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243  作者: Nora_
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06

「よかったら江連さんもどうぞ」

「ありがとう、クッキーとかも作れるんだね」

「はい」


 いまはお昼休みで時間的にも余裕があったから目の前で食べさせてもらおうとしたらばっと手を掴まれて止められてしまった。


「流石にここで食べるのはやめてください、恥ずかしいですから」

「そっか、なら違うところで食べてくるね」


 余裕があるといっても離れれば離れるほど大変になるから近くの空き教室でいいか。

 多少汚してしまってもしっかり掃除をしてから戻ればなにも問題はない。


「それでも……付いていってもいいですか?」

「うん、まだ私のことがわかっていないから不安になるよね、ちゃんと食べさせてもらうから見て安心してね」


 少し物足りなくてなにか食べたいところだったからその点でもありがたかった。


「あむ――うん、美味しいよ」

「ありがとうございます」

「定期的に葵さん達にあげたりしているんだね、さっきの反応でわかったよ」

「はい、すぐにはあれでもおかわりを頼んでくれるぐらいでありがたいです」


 美味しいから頼みたくなる気持ちはよくわかる。

 それでも二度目は材料費と時間のことを考えると無理だ、くれると言っているのなら遠慮なく貰うとしてもだ。


「見間違いでなければ井辻さんが少し不満気な顔をしていたかな」

「晴がですか?」

「二人は幼馴染で昔からそういうことをしてきたんだよね? 本当は独占できていて嬉しかったとかもあり得るよね」


 あの中の組み合わせがはっきり変わっても見ている側は楽しめる。

 

「確かに小さい頃から作ることが好きだったので晴には食べてもらっていましたが……晴はいま夏美さんにしか意識がいっていない……ように見えます」

「そんなことはないよ、それに葵さんも萬場さんや京子先輩に『あれ、今日宝理は?』と多く聞いているからね。それに独占したくなる気持ちはわかるよ、自分のためにこんなに美味しいお菓子を作ってもらえるなんて嬉しいからね」


 なんか変な目線からの発言になってしまった。

 喋りすぎのような気もしたから窓の向こうに意識を向けていると「もしかしたら夏美さんが喜んでいるように見えたのが原因かもしれません」と言われて戻す。


「ごめん、変なことを言わなければよかったね、そもそも本人に確認したわけでもないからただの想像でしかないよね」

「昔とはもう違いますから、それに私もそこまで晴を意識して行動していませんよ」

「うん、もう言わないよ」


 意地を張らせてしまったかなあ。

 井辻さんに対して決めつけをすると彼女にだって向かうことになる。

 本当はそうでも全く仲もよくない人間からごちゃごちゃ言われたら躱したくなるかもしれないからわかりやすく失敗だった。

 更に変なことが起きたのはここだ、何故かこちらの手に触れてきたから驚いた。


「でも、江連さんみたいに見てくれている人がいたら助かるときもあると思います。お友達になってくださいと頼んでよかったです」

「そうなの?」

「はい、受け入れてもらえたことはもっとそうです」


 隠してしまいそうにも見えるしいまのように出していくタイプにも見える。

 過ごし方的には京子先輩が一番近いけど彼女はもっとこう静というか、それこそちゃんと見てくれているような存在と言えるかもしれない。

 あの中では井辻さんに並んで関わった時間が極端に短いのになにを言っているのかとツッコまれてしまうかもしれないけど。


「現時点でも距離感を見誤ってしまっているぐらいだから仲良くなれたら面倒くさい存在になってしまうかもしれないよ?」

「それは――」

「はは、面倒くさい存在だと自覚はしていたのか」


 女の子達よりもその点については彼の方がわかっているから協力してもらおう。

 二人だけで彼女が大丈夫なんて言葉を使った場合にあっさりとこちらが負けてしまいそうだから必要だった。


「葵君ならわかるでしょ?」

「まあな。宝理、無理そうならやめておけよ、こいつはそのままでいる限りどこまでも付いてくるぞ」

「前までだったらどこかにいかれたら諦めていたけどね」


 よくも悪くも空気を読めない人だけが人生を一番楽しめるかもしれない。

 彼風に言えば私のそれは他人から見たらただ怖がっているだけでしかないだろうから。


「どうせ同じようにはもうできないだろお前」

「そうかもしれない」

「だから夏美も悪いよな~」


 それは前にも否定したのにまだ言うのか。


「そこでどうして夏美さんの名前が出てくるんですか?」

「ん? ああ、最初に助けたのはこいつでもそこから近づいたのが夏美だからな。それなのにいまではこいつを放置して井辻にべったりだ、だったらするなよって言いたくなるだろ?」


 一応は兄として巻き込んでしまったことを気にしているということなのだろうか?

