第16話 如水流斬・川の流れの一閃
白石の家へ戻ると、外の喧騒が嘘のように静まり返った。
土間を抜け、
道場奥の六畳間へ足を運ぶ。
ここは、祖父・源蔵が何度も立ち、
刀を振るい、
気を巡らせていた場所。
畳を踏みしめるたび、
わずかに軋む音が、かえって心を落ち着かせた。
(……じいちゃんは、
ここで、何度この世界と向き合ってきたんだろうな……)
◆ ◆ ◆
【残された“現実”】
箪笥を開くと、
奥に重ねられた布袋が目に入った。
一つ、口をほどいてみる。
――じゃらり。
金貨、小金貨、銀貨が、静かな音を立てる。
「……やっぱり……」
驚きよりも、
不思議と納得の方が先に来た。
祖父はときどき、
理由も言わずに“まとまった現金”を持ち帰っていた。
今になって、
その金の出どころが、はっきりと形を持つ。
(じいちゃん……
本当に最後まで、
向こうとこっちを行き来してたんだな……)
◆ ◆ ◆
【如水流斬の冊子】
箪笥の底から、
もう一つ、薄い冊子が現れた。
表紙には、擦れた文字でこう記されている。
『如水流斬』
そっとページを開く。
「水の如く。
川は障害物を避け、
ただ下流へ流れ続ける。
その流れを刀に乗せて斬れ。」
難解な言葉はない。
だが、逆にそれが、
この技の“深さ”を物語っているように思えた。
(……力でねじ伏せるんじゃなくて、
“流す”ってことか……)
◆ ◆ ◆
【庭での試み】
拓海は庭に出て、
祖父の日本刀を静かに抜いた。
風が一本、
若い桜の枝を揺らした。
深呼吸はしない。
構えも、大きくは取らない。
(川の流れのように……
逆らわず……
ただ、進む……)
気を強く集めようとした、その瞬間――
意識を切り替えた。
集めるのではない。
通す。
腹の奥から、
細く、しかし途切れぬ流れが、
自然と刀身へと向かっていく。
◆ ◆ ◆
【如水流斬──初めての一閃】
目の前の低木の枝を、一つだけ定める。
狙いをつけて振るのではない。
ただ、刃を“流れに乗せる”。
――シュ……。
かすかな風の音だけが走った。
その直後。
枝は音もなく、
まるで最初から分かれていたかのように、
地面へ静かに落ちた。
「…………」
一拍遅れて、拓海はまばたきをする。
「……やっべ……
これ……本当に、斬れてる……」
切断面は、
水面のように滑らかだった。
◆ ◆ ◆
【小さな確信】
地面に転がる、小さな石が目に入った。
半信半疑のまま、
今度はそれに狙いを定める。
如水流斬――。
――スパッ。
手応えはほとんどない。
だが、次の瞬間、
石はきれいに二つに割れていた。
「……あ、あれ……?
え……?
……俺、ちょっと天才か……?」
思わず、声が漏れた。
笑ってしまいそうになるほど、
あまりに自然で、あまりに静かな成功だった。
◆ ◆ ◆
【見守るもの】
ふと視線を上げると、
庭の中央で、若い桜が風に揺れていた。
何も言わず、
ただそこに立ち、
拓海の一連の動きを見つめているかのように。
(……じいちゃん……
これで、少しは……
そっちに近づけたかな……)
◆ ◆ ◆
【これから始まる日々】
日本刀を静かに鞘へ納める。
胸の奥に、
小さいが確かな“手応え”が残っていた。
(……これなら……
この世界でも、生きていける……)
昨日までは、
ただ“迷い込んだ高校生”だった。
だが今は、違う。
この世界で、剣を振るう自分の姿が、
はっきりと想像できていた。
若い桜の枝が、
再び、そよりと揺れる。
「……明日は、街で買い物かな」
拓海は小さく笑い、
静かな決意を胸に、道場へと戻っていった。
これから面白くなっていきます。
応援よろしくお願いします。




