第30話 戦いの余韻、そして“森の奥”に潜む影
魔紋獣が霧散すると、
残された森は静まりかえった。
風もなく、鳥の声すらない。
ただ遠くで木が軋むような音だけが響く。
(終わった……のか……?)
拓海は刀を収め、大きく息を吐いた。
◆ ◆ ◆
戦闘後の沈黙
ヴォルクは深い溜息をつき、
裂けた脇腹を抑えながら苦笑する。
「……痛ぇ……
けど、生きてるのが奇跡だな……」
リーナも腕の変色を見て震えた。
「これ……魔力の腐食……
治療院で診てもらわないと……」
ガイルは折れてしまった大剣を見つめ、
歯を食いしばった。
「……黒紋猪じゃなく、魔紋獣だったか。
想像以上だ。これは……普通じゃねぇ。」
その時。
ザ……ザリ……
森のさらに奥から、
“何かが這う音”がした。
◆ ◆ ◆
森の奥の“より深い闇”
「……え?」
拓海が振り向く。
(線……?
いや……違う……
ただの“気配”じゃない……)
ガイルは即座に手を挙げた。
「動くな……!」
全員が息を止める。
ゴ……ォ……ォ……
低く、地響きのような呼吸音。
(これ……魔紋獣より……もっと……)
「ガイルさん……これ……」
リーナの声が震える。
「ああ……間違いない……」
ガイルは拓海の肩を掴む。
「拓海……絶対に声を出すな。
あれは……俺たちじゃ相手にならねぇ。」
(……そんなに……!?)
「ガイルさん……撤退です……ね?」
ヴォルクが唸る。
ガイルは一度だけ深く頷いた。
「無理だ。
今の俺たちじゃ、勝てない。」
その言葉に、森の空気がさらに冷たくなった。
(……本当に……この森……何なんだ……)
◆ ◆ ◆
撤退──“見えない恐怖”を背に
蒼狼隊は静かに、慎重に後退を始める。
一歩踏み出すたび、
背後の気配がこちらを“見ている”と感じた。
(すごい……圧……
目で見えないのに……
ただ存在してるだけで……怖い……)
森を抜けるまで、誰一人喋らなかった。
──だが、拓海だけは気づいていた。
背後の“それ”は、
最初から追ってきていたのではない。
──撤退を決めた、その瞬間から、
こちらを「認識」したのだ。
◆ ◆ ◆
ギルド報告──重く響く“魔紋獣”の文字
街に戻ると、
ギルドの受付が全員青ざめた。
「魔紋獣……!?
本当に討伐したんですか!?」
「証拠はこれだ」
ガイルが黒い紋の欠片を置く。
ギルド職員が震えながらメモを取る。
「こ、これは……
街の冒険者総出で警戒を……」
ガイルは手を挙げて止めた。
「近づくな。
魔紋獣だけじゃねぇ。
もっと奥に……“別の何か”がいる。」
ギルドの空気が凍りつく。
「……第一級の危険通達を出します……!」
(第一級……?
そんなやばいレベルなのか……)
◆ ◆ ◆
祝杯──生きて帰れた者だけが味わえる酒
夜。
いつもの酒場で、蒼狼隊と拓海は席に着いた。
「拓海!!今日は飲め飲め!!」
ヴォルクがどんどん食事を並べる。
「すごかったですよ、拓海さん!」
リーナは笑顔だが、腕は包帯で覆われている。
ガイルはビールを持ち上げて言った。
「……生きて帰れた。
それだけで十分だ。
拓海、よくやった。」
「いえ……俺はまだ……!」
「謙遜すんじゃねぇ。」
ガイルが笑った。
「お前がいなきゃ死んでた。
今日の主役はお前だ、拓海。」
拓海は照れくさく笑い、
ジョッキを握りしめた。
(……怖かったけど……
でも……嬉しい……
認めてもらえた……)
「かんぱーい!!!」
全員が笑顔でジョッキをぶつける。
カァン!!
(……また冒険に行きたい。
強くなりたい。
でも──
あの“奥の気配”だけは、
今は、まだ見たくない。)
それでも、いつかは向き合う。
そう思った瞬間、
胸の奥が、嫌な音を立てた。
拓海の胸に、
新しい決意が生まれていた。




