05
「江連ー――わ、急に生えてきてどうしたの京子」
「私もとこちゃんに用があっただけよ」
結局名前呼びの件はなくなったことになる。
ただそれは私に対してだけであって四人の名前は呼ぶようになっているから不満は一切ない。
「私もね、そろそろ約束を守らなければいけないのよ。それはね、二人で葵君のところにいくという約束なの」
「え、葵兄に興味があるの?」
「とこちゃんと私のときで露骨に態度が違うみたいなのよ、だからそれを確かめたくってね。気になるなら萬場さ、あ、舞ちゃ……えっと、舞も来ていいわよ?」
「気になるからいくかな、葵兄よりもまだ呼び捨てに慣れていない京子が気になるからだけどね」
同性の名前を呼び捨てにするぐらいでここまで手こずっていたら気になる異性ができたときに苦労しそうだった。
それでもいまは葵君のところにいくことが優先されることだ。
「葵兄ーなんで寝ているの?」
「……なんかどんどん増えてんな」
「今日はね、江連が葵兄といたいって言うから来たんだよ」
なるほど、確かにこの反応次第でわかりやすくなる。
「は? 俺は興味ねえ、帰れ」
「だって、江連はどうする?」
「本人が嫌がっているなら仕方がないね」
ということで教室から出て廊下へ。
意外だったのはすぐに「ごめん」と舞が謝ってきたことだった。
「気にしなくていいよ、これで確かめやすくなったと思うからね」
「京子、一人でいってみて」
「わかったわ」
舞に見てもらうように頼んで窓の外に意識を向けているとすぐに「やっぱり江連にだけ厳しいね」と結果を教えてくれた。
私からしたら気持ちがいいぐらいだ、心配されると逆に心配になるぐらい。
「結局、みんな奇麗が好きなのかもね」
「どうだろうね」
「江連――」
「待たせてしまってごめんなさい、普通に話してくれるからつい色々と聞いてしまったわ」
これは敢えてそうしたのだと思う。
暗い顔をしていることぐらい前々から一緒にいた存在にはわかるということだ。
そうやってみんなが支え合っているからいまでも仲良く一緒にいられているのだろう。
「聞いたってなにを?」
「とこちゃんのことをどう思っているかとかね、これに関しては教えられないけれど」
残念、それを聞いても役に立つ情報はなに一つとしてない。
京子先輩も不思議なことをする、ただ全てを見てきているわけではないからもったいない時間の使い方をしてもやっぱり仕方がない。
「やめなよそういうの、私もそこまでは求めていなかったんだけど」
あれ、これはやばいかもしれない。
「なにもないならあそこまで極端に変えたりしないわ」
「そんなのわからないでしょ、気に入っていたら態度を変えることだってあるでしょ?」
「とこちゃんに対するあなたのように?」
「は? はぁ、急になにを言い出すかと思えば、本当にアホみたい」
ああ、いってしまった。
京子先輩も「ごめんなさいね」とだけ残して歩いていってしまったから一人になった。
「なんだあれ、あの二人がぶつかるのは珍しいな」
「喧嘩とかするんだ?」
「そりゃそうだろ、お前は知らないだろうけど井辻と宝理はしょっちゅうしているぞ」
まさか井辻さんの名字を出されるとは思わなかったから驚いていた。
また勝手な決めつけみたいになってしまうけど舞と葵さんの二人が喧嘩とまではいかなくても言い争いぐらいはしていそうだったから意外だ。
「そうなんだ」
「井辻は夏美にべったりだからなあ、幼馴染として譲りたくないこともあるんだろ」
「でも、葵さんがあのままだったら井辻さんはもっといくよね」
誰にも止められることではない。
「だな、だからこれはもうどうしようもないことなんだ、いまに始まったことじゃねえしな」
「友達的な側からしたら見ているだけが正解なのかな」
「さあな、だけどどうせお前は頼まれたら受け入れるだろ」
「確かにそうだ」
「何度も言っているように中途半端にやるな、責められたくねえなら断ることも大事なんじぇねえの?」
それでも好きな人が被っていない限りは自分にできることはする。
わざわざ多くない休み時間に自分達の教室から離れてくるぐらいだ。
私が知らないことも知っている、一方通行ではなく相手も求めてくれているとわかるぐらいの距離感。
途中、視線を感じてその方向に意識を向けると不安そうな顔の舞と目が合った。
こういうときにさっと違うところを見たりせずに見続けてきているのは意外だ。
「どうしたの?」
「……さっきみたいなのは初めてだったんだよ」
「葵君も珍しいって言っていたよ。萬場さんはどうしたい?」
本当なら舞の方が私みたいな存在に「江連はどうしたい?」と聞いてきてくれる方がよかった。
でも、それは今度でいい、いまはちゃんと聞いてできることをしなければならない。
「れ、冷静ではいられなかったし……謝って仲直りがしたい」
「わかった。それなら次の休み時間に私達の方からいこうよ、ちゃんと最後までいるからね」
「……ありがとう」
