第1話 祖父と、まだ開かない扉
※本作は完結までの構想・下書きを準備したうえで連載しています。更新は安定して続く予定ですので、安心してお読みいただけましたら幸いです。
白石拓海、祖父の家にて
蝉の声が、やけに遠く感じられた。
古びた木造の道場に、乾いた木刀の音が響く。
白石拓海は息を切らしながら、目の前に立つ祖父――白石源蔵を見つめていた。
「構えが甘い。拓海、もう一度じゃ」
軽く振っただけのはずの木刀が、風を切り、拓海の頬すれすれを掠める。
(……おかしいだろ)
源蔵は七十五歳の老人だ。
腰も曲がり、普段は縁側で昼寝ばかりしている。
それなのに――
(どうして、こんな動きができるんだよ……)
拓海が必死で打ち込んだ一撃は、すべて紙一重でかわされ、逆に木刀が額に軽く当てられる。
「ほら、面を下げるな。気が抜けとる」
「……っ!」
木刀を握る手が痺れる。
腕はとうに限界だ。それでも、祖父の動きには一切の乱れがない。
まるで――
“この世の理から少し外れた存在” のように。
■ 祖父の言葉
稽古が終わり、縁側に腰を下ろす。
源蔵は麦茶を一口含み、静かに言った。
「拓海。強うなりたいか?」
「……強くは、なりたいけど」
「ならば、知っておけ。世の中にはな――」
祖父はふっと視線を道場の奥へ向けた。
「“理に触れる者” がおる。
目に見えぬ力で、扉を開ける者じゃ」
「……またその話か」
拓海は苦笑した。
祖父はときどき、こんな話をする。
“理”
“扉”
“この世と違う場所”
どれも、現実味のない話だ。
けれど――
拓海の視線が、自然と道場横の廊下の突き当たりへ向かう。
(……あそこだけ、なんか違う)
白い壁のはずなのに、
なぜか“奥行き”を感じてしまう。
「いずれ、見える時が来る」
祖父はそう言って、拓海の頭を軽く叩いた。
「その時は、迷うな」
■ 不思議な夢
その夜、拓海は奇妙な夢を見た。
――黒い霧。
――空を覆う巨大な影。
――水のような光が、自分の手から溢れ出す。
そして、どこからともなく聞こえる声。
『お前は、まだ知らぬ。
世界は、ひとつではない』
はっと目を覚ますと、全身が汗で濡れていた。
(……なんだよ、今の)
胸の奥に、嫌なざわつきが残る。
■ 小さな異変
翌朝、源蔵は珍しく早くから道場を掃除していた。
「拓海。裏の廊下の端を見てこい」
「なんで?」
「……なんぞ、気配が揺れとる」
「気配って……意味わかんないんだけど」
ぼやきながら、拓海は廊下の突き当たりへ向かう。
そこには、いつもと変わらない白い壁。
(やっぱ、何も――)
そう思った瞬間。
――壁が、わずかに“波打った”。
(今、揺れた……?)
目をこすり、もう一度見る。
だが、何の変化もない。
それでも、確かに感じる。
ここに――
“何かがある”
祖父の言葉が、脳裏に蘇る。
『理が強くなれば、見えるようになる』
(……これが、“扉”なのか?)
胸が、どくんと大きく脈打った。
何かが、確実に――
動き始めている。
⸻
ー第一話・完ー
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