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「あ、古根川っ」

「いかないでいてごめんなさい、だけどとこちゃんのおかげでなんとかなりそうだわ」

　一番最初は萬場さんか、葵さんだと考えていたから意外だった。

　ちなみにその葵さんは教室でのんびりしているときに井辻さんとやって来た。

「お、京子久しぶりだな！」

「ええ、久しぶり夏美」

「気になっていたけど嫌だろうからいっていなかったんだ、だけどこれならいった方がよかったか？」

「そうね、あなたが来てくれていたらとこちゃんに迷惑をかけなくて済んだかも」

　全く迷惑ではなかったから気にしなくていい。

　というか受け入れておきながら迷惑だと感じるような人間にはなりたくなかった。

　脅されていて仕方がなく動くしかなくなったとかなら、いやそんなことにはならないから考えるだけ無駄だろう。

「そうか、なら失敗だったな――ん？　とこちゃん？　もうとこのこと名前で呼んでいるのか？」

「ええ、とこちゃんも私のことを名前で呼んでくれているわよ？」

「なんでだとこ！　え、そんなに一気に距離を詰める人間だったのか！？」

　自分のことはいいのだろうか？

「求められたからだよ」

「ああ……いつものスタンスでいるだけか」

「そうだ、よ？」

　引っ張られて意識を向けてみたら嫌そうな顔の萬場さんがいた。

　そのまま歩いていこうとするから葵さんとは距離ができていく。

「萬場？　とこをどこに連れていこうとしているんだ？」

「ちょっとね、江連も付き合って」

　教室から少し離れたところで足を止めてこちらを見てきた。

　違うところを見ていたら怒られそうだったからしっかり見ておく、すると萬場さんの方が違うところを見てから「ありがとね」と言ってくれた。

「でも、どういう魔法を使ったの？　古根川ってあんまり変えないところがあるから無理だと思っていたんだけど」

「自己紹介をして誰に頼まれてなにをしに来たのかを真っすぐに言っただけだよ」

「本当にそれだけだったら私達だけでなんとかできていたと思うけど」

「今回はやっぱり知らないことが大きかったのかもしれないね」

「江連って……なんか不思議な存在だね、これまでで初めてかもしれない」

　不思議な存在なのはやっぱりここだ。

　今日はちゃんとお菓子も持ってきたうえに既にあげてあるから満足して寝てくれている、少し揺らせばすぐに起きてくれることも安心できる。

「あ、そういえば葵がやたらと興奮していたんだよね、江連はわかる？」

「井辻さんといられたからだと思う」

　意外だったのは一方的にくっついているわけではなく井辻さんからも抱き着いたりすることがあったということだ。

　不満気な顔をすることがある宝理さんのことを考えるとあーとなる。

「ここって子に会えたからだって言っていたんだよ」

「この子だね」

「うわ！？　え、なんで浮いているのっ？　というか小さい！」

「はは、ハイテンションなところは葵さんに似ているね――あ」

　学校で笑えたのもここ――彼女がいてくれたからか。

　迷惑そうな顔で見てきている彼女の頭を撫でておいた、そうしたら「頭を撫でるよりもお菓子をちょうだい」と言われてまた笑ってしまった。

「え、あ、え？」

「ああ、大丈夫そうな子にだけここのことを紹介することにしているんだ」

　その結果、合計で二十四時間も一緒にいられずに一人になっていたわけだけど。

　それこそ距離感がバグってしまっているのかもしれない、教えるにしてももっと時間をかけるべきだったのかもしれない。

「いや江連いま……笑っていなかった？」

「私も人間だからね」

「江連のことは同じクラスでそれなりに見ていたけど初めてのことでしょ、葵とのときだって真顔だったのにどうしたの……？」

　まさかここまで食いつくとは思っていなかったから困ってしまった。

　これからもこういう反応をされるぐらいなら上手く笑えない方がいいのかもしれない。

「もう教室に戻るね」

「あ、私も戻るよ」

「うん」

　教室では依然として葵さんが井辻さんにくっついていた。

　表面上だけでは古根川さんが気にしているようには見えない、こちらに挨拶をしてきたぐらいだ。

