04
「江連さんって気が付いたら中心にいますよね」
「え?」
いまだってわいわいと盛り上がっている葵さん達を見ながら二人で話をしているのによくわからない発言だった。
とはいえ、煽られているわけではないだろうからそこは気にしなくていい。
「中心にいるのは葵さんだよね、みんなが近づくからね」
「そうでしょうか」
事実、葵さんの近くに井辻さん、萬場さん、京子先輩がいるのだから間違ってはいないだろう。
「でも、萬場さんが気にしているのは江連さんですよ。ほら、いまだってこっちをちらちら見てきていますからね」
「宝理さんに来てほしいんだと思う」
「それなら二人でいってみましょうか」
近づいたら「宝理はいつも遠慮をするんだから」とぶつけられていた。
勝ち負けではないけど勝った気になって顔を見てみたら「なるほど、そういうことですか」と一人で呟いているだけだった。
「あーちょっと廊下にいってくるわ」
「私もいくよ」
「おう、いくか井辻」
葵さんに対する魔法が解け始めてしまったみたいだ。
近づいた瞬間にこれだから鈍い人間でもわかる。
「なんか葵おかしくない? 急に黙ったり急に離れたりしてさ」
「五人で集まれるのがよかったのかもしれないね」
自分が加わっておかしくなってしまった云々は言わないでおく。
自意識過剰、自信過剰、笑われてもそこまでダメージは受けないけど無駄に重ねていく必要はない。
避けられるのなら避けられるべきだ、自分を守れるのは自分だけだ。
「あ、そういうのいいから。確かに加わったばかりで不安かもしれないけどさ」
「でも、とこちゃんがきっかけであることは本当のことなのかもしれないわ。だって宝理さんとは今朝も普通に楽しそうに会話をしていたもの」
「古根川も余計なことを言わないで、そうでなくても江連はどこかにいってしまいそうなんだから」
「どちらにしてもしっかり話し合いをしておかないとこれからもこんなことが続いてしまうわ」
「はぁ、仕方がないから葵兄にでも頼むかな」
なにかと気にしてくれている葵君でもこの状態には寧ろテンションを上げる気がする。
「葵兄ー」
「珍しいな……って、お前もいるのかよ」
萬場さんなんて問題にならないぐらいには嫌そうな顔だ。
近づくだけで相手をこんな顔にさせてしまうなんて一種の才能とカウントしてしまってもいい気がする。
迷惑をかけてしまっているだけでしかないから喜べることではないけど。
「江連に酷いことをしたら怒るからね」
「しねえよ。で、こいつが避けられているって話をしに来たんだろ?」
「いやまだ決まっていないよ、ただ一緒の家に住んでいる葵兄ならわかるかなって思ってね」
「それがわからねえんだ、いまはすぐに部屋に引きこもるからな」
悪い方向い影響を与えてしまっているのであれば自分の決めたルールなんて破って離れる。
そう考えると二十四時間も一緒にいられないで終わってきた日々はよかったのかもしれない。
とにかく、どちらにしても自分が悪いことには変わらないことが複雑な気持ちにさせてくれた。
「ならどうして避けられているって言ってきたの?」
「それは見ているからだな」
「うわ……」
「そりゃそうだろ、夏美が迷惑をかけないかちゃんと兄として見ておかなきゃいけねえんだからな」
こちらも見ていることが多いから葵君が見に来ていることは知っていた。
目が合いそうになると戻ってしまうからなるべく意識を向けないようにしていたものの効果があったのかはわからない。
「葵君、どうすればいいかな?」
「どうすればいいかなんて決まっている、お前がしなくちゃいけないのは夏美と話すことだ。それでも解決しねえなら諦めろ、最初から言っているように中途半端にやるからそうなるんだよ」
「わかった、ありがとう」
どこにいったのかまではわからなくても教室にいる、教室から出ていったことがすぐにわかる同じクラスであることが大きいか。
「ふん、あと萬場も協力してやれ」
「そうだね、また葵が逃げそうになったら捕まえるよ」
「逃げてんじゃねえか、つまり避けられているってことじゃねえか」
「うるさい。困ったらまたいくから」
「萬場だけなら全く構わないぞ、だけどそいつは連れてくるな」
徹底していて気持ちがいい。
でも、私も同じようにできている点があるから気分はよかった。
まだまだ一人仕様なところがあるためにできている心の余裕だ。
「江連が葵を強く求めているならあれだけどさ、最低でも私達がいるからあんまり不安にならないでよ」
「私は萬場さん達が問題なく葵さんといられるように動くよ」
「い、いや、江連が困っている状態なのになんかおかしくない?」
「ううん、なにもおかしくないよ。だけど京子先輩のときみたいにまずは一人で頑張ってみる、それでも無理そうだったらお願いね」
「うん、どっちになっても私は待っているよ」
私のそれが壊れたときになってやっと人間関係のことで普通だと言えるようになる。
それとはっきり言われた際に一人のときの方がやりやすくなるため、京子先輩に対する実績があってよかったと強く思った。
