01
中学三年生の秋、親の事情で引っ越すことになった。
ごちゃごちゃ考えても変わるわけではないから普通にやっていたら普通レベルの高校には入学できたからその点はよかった。
勉強及び運動能力も普通だから困ったこともなかった。
「やっ、マジで今回はやばいんだってっ、今日は早く帰らないと駄目なんだよ!」
「そう言って先週もサボっていたでしょ」
帰ろうとしていたときに急に後ろから聞こえてきたそんな言葉に足を止める。
「ねえ」
「うわ、あ、私は無理だから自分で頑張りなよ」
「あ、おいっ、くそぉ……」
でも、人間関係については普通にできていない気がする。
ショックを受けたりしないけどなんとも言えない気持ちで去っていく子の背中を見つめる羽目になる。
「な、なあ、あんたでもいいから代わりに掃除をやってくれないか?」
「いいよ」
「マジか! 絶対に礼をするから頼んだ!」
余程急いでいたのかすぐに教室から出ていった。
教室の掃除をしなければならないみたいだったので掃除用具入れから道具を持ってきてやり始める。
「おい」
「なに――痛い」
まさか押されるとは思わなかったから驚いた。
上手くいっていなくても敵みたいな子はいなかったから意外だ。
「あいつに甘くするんじゃねえよ」
「あなたはどこの誰?」
クラスメイトの子ぐらいは覚えるようにしているからすぐに違うクラスから来ているのはわかった。
「あいつの兄だ」
「あんまり似ていないけど」
「あいつと同じ女ってわけじゃねえんだから当たり前だろ」
同じ学年というのもすぐにわかった。
となれば双子ということになるからたとえ性別が違っていても――一卵性と二卵性というのがあってなにも似ている双子ばかりではないかと内で片付ける。
「よく聞け、次に似たようなことがあっても受け入れたりするなよお前」
「それが自分でも問題なくできることで誰かが困っていたら代わりにやるよ」
「とにかく、次は押すだけで終わらないからな」
双子でその片割れに厳しくする子には初めて出会った。
それでもいまは掃除だ、受け入れたからにはいい加減にしてはならない。
途中から段々楽しくなってきてしまって二時間ぐらいやってしまったけど悪いことではないはずだ。
「お前、ずっと昔からそうなのか?」
「まだいたんだ」
とはいえ一緒に帰るような仲でもないから挨拶をして別れた、はずだった。
「誰かのために動く割にはお前っていつも一人でいるよな」
「昔からそうだから」
「え、なに、お前ぼっちなのか?」
頷くと「上手く一緒にいられない人間って絶対にいるよなー」と言って腕を組んだ彼。
「俺はな、別にあいつのことが嫌いなわけじゃねえんだ、妹だし家族だからな」
「うん」
「だけど嘘をつくのはよくないだろ? それなのにあいつときたら嘘ばかりでよ」
「嘘をつくのはよくないね、大事なところで助けてもらえなくなる」
「だからそういうことを繰り返したらどうなるのかを知ってほしかったんだよ、なのにお前が助けるからさ」
これが本当のことなら私のしたことは逆効果だったかもしれない。
「ごめん」
「お前もお前で心配になるタイプだな」
それは……よくわからない。
途中で別れてすぐに一人になったことも影響した。
「ただいま」
早めに帰っても遅めに帰っても両親がいるかどうかはランダムだ。
課題なんかが毎日あるわけでもないから家事をするだけでは時間が余る、だから受け入れた。
人間関係のことで上手くいっていないから好感度稼ぎのためにしていると思われても構わない。
私はただ暇な時間を一秒でもなくしたいだけなのだ。
「ただいま」
「おかえり」
先に父が帰宅、母はまた同僚さんとお酒でも飲んでいるのかもしれない。
「ご飯できているよ、それとも先にお風呂に入る?」
「先に食べさせてもらうよ」
「わかった、じゃあ温めるね――なんで頭を撫でるの?」
あとどうしてそんなに優しい顔をするのか。
転校する前も似たような感じだったけど転校することになってからはいつもそうだった。
「いつもありがとう」
「時間があるからやっているだけだよ」
時間がなかったらどうなっていたのかはわからない。
友達と遅くまで外で遊んで暗いときに家に帰ることがなかったから。
「友達はできたかい?」
「友達はいないよ」
「そうか……」
「でも、これは前のときもそうだったからお父さんのせいではないよ」
自分が原因なのに誰かのせいにしたりはしない。
