第15話 初めての異世界の街へ
若い桜を背に、拓海は木柵の前まで歩いた。
柵の向こうには、
まだ踏み入れたことのない“外の世界”が広がっている。
それなのに、
胸の奥にあったのは、奇妙な不安ではなく、
どこか懐かしいような静けさだった。
(……じいちゃんも、
この柵を越えていったんだよな……)
そう思っただけで、
足が自然と前に出た。
◆ ◆ ◆
【街の入口】
木柵を抜けると、
視界いっぱいに白い石畳が広がった。
陽光を受けて淡く反射する道。
ゆるやかな坂に沿って続く街並み。
木造の家々はどこかヨーロッパ風だが、
屋根の色や造りには、日本の古民家を思わせる温もりが残っている。
(……異世界っていう割には……
ずいぶん、普通だな)
肩の力が、少しだけ抜けた。
◆ ◆ ◆
【生活の音】
少し歩くと、人の声がはっきり耳に届き始めた。
「焼きパン、焼きたてだよー!」
「そっち、荷馬車通るから気をつけな!」
「おかあさん、これ見て! 光ってる!」
呼び声。
笑い声。
荷車の軋む音。
それらはすべて、
どこか現実世界の商店街と変わらない。
(……人、普通に暮らしてるんだな……)
剣も、魔法も、今は見えない。
ただ、“日常”だけがそこにあった。
◆ ◆ ◆
【店先の匂い】
石畳の脇に並ぶ小さな店々。
焼きたてのパンの甘い匂いが風に乗り、
拓海の鼻先をくすぐる。
「……腹、減ったな……」
思わず呟いて、自分で苦笑した。
果物を売る屋台には、
見慣れない色と形の実が並んでいる。
赤、黄、深い紫。
見た目は違うのに、どれも瑞々しく、食べられそうに見えた。
(じいちゃんも……
こういうの、普通に買ってたんだろうな……)
◆ ◆ ◆
【鎧の男たち】
通りの向こうから、
鎧姿の男たちが数人、肩を並べて歩いてきた。
だが、構えも殺気もない。
「おい、さっきの依頼さ、また取り分少なかったぞ」
「文句言うなよ。あれでも割のいい方だろ」
「酒代に消えたくせに!」
軽口を叩き合いながら、
彼らは市場の奥へ消えていく。
(……冒険者……なんだろうな)
だが、その背中は“戦う者”というより、
ただの“働く大人”に見えた。
拓海の中で、
異世界は「命がけの場所」から「人が生きる場所」へと、
静かに形を変えていった。
◆ ◆ ◆
【白石の家を振り返る】
ふと、歩いてきた道を振り返る。
坂の上――
白石の家の庭と、
その中央に立つ一本の、若い桜。
遠目にも、
その細い枝が、風に揺れているのが分かった。
(……じいちゃん……
ここから、街を見下ろして……
何度も歩いてきたんだな……)
桜は何も語らない。
ただそこに在り、
静かに拓海を見送っている。
◆ ◆ ◆
【“もう一つの帰る場所”】【】
拓海は、もう一度だけ桜の方角に目を向け、
それから、静かに踵を返した。
「……そろそろ、戻るか」
今はまだ、
この世界での居場所も、役割も、何も定まっていない。
けれど――
帰れる場所が、もう一つ増えた。
その事実だけが、
胸の奥を、少しだけ温かくしていた。
拓海はゆっくりと歩き出し、
再び“向こう側の家”の玄関へと向かっ
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