「避けられているねー」
「うん、ここの言う通りだよ」
違うか、京子先輩の件だって私がなにかできたわけではないということだ。
なんとかできるなら最近まで一人でいなかったというやつだ、ただただ自惚れてしまっていたのだ。
「でも、もういいんじゃないかな、とこは十分頑張ったよ」
「うん、ここまで露骨なら仕方がないよ」
「夏美が消えたら晴も無理になるけど舞がいてくれればいいよね」
それについては返事をしないで床に座る。
ここは先程奇麗にした場所だから安心だ、仮に汚れていても手で払えばいい。
「終わりだな」
「うん、だけどこれで葵さんにも葵君にも迷惑をかけなくて済むから安心したよ」
「萬場達といるときにお前が理由で夏美が離れたらそれは迷惑をかけていることになるだろ」
「でも、余程のことがない限りは自分から離れたりしないよ、それこそ今回みたいに行動ではっきりされない限りはね」
毎回同じことを言わなければならないのは面倒くさいから知っていてほしい。
「順番にやっていくんじゃねえのか、次はお前のお気に入りの萬場かもしれないぞ」
「だからはっきりされたら離れるよ」
葵さんに井辻さんが付いていくからそもそも減っている、その井辻さんに宝理さんも付いていくから順番なのはその通りかもしれない。
私とここがしてきたように見られているのはなんとも言えない気持ちになる。
自分のことを棚に上げて言うなよとツッコまれてしまうとしてもだ。
「はぁ」
「いかないの?」
「お前のせいで帰るのが面倒くさくなったからな」
私の方はお買い物にいく日ではないから時間をつぶしているだけだった。
「葵君は優しいね」
「気持ちが悪いからそんなことを言うな。それよりせめて萬場とぐらいはいられるようにしろ」
「いまでも来てくれているよ? 今日はもう帰ってしまったけどね」
一緒に帰らないかと誘ってくれたのに断ったのはこちらだ。
誰かといられる状態に慣れたくないとか嫌になったとかではないけど今日はそういう気分ではなかったから断った。
「来てもらう前提でいるのは駄目だ」
「でも、私から近づいたらそれこそ葵さんが離れてしまうから――」
「なんだ、お前でも怖いのか」
何故そうなるのか、先程彼が指摘してきたばかりなのにもう忘れてしまったのだろうか。
一人で過ごし続けてきたからこそ空気が読めるようになっているのだ。
避けられてはいても協調性がないとは一度も言われたことがない、これまで担任の先生になってくれた人達は「これで後は友達と楽しそうにしてくれていればいいのに」とみんな言ってきたぐらい。
でも、知らない方が普通だから彼が悪いわけではないか。
「怖くはないよ」
「嘘だな、まあそりゃ避けられれば誰だって気になるよな」
「葵君は気になるんだね、今朝だって萬場さんがさっさとどこかにいってしまってつまらなさそうな顔をしていたよね」
京子先輩が同じようにしても全く気にした様子はなかったから言ってみた。
決めつけられたくないのに決めつけてしまっているからまだまだ子どもだと思う。
全く成長できていなかったところが残念だった。
「あの中で夏美に対して強く出られるのは萬場だけだからな、古根川先輩も宝理も遠慮するから駄目なんだよ」
「まとめてくれる子だよね」
「あとは引っ張っていってくれるやつだな」
「わかるよ」
大人の対応をされて困った人間がいる。
「だから頑張れや、それだけでこれからのやりやすさが違うだろ」
「うん」
やっぱり厳しいだけではない、葵さんと同じ優しさを持っている子だ。
だからこそ頼ってはこないだろうから返していけないのが複雑だけど。
「それと勘違いされていそうだから言うけど俺はどっちかと言えば萬場よりも井辻と仲良くなりたいぞ」
「え、急だね?」
「萬場はただ喋りやすいだけだ」
わかる。
こうなってくると断ってしまったことがもったいないことのように感じてきた。
ただいまから動いても変わらないから明日から頑張ることにして、そろそろ荷物を持って帰ることに。
「あ、お、遅かったな」
「葵さん」
曖昧な状態にしたくないのかもしれなかった。
一番は言葉にしてもらうことだからありがたい、これで終わりになっても大丈夫だ。
「兄貴もいてくれ、いま二人きりは気まずいから」
「こいつは逃げてなんかいなかったけどな。ま、時間はあるから付き合うか」
それでも学校からは離れて二人の家で話すことになった。
ご両親のどちらもすぐには帰ってこないみたいなのでリビングで、別にいいのに飲み物や食べ物も貰ってしまって申し訳なかった。
「あー私は別にとこのことが嫌になったり嫌いになったわけじゃないんだ、ただ少し……怖くなってしまっただけでな」
「「怖い?」」
あ、表情が変わらないからか。
だからなにを考えているのかわからないのが輪の中にいることで気になってしまうのだ。
