第14話 異世界の庭と、植えられた桜
土間の奥へ進むと、
外へ通じる木戸が、静かに拓海を待つように立っていた。
拓海は一度だけ、小さく息を吸い、
その戸にそっと手をかける。
ぎい……と、古木が低く鳴った。
次の瞬間、
ひんやりとした外気と、湿った土と草の匂いが、胸いっぱいに流れ込んできた。
◆ ◆ ◆
【異世界の庭】
外に出ると、そこは拓海の想像とはまるで違っていた。
荒れ地でも、戦場の跡でもない。
丁寧に手入れされた、小さな庭。
砂利の敷かれた細い小道。
低い木柵。
簡素だが、そこにははっきりと
「人が通い、立ち、手を入れていた」痕跡が残っている。
(……じいちゃん……
本当に……ここに来てたんだ……)
胸の奥が、じんと熱くなる。
◆ ◆ ◆
【一本だけの若い桜】
その庭の中央に──
一本だけ、若い木が植えられていた。
背丈は拓海の胸ほど。
幹はまだ細く、支えの杭に静かに寄り添っている。
枝には、まだ固い蕾の名残。
(……桜……?)
目にした瞬間、拓海の胸に、
言葉にならない引っかかりが生まれた。
◆ ◆ ◆
【2年前の記憶】
縁側で湯のみを手にした祖父が、
いつもの調子で、ぽつりと言った。
『苗木屋でな、桜を買うてきたんじゃ』
『向こうの庭も、少しは明るうなるじゃろう思うてな』
『もう植えたん?』
何気なくそう尋ねた拓海に、
源蔵は少しだけ言葉を濁し、曖昧に笑った。
『……まだじゃ。あちら側に、
植えるのは、その“時”が来てからじゃ』
その時、拓海は深く考えもしなかった。
そして桜のことは、
忙しない日常と扉の出来事の中で、
いつの間にか記憶の底へ沈んでいった。
(……その“時”が……
今だったんだ……)
◆ ◆ ◆
【最近掘られた土】
桜の根元の土は、明らかに新しい。
色はまだ湿り気が残り、
踏めば、わずかに柔らかさが返ってくる。
(……最近だ……
じいちゃん……
最後にここへ来た時、植えたんだ……)
二年前に買った苗木は、
ずっと“その時”を待っていたのだ。
◆ ◆ ◆
【小さな木札】
根元に、小さな木札が立てられている。
かがんで覗き込むと、
そこには、力の抜けた祖父の字があった。
『帰る場所のしるし』
「……じいちゃん……」
それだけで、拓海の胸の奥が、じんと焼けるように熱を帯びる。
源蔵は、
この家が“いつか本当に帰れなくなる場所”になることを、
どこかで悟っていたのかもしれなかった。
だからこそ、
最後にこの桜を、ここへ残したのだ。
◆ ◆ ◆
【揺れる若木】
拓海は、そっと枝に触れた。
細く、まだ頼りない感触。
だが、指先に確かな命の温もりが伝わってくる。
(……じいちゃんは……
一人でここに立って、
この木を見上げて……
何を思ってたんだろうな……)
異世界の仲間。
酒。
小さな依頼と魔物討伐。
そして、現実世界で待つ孫――。
そのすべてを胸に抱いたまま、
源蔵は、この桜を植えたのだ。
◆ ◆ ◆
【木柵の向こう】
木柵の向こうには、異世界の街並みが広がっていた。
石畳。
連なる屋根。
行き交う人の影。
戦の気配はない。
ただ、人が生きている音だけが、静かに流れている。
(じいちゃん……
あんたは、この優しい場所を……
最後まで守りたかったんだな……)
◆ ◆ ◆
【継がれる場所】
拓海は桜の前に立ち、
静かに頭を下げた。
「……これからは、俺が……
ここを守るから……」
若い桜の枝が、
風に揺れて、かすかに葉を鳴らす。
まるで――
それでいい、と答えるように。
少し地味な話でしたが、お読み下さりありがとうございます。これからもよろしくお願いします。




