第32話 母の料理と、“雨の奥義”への長い道のり
白石家に戻ったその朝。
拓海の鼻をくすぐったのは、懐かしい味噌汁の匂いだった。
◆ ◆ ◆
久しぶりの母の朝食
「起きた? 拓海。
ご飯冷めるよ」
母の声。
異世界での張り詰めた日々を思い出すと、
この日常が胸にじんと染みる。
焼き鮭、ひたひたの出汁巻き、炊きたての白米。
(……癒される……)
「最近、ちょっとやつれてない?」
母が心配そうに覗き込む。
「大丈夫。
……鍛えたいんだ。もっと強くなりたい」
「ふふ。お父さんとおじいちゃんも、そう言ってたね」
その言葉は、拓海の背中をそっと押した。
◆ ◆ ◆
道場──祖父の手記を読み解く
朝食を終え、拓海は道場へ向かった。
祖父の遺した巻物。
そこには、水と雷、それぞれの“核心”的な教えが記されていた。
【水の奥義】
「一滴を捉えよ。
雨の一滴は世界の最小の流れ」
「一滴を斬るは流れを斬るなり」
【雷の奥義】
「空気は吸うものにあらず、纏うものなり」
「皮膚で感じ、身体で混ざり、気で圧縮せよ」
(読むだけなら簡単だけど……
これ、実際やるの……想像できない……)
だが、やらなければならない。
森の魔紋獣の“あの奥の存在”を思い出すたび、
全身が緊張で震えた。
◆ ◆ ◆
雨の奥義──“一滴を捉える”までが地獄
三日目の午後。
ちょうど良いタイミングで雨が降り始めた。
(……始めるか)
庭に立ち、刀を抜き、
雨の中で目を閉じる。
(雨粒を一つだけ……捉える……)
しかし。
ザーーーッ
雨は無数。
雑音も、水音も、肌を叩く感覚も混ざりすぎている。
(全然……無理……!)
一粒を感じ分けるどころか、
雨全体が塊にしか感じられない。
その晩、拓海は疲れ切って布団に倒れ込んだ。
(くそ……俺、向いてないのか……?)
◆ 翌日
雨の音を聞きながら“耳”だけで追おうとする。
→ 失敗。
◆ その翌日
目を閉じて“肌”の感覚だけで一粒を探す。
→ 全部同じにしか感じない。
(どうして……一滴だけ……感じられないんだ……)
雨の中で一人、歯を食いしばった。
そして、刀を強く握りしめた。
◆ ◆ ◆
五日目──ようやく見えた“流れ”の違い
五日目、拓海は突然気づいた。
(……同じ雨に見えても……
一滴ずつ……“重さ”が微妙に違う……!)
風の角度、落ちる速さ、空気の抵抗。
一滴ずつが“違う線”を描いている。
(これが……“流れ”……!)
目を閉じると、
ひとつだけ薄く光る線が見えた。
(あれ……!)
拓海は刀を振る。
シャッ……!
斬れたのは──
ほんの“半分だけ”。
(惜しい……!!
でも……見え始めてる……!!)
◆ ◆ ◆
雷の奥義──皮膚で空気を取り込むまでの苦闘
雨の修行と並行して、
拓海は雷の奥義にも挑んだ。
(空気を……吸うんじゃなくて……
皮膚で感じる……?)
やってみると分かる。
(……感覚がない!!)
風を感じる、温度を感じる、湿度を感じる、
ここまでは普通。
だが──空気が“身体に入ってくる感覚”がまったく掴めない。
(じいちゃん……これどうやったんだよ……)
失敗を繰り返しながら、
三日目に拓海はヒントを掴む。
(皮膚じゃなくて……
“気”を外に広げて空気と混ぜるのか……?)
気を放ち、薄く、広くする。
空気の層に“触れる”。
すると──
ピリ……ッ
(今……少しだけ……入った……!?)
たったそれだけ。
でも確かに“空気が身体と混ざる”感覚があった。
(これが……雷の奥義の入口……!!)
◆ ◆ ◆
成長の実感
雨の修行は続く。
雷の感覚も、少しずつ掴めてくる。
拓海は道場でひとり、息を吐いた。
(簡単なんて絶対ない。
でも……できる。
俺は……理を持ってる。だから止まるわけには
いかない)
刀を握りしめる。
(絶対に……強くなる。
あの森の奥のものに……勝つために。)