いや、なんか私のせいで言い争いになったようなものだから申し訳ないところがあったのだ。
そのため、早速自分を守るために行動しているように見えて微妙な気分になった。
「ごめんなさい!」
「わ、私の方こそごめんなさい」
廊下に連れ出したりもせずにその場で謝ったから短い時間で終わった。
周りから見られてしまっていてもいまは気にならないみたいだ、私以上にメンタルが強い二人だった。
「うんまあ……それだけだから」
「ええ」
「あ、今日の放課後って時間ある? あるなら江連も連れてどこかにいこうよ」
切り替えが早いのもそう。
自然と参加することになっているけどいきなり二人は気まずいだろうから仕方がないことだ。
「それはいいわね、とこちゃんがあんまりいかないところがいいわね」
「江連のことだからゲームセンターとか? どうなの?」
「スーパー以外のところにはほとんどいったことがないよ」
「んーそれなら私達だけになるカラオケとかの方がいいか。ね、京子は歌うのが上手なんだよ? 聴いておいた方がいいと思う」
カラオケならカラオケでいい。
「私は合わせるだけだよ」
「え、なんかそれは嫌だな」
「でも、私は嫌ではないからね」
ということで放課後、
「いえーい! 久しぶり……ではないけどカラオケだー!」
ハイテンションな舞と落ち着いている京子先輩と共にカラオケ店までやって来た。
飲み物なんかも時間内なら飲み放題だから既に注いで持ってきてある。
「その前に喉が渇いたからジュースをー」
「舞」
「ぶふ!? ん!? の゛、喉゛が」
あ、やってしまった。
やっぱり内で名前で呼んでいたりするとこうふとしたときに出てしまうようになっているのかも。
馬鹿にしているわけではないから怒られたりはしないもののなかったことになっているからその点では言葉で刺される可能性がある。
「汚いわね……大丈夫なの?」
「さ゛、ざきにじんぱいじて」
「落ち着いて」
「ふぅ、死ぬかと思った……」
喉に詰まったりすると本当に死にかねないから大袈裟ではない。
咽ただけでもそのときは苦しいからそこでも大袈裟ではなかった。
「それで? どうしてとこちゃんは名前で呼んだの?」
「そ、そう言う京子こそなんで江連にはちゃん付けなの?」
「質問に質問で返さない」
「……京子達のことを名前で呼ぶようにしたのは江連がきっかけだったんだよ、それでいきなりは恥ずかしいから練習台になってもらったんだけど……」
誰かが見ていたら練習台になってくれていたのは舞の方だと言うのかな?
「その割にはいつも通りだったわよね?」
「いまみたいに江連は呼んでくれたんだけど私は名前で呼ぶことができなくてね」
ただ立ち上がろうとすると手を握って止めてきたからすぐに帰ることができなかった。
葵さんの件よりもよっぽど困った、困りすぎて家に帰りたくなくなったぐらい。
困っているのに帰りたくない、つまり離れたくないなんて馬鹿だけど実際にそうだったのだから目を逸らしても意味はない。
「とーこ、はい真似をしてみて?」
「と、とと、とっとこ歌いなさいよ! 一時間しかないんだからねっ?」
「真似をしない、あとふざけないでちょうだい」
「うっ……」
別に無理をさせなくてもいいのに。
内側でだけでも名前で呼んでいられていれば満足できる。
「萬場さん、やり方を教えてくれないかな?」
「ふぅ、そうだね、歌わなければ損だからね」
恥ずかしさは微塵もなかったから先に歌わせてもらった。
誰かが歌えば次へ次へと進めていってくれるため後半はジュースを多く飲んでいた。
「満足だわー」
「だから真似をしない。でも、私も遊べてよかったわ、舞とも仲良くしていたいもの」
「うん、私も京子と仲良くしたい」
「あら、両想い?」
とも、ではないところにスルーする人ではなかった。
こういう冗談を言うようになってしまうと喧嘩に繋がる可能性も生まれてくるからメリットばかりではないと言える。
だけど友達ならそこを上手くやってこそだから一切できていないのに悪い面だけ見て判断するのはできている人達からすればただの嫉妬みたいなものにしかならない。
「ううん、両想いではない」
「可愛くないわね」
「ははは、あ、江連のことお願いね、私はちょっと寄っていきたいところがあるから」
「付き合うわよ?」
「京子はよくても江連は家事をしなければならないんだから駄目だよ、それにこれは完全に個人的なあれだからね。それじゃあねー」
少し離れて聞こえなくなる距離になってから「なにあれ、本当に可愛くないわ」とつまらなさそうな顔で京子先輩は言う。
「遠慮しているところも気に入らないわね、舞が積極的にとこちゃんと過ごしても別に私だって一緒にいられるのに」
京子先輩とも舞ともいられている身としては頷くしかない。
中途半端、曖昧な状態にされるのは微妙だから嫌ならはっきり言ってくれた方がよかった。
今日は自分からいってしまったもののまだ一回目だから、やめることは容易だから。
「よし」
季節的にそろそろよくないけど早めにご飯を作り終えて時間が余った。