 私に対しても優しいところがあると判断してきたけど少し間違っていたのかもしれない。


「そうでしょうか、私としてはきっかけができたのでありがたいぐらいですが」

「ん? なんだ宝理、こいつのことやたらと気に入っているな」

「多分、私一人では江連さんとはお友達になることもできなかったと思います」

「そりゃ変な遠慮をしているからだ。ずっと一人で過ごしてきた人間なんかずっと他人といる人間と友達になるよりも楽だぞ、それも友達になってくれって言葉だけでいいんだからな」

「葵君の言う通りだよ、はっきりと友達だと言えるのは宝理さんだけだからね」


 最初は舞が興味を持ってくれているように見えたもののそれも勘違いだったからただの恥ずかしい一件でしかなかった。

 その点、彼女はちゃんと求めてきてくれて毎日必ずというわけではなくてもこうしていてくれているのだからただ恥ずかしいだけでは終わらないはずだ。


「え、それは嘘ですよね? 特に舞さんとは仲がいいように見えましたが……」

「勘違いしていただけだったんだ、いま萬場さんは京子先輩にしか興味がないからね」

「だっせえっ。でも、これがいい例だ、一人でいたからすぐに勘違いしちまうんだよ。嫌だったらやめておけ、まだ一切踏み込んでいないから容易だろ」

「はは、切り替えが上手で葵君面白い」

「「あ」」


 またこれか。

 いい方に変わっていくことが私にもあるというだけだろう。


「私だって人間だから笑うよ? ここだって笑うよ」

「おわ!?」「えっ!?」

「起こさないでって言っているでしょ」


 とは言われても放課後に時間を作ってもらうわけにはいかないからいましかなかったのだ。

 もう休み時間が終わりそうなところなのもよかったと思う、授業の時間をはさめば落ち着けるはずだから。


「ごめん、だけどこの二人にはまだ紹介していなかったことを思い出してね。初めて二人きりで話したときの井辻さんにだって見せていたのにおかしかったからさ」

「龍一はとこに厳しいから嫌い、衣子きぬこは友達になったんだからもっといってあげて」

「ご、ごめんなさい」

「謝らなくていいよ、とこだって自分からいったりはしていないんだからね」


 誰かに強制されるようなことでもないから本当に謝る必要はない。


「なんだこのチビ、ご主人様に滅茶苦茶似ているな」

「それなら可愛いってことだね」

「は? あ、真面目に相手をするだけ損か。戻るわ」

「うん、楽しかったよ、またね」

「なにが楽しいだ」


 固まってしまっている彼女を復活させて私達も戻ることにした。

 これで条件は整ったから続くかどうかは彼女次第だった。




「おい――だあ、邪魔すんなよチビ」

「ここだよ、名前で呼ぶまでやめない」

「ここ、こいつにやる気を出させろ」

「はは、今日は僕の真似をしているね~」


 完全下校時刻まで時間をつぶしてから帰るを実行しているものの三日目ぐらいで既に限界がきそうになっていた。

 あまりにも退屈すぎる、こうして葵君が来てくれても流石に全部は付き合ってくれないから一人だ。


「ちなみにとこの名前もだからね?」

「江連でいいだろ」

「まあ、お前とかこいつとか言わないなら許すよ」


 はは、ここもどこ目線で話しているのか。

 それよりここは強いな、上手く躱す能力を有している。


「それよりさっさとこ――江連を起こせ」


 いま途中で止めたけどそのまま続けていれば名前で呼んでいたことになる。

 気づいているのだろうか? 少し甘いところもある子だから気づいていなさそうだ。


「なにか頼みたいことでもあるの?」

「ああ、外で宝理が待っているんだよ」

「それを先に言ってくれればよかったのに」


 帰る支度はもう済ませてあるからいつでもここから離れられる。

 でも、宝理さんが待っているとは思えなかった、用があるなら直接頼みに来るだろう。

 だからこれは彼が私になにかしてもらいたくて来ているだけ。

 さて、なにを頼んでくるのか楽しみだ。


「おわ、お前寝たふりとか一番駄目なやつだからな?」

「龍一……?」

「い、いいから早くいくぞ、宝理は怒らせたら怖いぞ」


 と、わくわくしていたところで「江連さん」と本当に宝理さんから話しかけられて止まってしまった。


「私が葵さんに頼んだんです、自分でいかずにすみません」

「謝らなくていいよ。疑ってごめんね、葵君」

「お――江連に用なんかあるわけがないだろ」

「その割には毎時間、江連さんの教室を覗いていましたよね?」


 監視役だからそれは仕方がないことだと思う。

 だけどそれ以上はしないのが彼のすごいところだった。

 みんな知り合いで普通に喋ることができるのだから参加すればいいのにね。


「そ、その俺を見ているということは宝理だって同じだってことだろ、しかも江連の教室には夏美だっているんだから自然だろ」

「それなら衣子だって自然だと思うな~だって夏美と舞がいるんだから」

「ここは黙っていろ」

「嫌だよ~」


 この二人、意外とお似合いな気がする。


「じゃ、俺はこれで帰るからな」

「ねえとこ、僕はちょっと龍一と一緒にいるね」

「うん、ちゃんと帰ってきてね」

「大丈夫だよ、龍一はまだまだ敵みたいなものだからね」


 その割にはにこにこ笑みを浮かべて楽しそうだった。

 あまりにも自分に好都合な存在すぎるからもっと自由に行動してもらいたかった。


「江連さんのことお名前で呼んでもいいですか?」

「いいよ」

「とこさんのお家にいってみたいです」

「それならいこっか」


 ゆっくりお喋りをしてからでも悪くない。

 先に作ったとしても彼女と一緒に食べてしまえば楽しく過ごせるだろう。

 でも、


「衣子ちゃん?」


 お茶を出してから作ろうとした私を隣の客間に連れ込んで押し倒してきた。

 意味がわからなさすぎてもう一度声をかけようとしたところでぎゅっと顔を抱きしめられて固まる。


「ずっとこうしたかったんです」

「井辻さんでもないのに?」

「はい」

「してもいいけど顔を抱きしめるのはやめてほしいかな」


 苦しいしお互いに顔も見えない。

 