「早かったなとこ」

「うん」

「今日の放課後は予定を入れないでくれ、みんなで集まろう」

「わかった」

　お昼休みだけでは中途半端になって嫌だということなのかもしれない。

　葵さん以外のみんなが問題ないならこちらは全く構わないから付き合うだけだ。

　ということで放課後。

「あれ、井辻さんだけ？」

「なんかみんなどこかにいっちゃったの」

「そっか、それならここで待っていればいいよね」

　まともに話すのはこれが初めてか。

　ただやたらと不安そうな顔でこちらを見てきていたからここを見せることにした。

　矛盾してしまっているけど私と二人きりでいるよりはマシだと判断してのことだ。

「ここちゃん可愛い、江連さんは毎日一緒にいられて羨ましいな」

　彼女は井辻さんの指を片方の手で握りつつ片方の手ではこちらの頬を引っ張ってきている。

　寝ているところを急に起こされるのはやっぱり嫌みたいだ。

「私的には葵さんとかと当たり前のようにいられる井辻さんとかの方がいいと思うけど」

「当たり前のように、か」

「努力をしていないなんて言っているわけではないから誤解しないでね？　寧ろ井辻さんが魅力的で、努力をしているからこそ葵さんは来てくれていると思うから」

　私に言われても響かないか。

「私、なにもできていないの、夏美ちゃんが優しいだけなの」

「優しいだけではいられないと思う」

　それだったら優しいと周りから言われてきた子達が、いや私が避けられていただけか。

　それに他の子に比べたら知ろうとしてこなかったからわからなかっただけかもしれない。

「辻、なにかあったの？」

「あ、萬場さん。なにもないよ、それよりどこにいっていたの？」

「葵が急に変なことを言い出して離れたから連れ戻してきたところだね、葵をコントロールするには辻と古根川の力がいるからお願い」

「わかった」

　やめたいならやめても構わない、私抜きで楽しみたいならそれでもいい。

　だけど謎の拘りがあって本人から言われるまではやっぱり離れたくなかった。

「葵のアホは外にいるから江連ももういこ」

「わかった」

　昇降口に向かっている最中、この二人も意外と仲がいいのだと知ることができてよかった。

　相談されるかどうかはわからないものの頼まれたときは動きやすくなる、逆に困ったときはどちらかには聞けるかもしれないことが大きい。

「夏美ちゃん」

「おお来たか井辻、いやー集合場所にいかなくて悪かったな」

　井辻さんが名前で呼んでいるのに気に入っているはずの葵さんが呼んでいないのは何故だろう？

「本当だよ、葵から誘ったくせにいい加減すぎ」

「いやー……なんか急に不安になってしまってな」

「「不安？」」

「それは店に移動してからでいいか？　腹が空いたからご飯でも食べにいこう」

　飲食店でなんらかの料理を食べても両親が帰宅するまでにご飯は作れるから大丈夫だ。

　好き嫌いもないから合わせておくだけで問題もないのがよかった。

　黙ったままでいたらまた萬場さんに腕を掴まれて意識を向ける。

「急だったけど大丈夫なの？」

「うん、気にしてくれてありがとう。だけど大丈夫だよ、みんなとご飯を食べてからでも家事はできるよ」

「そりゃ気にするでしょ、友達が誘った結果で江連に迷惑をかけることになったら嫌だからね――って、江連が家事をしているの？」

「うん、両親にやらせてしまったら疲れてしまうだろうから。とにかく、ありがとう」

　最初から気にしていないうえに謝ってくれたから終わった件だけどどうしてここまで急に変わってしまったのかがわからない。

　見ていたなんて言っていたことから嫌いだったわけではないのだろうか？　葵さんが特に警戒もせずに近づいてしまうからちくりと言葉で刺されてしまわないようにこちらにも気を付けているだけとか？

「午前中みたいにわ、笑わないの？」

「ごめん」

「い、いやっ、謝らなくていいからっ。さっきとの違いは……あ、ここが絡んでいないから……？」

「それもごめんね、ここはいまお昼寝中なんだ」

「ふぅ、謝らなくていいから。そっか、大丈夫ならよかったよ」

　単純なものでこの中なら萬場さんが一番話しやすかった。

　だから変わった理由が気になりつつも気にかけてくれることが嬉しかった。