わかってもらえていないのだとしたら寂しかった、家族ぐらいにはわかっていてもらいたい。
「私としては……いや、今日も美味しいよ」
「それならよかった」
圧にしかならないから部屋に戻ることにした。
忙しくて遅くなっているのなら休んでもらいたい、お酒を飲んでいることで遅くなっていても休みたいだろうから母に甘えるようなことはしなかった。
父にだって同じように意識をして頑張っているけどいまいちできていない状態なのが残念だった。
「ようっ、約束通り礼をしに来たぜ!」
「昨日あなたのお兄ちゃんに会ったよ」
「え、いやそれは嘘だろ、あいつは私とはいたがらないからな」
「なら連れてくるよ」
同じ階を歩いておけばなんとかなるということで歩いていたらすぐ隣のクラスで見つけることができた。
友達と話しているところだったけど仕方がない、嘘をついているとは思われたくないから諦めてもらうしかない。
「なんだよ……離せよお前!」
「この人だよね」
「あ、ああ……確かに私の兄貴だ」
先程も私と言っていたように男の子っぽい話し方をしていても女の子だ。
一つ気になるのは長い髪なのはいいけど凄くぼさぼさだということ、いい匂いではあるから入浴はしていても全く気にかけていないのかもしれない。
「あ、自己紹介がまだだったよな、私は――」
「葵夏美さんだよね」
四人ぐらいの友達といつも一緒にいる。
昨日はたまたまタイミングが合わなかっただけでもっと本気で頼み込めば聞いてもらえていたと思う。
彼女が抜けたときだけ悪口を言っているなんてこともない、それどころか毎日楽しそうだ。
私はその友達からは避けられているというか、反応してくれてもあんな感じだけど。
「お、知っていたのか」
「同じクラスの子の名字や名前ぐらいは」
「だけどこいつは知らないだろ?」
「うん」
別のクラスの子とは関わらないから覚える必要はないと思う。
「こいつは龍一だ」
「馬鹿、俺のことは言わなくていいんだよ、俺はこいつが嫌いだ」
「はあ? 全く関わりがなかった私の代わりに掃除をやってくれるような存在だぞ、なにをどうすれば嫌いになれるんだよ?」
「お前に甘いからだ」
一貫している。
ただいま見て思ったのは決して彼女を嫌っているからではなくて気にしているからのような感じがする。
あんまり近づいてほしくないのかもしれない、似ていなくても双子ということで周りが考えている以上に大切にしているのかもしれない。
「い、いや、何回も甘えたわけじゃないだろ?」
「ならずっと表情が変わらないのが嫌いだ、不気味で仕方がねえ」
「あ、おい……悪いな、なんでか知らないけどあんたのこと――そういえば名前はなんだっけ?」
「江連とこ」
全く関係ないのに道連れにされるなんて噂が出たことがある。
言い訳をしたらしたで自由に言われるものだけどなにも言わなければそれはそれでというやつだ。
表情が変わりにくいのは苛められていたから隠すようになったとかではない。
これは昔から苦手なだけだ、酔っていた母にも言葉で刺されたことがあるぐらい。
「はは、可愛い名前だな。だったらこれからとっとことこのところにいくかな」
「どうして?」
「とこが優しいからだ、私は気に入ったんだ。あ、嫌なら嫌って言ってくれよ、言われない限りいくからさ」
現時点では嫌ではない。
「わからない」
「え」
「これまで三日以上一緒にいてくれた子がいないんだよ」
継続的にいられたのは係の仕事や委員会の仕事などの強制力があったからでしかない。
当然友達ではないからそもそもカウントもされない、三日と言ったそれも盛ってしまったようなものだ。
「おいおいおい……いい加減な私にだってずっといてくれているぐらいだぞ?」
「井辻さん、古根川さん、萬場さん、宝理さんと楽しそうだよね」
「おいおいおい……なんか恥ずかしいな、色々と見られていそうだ」
私からしたら声が大きいのと目を開けているだけで勝手に見えてきてしまうだけだ。
嫌ではないから誤解はしないでほしい、ただ私だっていつも目を閉じておくことができないから見えてしまうことも許してほしい。
「そういえば私ね、幽霊さんが見えるんだ」
「ゆ゛、幽霊?」
「うん、小学三年生の頃からね。ほら、ここにいるんだけど見えない?」
「見えない見えないっ、大体幽霊なんかいるわけがないだろ!」
それなら小さい頃から見えているこの子はあくまで自称幽霊ということなのだろうか?
