第4話 揺れる扉、触れてはいけない向こう側
※本編の物語は第12話から本格始動します
※第1〜11話は「扉が開くまでの記録」です
夜だった。
道場の縁側から見える庭には、月明かりが淡く差し込み、風が静かに葉を揺らしている。
拓海は寝床に入ってからも、なかなか眠れずにいた。
(今日も……あの場所、揺れてたよな)
道場横の廊下。
突き当たりの“ただの壁”。
そこだけ、確実に空気が違う。
見つめると、ほんの一瞬だけ、世界が水面のように“たわむ”。
祖父は言っていた。
『理が強うなれば、見えるようになる』
なら今は──
“まだ、完全には見えていない”段階なのだろう。
◆ ◆ ◆
その夜、拓海は再び夢を見る。
白い霧。
遠くに聞こえる波のような音。
身体が、少しだけ“軽い”。
(また……ここか……)
夢だと分かっているのに、感覚は妙に現実的だった。
足元に地面があるようで、ない。
重力が、ほんの少しだけ弱い。
前方に――
“揺れている空間”があった。
扉。
だが、形は定まらず、輪郭も曖昧だ。
まるで、世界そのものが呼吸しているかのように揺らいでいる。
(……近づいたら……どうなるんだ?)
恐怖よりも、好奇心が勝った。
拓海は、一歩だけ前へ踏み出した。
◆ ◆ ◆
瞬間、視界が“めくれた”。
色が裏返り、音が遠のき、空間が縦に引き伸ばされる。
「……っ!?」
気がつくと、拓海は“知らない場所”に立っていた。
灰色がかった空。
赤と黒が混ざった大地。
空気は薄く、重さがどこか違う。
(……ここ……夢、じゃない……?)
足元の感触は確かに“地面”だった。
風が吹き、砂が靴に当たる。
本物だ。
だが、その瞬間だった。
胸の奥が、強く“締め上げられた”。
(……っ、苦しい……!?)
呼吸が浅くなる。
喉が焼けるように熱い。
この場所に“長く存在できない”と、身体が理解している。
遠くから、低く脈打つような振動が伝わってきた。
生き物の鼓動ではない。
だが、確かに“意思のある何か”が、そこにある。
(――やばい……ここ……)
本能が叫んだ。
“今すぐ戻れ”。
◆ ◆ ◆
次の瞬間、空間がねじれる。
身体が後方へ強引に引き戻されるような感覚。
視界が白く弾け――
「……拓海!!」
祖父の声で、意識が叩き起こされた。
◆ ◆ ◆
目を開くと、そこは道場の畳の上だった。
天井の古い木目。
梁の影。
懐かしい畳の匂い。
拓海は大きく息を吸い込んだ。
「……っは……!!」
肩で息をしながら、身体を起こす。
祖父・源蔵が、すぐ横で膝をついていた。
「……戻されたか」
「……今の……夢じゃ……なかった……」
「うむ。だが、まだ“定着”しとらん」
源蔵は、廊下の突き当たりを一瞥する。
「あの扉はな。
今のお前には“開けさせてはくれる”が、
“留まらせてはくれん”」
「……さっき……向こうで……息が……」
「理と身体が、まだ追いついておらん。
無理をすれば、今度は戻れんぞ」
その言葉に、拓海は背筋が冷たくなった。
「……俺、今……本当に……」
「異界に足を踏み入れた。
だが、まだ“客人”ですらない」
源蔵はそう言って、静かに立ち上がる。
「焦るな。
扉は、逃げん」
◆ ◆ ◆
拓海は胸に手を当てる。
心臓は、まだ早鐘を打っている。
だが――
確かに“向こう側”は、存在した。
確かに、自分は“そこに立った”。
(……じゃあ……本当に……異世界は……)
源蔵は背を向けたまま、ぽつりと告げる。
「お前が自分の足で、あの場所に“立ち続けられる日”は来る」
「……それは……いつ?」
祖父は答えなかった。
ただ一言だけ。
「──その日までは、鍛錬じゃ」
◆ ◆ ◆
夜は、再び静けさを取り戻した。
だが、拓海の胸の奥では――
もう、何かが確実に“動き始めていた”。
扉は、確かに開いた。
ただしそれは、
“本番の前触れ”にすぎなかった。
第四話・完
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