「だってすぐに仲良くなるだろ? 萬場も古根川先輩ともあっという間でさ、井辻もあのままだったら時間の問題だったし……私が井辻と離れておけばなんとかなるかもしれないって思ってな。だから最近の私的にとこに抵抗していたんだ」
「なんだそりゃ、馬鹿すぎる。奪われたくないとしても結局はお前が上手くやれるかどうかだろ」
「井辻だけは取られたくないんだよ……」
いちいち誘わなくても付いていっているぐらいなのに不安になってしまうのは好きだからこそか。
行動と言葉を重ねなくてもそう見えてしまうのならなにも言わない方がいい。
「つかお前、そこまで好きだったのか、同性とか関係ないんだな」
「私はな」
「ま、気持ち悪がられない程度に頑張れや、こいつなんか全く関係ねえだろ」
そうだ。
とはいえ一つ難しい点があって毎回みんなで集まることだ。
二人ずつでいることは少ないから空気を読んであげることもできない、井辻さんだけ露骨に避けていたら今度は私が言葉で刺される側になってしまう。
「気にしないのは無理だ、とこは最強だ」
「これまでぼっちだった人間によくそんなことが言えんな、結局いまだってお前が避けるせいで萬場がいなけりゃ一人だぞこいつ」
「う、嘘だろそれは、少なくとも古根川先輩がいるよな?」
「ううん、集まっているとき以外は話す機会がないよ」
宝理さんと話していたのもたまたまでしかない。
「ま、それもこいつが自分からいかないで待っているからだけどな」
「怖いわけではないけどね」
「どうだか。だけどよ、大半はこいつが悪いけど希望を見せたお前だって悪いんだぞ。すぐに勝手に一人で不安になって避けるようになるぐらいなら他の誰かといられる楽しさとかを教えるなよ」
このまま続けていれば彼の言う通りの状態になる可能性はある。
だけどいま言われるのは私があまりにも一人で単純で恥ずかしい存在みたいに聞こえてくるから味方をしてくれても喜べはしなかった。
それに近づいた状態でその人のそういうところも理解しておけというのは無理だろう。
「やってから後悔することだってあるよ、だから葵さんが悪いわけではないと思う」
「馬鹿」
「はは、真っすぐな罵倒だね」
あ、彼の前でも出た。
「とこ、ところで兄貴には見せたのか?」
「ううん」
「ぷふ、つまり信用されていないってことだよなっ」
「は?」
「これで終わりでいい。うじうじするのも終わりだ! 逃げたりしないからどんどんとこも来てくれよな!」
彼のおかげみたいなところがあるからお礼をちゃんと言っておいた。
受け取ってくれたりはしなかったけど言い争いになることもなく終えられたのはいいことだ。
まだ時間はあっても長くここで過ごすのは迷惑だからと外に出たタイミングで「夏美はあんな喋り方をしているくせに弱いね」とここが毒を吐いて苦笑する。
「私になら強く言ってもいいけど他の子にはしては駄目だよ」
「とこには言ったことないでしょ」
「そうだね、みんな優しいからね」
「優しいのはとこだよ」
これは駄目だ、自分のことを持ち上げてもらうために存在しているように感じるからやめさせておいた。
ただどう考えてもやっぱり自分にとっては都合のいい存在だから目を逸らそうとしてもできないというか、ツッコミを入れられる存在が必要な気がする。
「あれ」
「舞の家だね、押すよ」
「え、いい――」
「はい、あ、江連だったんだ」
本人が出てきてくれたのはいいけど固まってしまった。
それでもなんとか口を動かして気が付いたらここにいたことを説明すると「はは、そんなことある?」と笑ってもらえて助かった。
「すぐに家事をしなくていいなら上がっていかない? ジュースぐらいなら出すよ」
「萬場さんがいいなら上がらせてもらおうかな」
「うん、上がって上がって」
先程葵さんとちゃんと話をしてきたことも教えておいた。
座らせてもらってぼうっとしていると真隣に座ってきて「多分そこまで言ったら逃げないだろうからよかったね」と言ってくれたので頷く。
「辻の方からいっているぐらいなのに不安になってしまうなんて葵も可愛いところがあるね」
「どうして名字呼びのままなの?」
「ああ、変えないままでいたらこれが自然になってしまったというか、本当は古根川みたいに求めようとしている自分もいるんだけどね」
そうか。
だったら、
「葵さんのためにも萬場さん自身のためにもやってあげてほしいな、そうすれば井辻さんからも」
そういえば井辻さんは葵さんのことを既に名前で呼んでいるんだった。
もう少し考えてから発言をするべきだった、自然と彼女の家まで来てしまったことからも私らしくない。
「辻は急に変えたんだよね、その割には葵がそのままだから気になっていたんだよ。でも、いいかもね、友達なら協力してあげないとね」
「ありがとう」
「ただいきなりはやっぱり気になるから江連で練習してもいい? 名前で呼んでみたいんだけど」
「いいよ。舞」
やりやすくするために先に彼女を名前で呼んでみたらすぐに違うところを見られてしまった。
そのまま時間が経過してしまい今回はそこまでで終わってしまったのだった。