いまだってふわりふわりと浮かびながら寝ている、優しく突けば起きてくれるのはいいけどやる気はあまりないみたいだった。
『ふぁぁ……いまいいところだったのに起こさないでよ』
「ごめんね、だけど葵さんに姿を見せてあげることはできる?」
「お、おい、とこ……?」
あ、今回は二日目でもいつもは初日に見せようとするから駄目なのかもしれない。
『別にいいけど後でお菓子ちょうだい。はい』
「うわ!? な、なんだこいつ!?」
「うるさいなあ……だから見えるのは変なとこだけでいいのに」
名前を付けてほしいと言われたからここという名前にしている。
ここは別になにか目的があって現れたわけでもないようだ、これまで一回も事件に巻き込まれたとかでもないから危ない子ではない。
「なんて可愛いんだ!」
『ん? とこ、この人壊れちゃった』
「ああ、葵さんは可愛い物好きなんだよ、だから物じゃないけど一番可愛い井辻さんとは特に一緒にいるからね」
ショートカットで恥ずかしがり屋さん、だけど真面目で優しい女の子で入学してからそう時間も経過していないのにもう何度も人を助けているところを見たことがある。
問題なのは井辻さんの幼馴染の宝理さんが嫉妬してしまうことだろうか? いつも井辻さんが他の子といると不満気な顔をしている。
「ちょっ、なんでそんなことまで知っているんだ!?」
「え、見ていればわかるよ。ここもそうだよね?」
『基本的に寝ているから僕は知らないよ……ねえ、もういい?」
「うん、ありがとう」
珍しく私が朝のSHRまでの時間を他の子と話すことで埋められた。
ただ次は難しいだろうからしっかり切り替えて頑張ることにした。
『あーむ、うん、相変わらずここのメーカーのお菓子は美味しい』
「ここに渡すとお菓子も見えなくなるのは変わらないね」
『見えるようにできるよ、はい』
「葵君が固まっているからいいよ」
『わかった、それじゃあ僕はお菓子を食べて休んでいるからね』
意識を向けていないところの情報まで把握できているのは彼女のおかげだ。
「なあいまお前の持っていた菓子が単独で浮かんでいたような気がするんだけど。いや、それは見間違いだからいいとしてもお前一人で喋ってやべえ奴だな」
「一人で喋るのが好きなんだ」
「うわ怖えな、やっぱり夏美には近づかないように言っておくか」
いつの間にか逆になっているのが面白かった。
時間が余るけどいまのでここ用のお菓子が終わってしまったらスーパーにいくことにする、食材を買うためでもあるからもったいない感は全くない。
『今日はカレーがいいかも』
カレーか、それなら忘れずに福神漬けも買っていこう。
なんとなくお蕎麦も食べたい気分になったからそちらも忘れずに買って、最初に決めていた通りお菓子も忘れないようにした。
ここは不機嫌になると三日ぐらいは出てきてくれなくなってしまうから避けたいのだ。
思えば人間関係のこと以外は普通の私が上手くやれてきたのはここのおかげだ。
「できたよ」
『わーい……って、これはどう見ても辛口のカレーだよね? 僕、甘口しか食べられないよ』
「あ、そういえばそうだった」
悪い……わけでもないだろうけど癖が出てしまったみたいだ。
『はあ~とこってお父さんのことが好きすぎて自然と合わせちゃうよね』
「はは、お母さんは中辛派であんまり合わないよね私達」
私的には合わすだけだからそこで悩まなくて済むのはいい。
だけどこれについては文句を言われてしまうこともあるため悩んでしまうときはある。
両親どっちとも遠慮をするなと何度も言ってくるのだ、別に気にならないから合わせているだけなのにも拘わらずだ。
『とこはさ、学校でもそうやって笑えばいいのに。僕、とこの笑顔が好きだよ』
「抑えているわけではないんだけど学校では自然と笑えなくなってしまうんだ」
『頑張って出せるようになればあの男の子だってすぐに態度を変えてくれるよ』
「葵君か、だけどあの子は葵さんが大切みたいだからね」
わかっているのに邪魔をすることなんてできない。
私にはここがいればいい、そしてここにしたって嫌ならどこかにいってくれればよかった。
きっと私の側で過ごし続けるのは大変だろうから、自分中心の考えではいられない。
「いまからまたいって買ってくるよ、ここがお腹空いたままだと嫌だから」
『お菓子を食べて寝るからいいよ』
「そういうわけには――あ」
『とこは卒業までにそういうところを直してね』
直してと言われても昔からこうだから変わらない気がする。
それでも両親ではなくここを優先して生きることはできる気がする。
でも、お世話になっているのにそれでいいのかと考えてしまう自分もいて……。
「駄目だ」
元々考えすぎることができないようになっているのもあった。
だから引っ越しが決まったときだってそうしないようにした、もし本当の自分が現れて爆発してしまったら困るから。
他の人が怒っているところを見るのは嫌だけど自分が怒っているところを直視することになるのはもっと嫌だ。
『もうお腹いっぱいだから寝るね、おやすみ』
「うん、おやすみ」
こちらも疲れることをしていないで早く食べてお風呂に入って部屋に戻ろう。
「気持ちがいい」
お風呂の時間は寝られているときよりも好きかもしれなかった。
あと日頃から奇麗にしているタイルを見られるのもいい、カビはいまのところないみたい。
白色の天井をぼうっと見て、冬でもないから十分ぐらいが経過したら出てしっかり拭いていく。
唐突だけど実は他にも私にはいい点がある、それは小学生の頃からずっと風邪を引いていないということだ。
故に一人でも休んでいる間に授業内容が進んで困ってしまった、なんてことにはならない。
体調はいつもいいからこの前みたいになにか急に予定が変わっても困らない。
だったらやっぱりこのままでいいと思う。
「くしゅ……早く戻ろう」
しっかり拭いてもいつまでも裸でいたらなにも意味がない。
あとごちゃごちゃ考えるのが苦手な私らしくなかった。
誰かと関わったことで起きた変化ということなら……。
「あ、真ん中に寝転んだら駄目だよ」
家で寝るときだけは実体化するのも不思議な存在だった。
寝返りを打った際に潰してしまわないようになるべく安全なところに移動させておいた。