このまま食べて片付けてお風呂に入って休むのもいいけど早く寝すぎてもあれだから歩いてくることにした。
まだなんとか一人では寂しくて仕方がないという状態にはなっていない。
「学校まで来てしまった」
とはいえ、誰かと歩いていられる時間よりも一人が退屈なのはもうはっきりしていることだった。
でも、学校でちゃんといられているのに放課後まで求めるのは欲張りだから偶然を装って誰かの家にいくこともしない。
そうすれば当然、誰とも遭遇しないまま暗くなっていくだけだ。
「でも、こうも会わないものなんだ」
廊下にいれば自然と葵君が来たりするのに外ではこんなものか。
やめだやめ、ダークに染まっていきそうな感じがしたからある程度のところでやめて今度は家に向かって歩き出した。
全く期待していなかったからこそ家の前に舞がいたときに何故? と考えてしまった形になる。
「家を追い出されてしまったとか……?」
「そこ、聞こえているからね?」
「え、百メートルぐらい離れているのにすごい」
彼女がズンズン距離を詰めてきたことであっという間になくなったけど。
「いまさっき連絡がきてから知ったんだけど京子が熱を出してしまったみたいなんだよね、だからいまから色々買って京子の家にいかない?」
「本人が教えてくれたの?」
「ううん、さっきまで一緒にいたらしい夏美が教えてくれたの、どうやら朝の時点で夏美には言っていたみたいだね。なんかそういうのってさ、むかつかない? まあ、江連がむかついてもむかついていなくてもどっちでもいいからいこうよ」
いかない? からいこうよになってしまった。
時間をつぶしたかったと言うのは微妙なもののなにかで埋めたかったのは確かだから文句も言わずに付いていく。
京子先輩の家にも一度上がらせてもらったことがあるから不安定になったりすることはなかった。
「大丈夫ですか?」
「ええ……まさか二人にバレているとは思わなかったけれどね」
「いや京子の演技はすごいよ、家に帰るまで全く気付くことができなかったんだからね。でもね、私はそういうの嫌い、私のときはあっさりと見破って助けてくれたのになんで自分は隠すの? そんなに夏美と違って頼りない……?」
「そういうわけではないわよ、ただ……迷惑をかけたくなかっただけで」
「別にいいから頼ってよ」
あ、これいてはいけないやつだ。
私も人と過ごすことが当たり前になって離れた方がいいときもあることを知った。
それでもいま離れてしまえばそれが邪魔になってしまうから次だ、できるだけ縮んでおこう。
「というか、はは、いまの言い方だと夏美には迷惑をかけてもいいみたいだね」
「夏美は完全に晴にしか興味がないから気にしなくていいのが大きいのよ」
「え、それだと私が誰かを気にしているから大変みたいに聞こえてしまうけど?」
「けほっ……今日はこれで終わりにしてちょうだい」
「あ、そうだね、ごめん」
いまになってお腹が空いてきてしまった。
こんなことになるぐらいなら食べてから散歩をすればよかったと後悔した。
「江連もなにか喋ってよ、これだと私が京子に対してガチみたいでしょ」
「「ガチとは?」」
「そこに食いつかなくていいから、江連の黙りやすいところだけは駄目なところだからね」
後悔は先にできない、それならせめてとそうならないためにも気を付けているだけだ。
「とこちゃんはもうご飯を作ったの?」
「はい、それで時間が余ったので歩いていたんです、一人だとつまらなかったのですぐに帰ることになりました」
もう学校で時間をつぶしてから帰ろうといま決めた。
完全下校時刻は十九時に設定されてあるからそこまでゆっくりすればいい。
「……とこちゃんが作ってくれたご飯を食べてみたいの」
「お粥でいいなら作りますよ」
「ええ、それでいいからお願い」
両親に許可を貰ってからは我流とはいえずっと作ってきたから味については大丈夫だ。
そのうえで人に作るならということでしっかりスマホで調べてやるから安心してくれていい。
「それなら私が使っていい調理器具を教えてあげる」
「あ」
「ガチではないからね?」
いや、確かにそこをなんとかしなければならなかったから感謝しているぐらいなのに自分から出してきてツッコミたくなった。
更に微妙だったのは病人の京子先輩が一階まで来てしまったこと、ベッドの上では食べたくないとかそういう拘りかもしれないけど休んでいてほしいと家に来て動く理由を作った人間は自分のことを棚に上げて考えた。
「ほら、一階にいてもいいけど布団は掛けなよ」
「ええ」
何故私に頼んできたのか、え、このままで本当にいいのだろうかと考えている間にも手は動いていたから完成まで体感的にはすぐで。
「ごめん萬場さん、私は失敗したよ」
「滅茶苦茶美味しそうだよ?」
大事なところで空気が読めていないのなら失敗なのだ。
それ以上はなにも言わずに舞が帰ることを選択するまではじっとしていた。
二人が盛り上がってくれていたおかげで幸い気まずくはなかった。




