」
「じゃあさ。
私がついていく理由、ちゃんとあるわけ。」
「その理由が……“俺が死んだら困る”ってやつか?」
「それと──」
ソフィアは少しだけ視線を下げて続けた。
「“まだ、あんたは理に気づいてない”から。」
(……理?)
タクは聞き返そうとしたが、
ソフィアがそれ以上は言わなかった。
◆ ◆ ◆
【市場──出発前夜の静けさ】
王都の市場は夕暮れで柔らかく染まっていた。
魚の香り、焼いたパンのかおり、人々の笑い声。
タクはふと立ち止まり、ひとつだけ串焼きを買った。
「お前も食べるか?」
「食べる。」
「……答えるの早いな?」
「旅立ちの前に美味しいもの食べたいじゃん?」
ふたりで歩きながら串焼きを齧る。
戦いや血の匂いが続いた数日の後の、
ほっとするような普通の時間。
「なぁソフィア。」
「なに?」
「……公国って、どんなとこなんだ?」
「うーん……簡単に言うと、“騎士と兵士の国”。
でもね、タクみたいな“理のある人”には向いてると思う。」
「向いてる……?」
「公国の北側にはね、理が乱れた土地があるのよ。
そこに……“何か”が近づいてる。」
「……終焉領の残りかす……か?」
「そう。それに近いもの。」
タクは拳を握り締めた。
(やっぱり……向こう側で何かが起きてる)
◆ ◆ ◆
【王城・客間──最後の夜】
荷物を整理しながら、
タクは手紙のように丁寧な紹介状を眺めた。
魔力で封じられた、公国の紋章。
これは“簡単には戻れない旅”の証のように思えた。
ベッドに腰掛けていると──
ノックもなく扉が開いた。
「おじゃましまーす。」
「勝手に入るなよ。」
「だって出発前なんだもん。
最後にあんたの顔くらい見ときたいでしょ?」
「俺は別に……」
「はい、そこ照れる〜」
「照れてねぇ!!」
ソフィアは笑いながらベッドに腰を下ろした。
「タク。」
「なんだよ。」
「明日さ……ちゃんと、行こうね。」
「……ああ。」
「間違っても寝坊したら怒るから。」
「お前が起こせよ。」
「もちろん。
……あんたを“死なせない”ために、ついてくんだから。」
ふっと笑ったソフィアの横顔が、
妙に頼もしく見えた。
◆ ◆ ◆
【出発の朝──王国との別れ】
王都の朝は早い。
屋根の上でカモメが鳴き、
市場の人々が店を開き始める。
タクは王城前に立ち、深呼吸した。
ここで出会った人たち。
ガイルとニーナのこと。
国王の笑い声。
ソフィアのからかい。
金貨百枚の重さ。
全部が、胸の奥に残っている。
「おっそーい!」
ソフィアが軽くタックルするように肩をぶつけてきた。
「今来たばっかりだ!」
「はいはい。
じゃ、行こっかタク。」
ソフィアは当然のように横に並ぶ。
「……お前、ほんとについてくるんだな?」
「当たり前でしょ。
あんた、すぐ無茶するんだから。」
「……そうかよ。」
「あと、金貨半分は私のだからね?」
「そこ忘れねぇんだな!?」
ソフィアが笑い、タクもつられて笑った。
こうして──
**タク・シライとソフィア・フランは
王国を後にし、公国ラインハルトへ向けて歩き出した。**
その旅路の先で、
仲間との出会いと、絶望の闇が待ち受けていることを
まだ知らずに。
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