「キスしてもいいですか?」

「してもいいけど感想を求めてきたりはしないでね」

「はい」


 実は少し試していたところもあった。

 だけど有言実行する子だとすぐに知ることになった形となる。

 相手が井辻さんならわからなくもないけど私にできるのはすごいな。


「……ありがとうございます」

「もしかしてここはこのことをわかっていたのかな?」

「どうでしょうか、ただ単純に葵さんのことが気になった可能性もありますよね」


 裏でなにをしているのかわからないからやっぱりいますぐにでも買ってきてほしい。

 そう願っていた結果、


「ただいま」

「ひょわ!?」


 唐突に現れて衣子を驚かせていた。


「衣子、僕はとこに言わなければならないことがあるから今日はもういいかな?」

「は、はい。それじゃあこれで失礼します」

「うん、気を付けてね」


 鍵を閉めるために玄関にいって戻ろうとしたところで「とこは馬鹿だね」と初めてここから厳しい言葉が飛んできたことになる。


「とこが馬鹿なところを直すまで僕の力で衣子を近づけさせないようにするから」

「でも、嫌ではなかったよ?」

「とこは舞といればいいんだよ」


 物凄く怖い顔のまま「いまのままじゃ駄目だよ」と言ってどこかに消えてしまった。

 とりあえずやらなければいけないことをやっておけば機嫌も直ってくれるだろうと考えていたものの翌朝、全く姿を見せてくれなかった。

 いつもは近くでふわふわ浮かんで寝ているのにとうとう飽きられてしまったのかもしれない。


「おはよう」

「おはよう、それで急なんだけどここがいなくなってしまったんだよ」


 これもここの謎のパワーによるものなら嫌だな。

 勘違いしたときといい結局一人であることには変わらないから。

 自分がもやっとする分にはいいけど京子先輩との時間を減らしてしまったら駄目だろう。


「嘘、嫌われてしまったの? 少しの時間しか一緒にいなかったけど江連大好きって感じだったよね?」

「昨日少し喧嘩をしてしまってね」

「昨日? ま、教室に向かいながら話そうよ」


 自分が失敗をしただけだったらこれまでみたいに全部吐いていた、だけど今回は衣子が関わっているから黙っているしかない。


「ん-なにも教えてもらえないと協力してあげられないよ?」

「舞、とこと一緒に来てほしい」

「あれ、いま江連からここが消えたって聞いたんだけど」

「教えるから付いてきて」


 自分が言わなくて済むならそれでいい。

 コントロールしようとしたところで意味はないからここでも黙っているだけだった。


「は!? ちょ、江連馬鹿でしょそれ!」

「でも、嫌では――痛いよ萬場さん」


 両肩を掴まれて前後に激しく揺らされても微妙な気持ちになるだけでメリットはなにもない。


「まさか友達がここまで馬鹿だとは思っていなかったんですけど!」

「舞が放置した結果だよ」


 あ、やばい。


「む、確かに最近の私は京子とばかりいたよね……」

「それでいいんだよ、だって京子先輩と一緒にいたかったんでしょ? 萬場さんは遠慮をせずにちゃんとやれていていいと思うよ」

「うわ……もうそういう風に自分に言い聞かせているようにしか見えないよ……」


 彼女は違う方を見てから「衣子のところにいってくる」と残して歩いていってしまった。


「いまはいてくれるんだね」

「いま思ったけどとこには僕だけがいればいいんだよ」

「また急だね」

「ううん、急じゃない」


 延々平行線になるとわかったからやめたところで衣子を連れて萬場さんが戻ってきた。


「え、なんでしたのかわからない?」

「は、はい、確かに気になってはいましたけどいきなりキスなんて……おかしいですよね?」


 進めてくれているのはいいけどもっとわからない状態になってしまった。

 でも、ここがいない状態ならおかしいことでもここがいることでそんなときもあるかもしれないなんて考えに変わっていく。

 双子みたいに私の片割れみたいな存在だからなんらかの力が働いてしまった可能性もある。


「おかしいですよねではなくておかしいの」

「す、すみませんでした」

「衣子が謝らなくていいよ。謝ってももう戻ってこないけどごめんね」


 安易に見せたりするからこうなったのか。

 悪い結果しか残さないなら私は一人でいた方がいい。

 悪いのはここではない、私が余計なことを言ったりしたりしないでいるだけで解決する話だった。

 誰かに変えてもらうわけではなく自分が変えるだけでいいのは唯一のいいところだった。

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