第11話 気を動かす者
翌朝。
目を覚ました拓海は、
自分の身体が“軽い”ことに、すぐ気づいた。
筋肉の張りはある。
だが、疲労とは違う。
内側から、静かに熱が灯っているような感覚。
(……昨日の“気”……
まだ……残ってる……)
何もしていないのに、
腹の奥が、ゆっくりと温かい。
拓海は制服に着替えかけ――
その手を止め、
静かに道場へ向かった。
◆ ◆ ◆
【巻物──第二段】
木箱の前に座り、
昨日と同じように巻物を開く。
二枚目の和紙。
だが、今日の文字は――
昨日より、少し厳しく感じられた。
⸻
『第二段 気を動かす』
気は、巡るだけでは意味がない。
気は“動かすもの”であり、
動かぬ気は、ただの重石にすぎぬ。
足に溜めれば、踏み込みとなり。
肩に集めれば、斬りとなり。
背に通せば、軸となり。
腹に沈めれば、理となる。
己の意思で、
気を動かせ。
この段を越えねば、
扉は決して姿を示さぬ。
⸻
「……巡らせる、だけじゃ……足りない……」
昨日は、
“流れるのを邪魔しなかった”だけだった。
今日は違う。
流れを、“選べ”。
そう言われている。
◆ ◆ ◆
【最初の壁】
拓海は道場の中央に正座し、
腹の奥へ、意識を沈めた。
(……ここまでは、昨日と同じ……)
腹の底に、微かな熱が生まれる。
それはもう、はっきりと“気”だとわかる。
(……ここから……肩へ……)
そう思った瞬間。
――動かない。
腹の奥で、熱はある。
だが、そこから一歩も進まない。
「……あれ……?」
肩に、何も来ない。
昨日の“自然な巡り”が、今日は起きない。
(……意識すると……
逆に……止まる……?)
静かな焦りが、胸に滲む。
◆ ◆ ◆
【巡ると、動かすは違う】
拓海はもう一度、目を閉じた。
(流れるのを“待つ”んじゃない……
“行かせる”んだ……)
腹の熱を、
押し出すでも、引き上げるでもなく。
ただ、
“進む先”を――
確かに、強く“思い描く”。
(……肩へ)
だが、気は応えない。
「……言うこと……聞けよ……」
小さく呟いた声が、
静かな道場に、虚しく落ちる。
五分。
十分。
何度やっても、
腹の奥で、気は“動かないまま”だった。
(……くそ……
これが……第二段の壁か……)
◆ ◆ ◆
【小さな前進】
どれほど時間が経ったのか。
汗が、背中を濡らし始めた頃。
拓海は、もう一度だけ、
腹の奥へ意識を向け——
(……いいから……
動け……)
その時。
肩の奥で、
ほんの“針先ほど”の熱が揺れた。
(……っ……)
気の“欠片”が、
腹から肩へ――
わずかに“移った”。
「……今……動いた……」
全身に、鳥肌が立つ。
ほんの数ミリ。
ほんの一瞬。
だがそれは、
昨日の“巡り”とはまるで違う――
“意志で動かした”初めての感触だった。
◆ ◆ ◆
【扉の反応】
その、微かな成功と同時に。
家の奥から――
また、あの“圧”が来た。
ドン……!
空気が鳴る。
床が、わずかに震えた気がした。
(……また……
扉が……)
昨日の反応よりも、
明らかに――“深い”。
拒絶でも、
歓迎でもない。
ただ、
(……見てる……
試してる……)
そんな気配だけが、
背中に、ひたりとまとわりついていた。
◆ ◆ ◆
【肩に“集める”】【成功】
拓海は、気を整える。
腹の奥に沈め――
もう一度だけ、意志を定めた。
(……肩へ。
今度こそ……)
焦らない。
力まない。
“動こうとする瞬間”だけを、
静かに、待つ。
――その時。
ス……ッ
腹の熱が、
一本の細い線になって、
肩の奥へ、はっきりと“移った”。
「……!」
肩が、軽い。
腕が、強い。
背骨が、一本の柱になったような感覚。
(できた……
今度は……確かに……!)
◆ ◆ ◆
【“歓迎しない歓迎”】【扉】
肩に集まった気に呼応するように――
扉が、再び反応した。
だがそれは、
「来るな」
でもなく、
「来い」
でもない。
ただ――
(……その調子だ……)
と、
低く、試すような沈黙。
(……どっちなんだよ……)
思わず、苦笑が漏れた。
だが、はっきりしている。
拓海の“成長”にだけ、
扉は確実に反応している。
◆ ◆ ◆
【気を乗せた一振り】
拓海は、祖父の木刀を手に取った。
肩へ集めたまま、
静かに、構える。
そして――
振る。
ヒュ……ッ
ただの素振り。
だが、
空気の“裂け方”が、明らかに違った。
速さでも、
力でもない。
気が、刃の“通り道”を作っていた。
(……これが……
“意志で動かした気”……)
拓海は、初めて――
自分が“戦える側の人間”に
変わり始めていることを、はっきり理解した。
◆ ◆ ◆
【そして、扉の前へ】
夕方。
自然に、足が――
道場横の廊下へ向かっていた。
白い壁。
何もないはずの場所。
だが今は、
肩に集めた気が、微かに熱を帯び、
“そこ”を指し示している。
(……今日は、
まだ……行かない……)
だが、確実に――
扉は、もう遠くない。
拓海は、
静かに、拳を握った。
◆ ◆ ◆
第十一話・完
── 気は、意志によって動きはじめた ──
いつも読んで頂きありがとうございます。
もう少しで、異世界へ。
頑張りますので応援よろしくお願いします。




