パパと遺伝子A工学
私の名前は愛。
大好きなパパと2人で暮らしている。
いわゆるシングルファザーの家庭で育つ。
物心ついた頃から母はいなかった。
パパは時々、保育園からの帰りに
「迎え遅くてごめんな。ママがいなくて寂しくないか?」
と私に聞いてきたが、私は
「何が?」
と返す。
居ないものを羨ましがる感覚が分からなかった。
大好きなパパが家でいつも近くにいてくれる。
その満足な状況に不足を感じていなかった。
パパはそう返答する私に微笑みかけて、
いつも優しく頭を撫でてくれた。
家は貧しかったけどパパは私のために、
遅くまで一生懸命働いてくれていた。
一緒に居られる夜の時間はあまり長くなかったけど、
一部屋のアパートでパパと一緒に肩を並べてお笑い番組を見て笑って、
同じお布団でその日あった保育園での出来事をパパに延々と話していた。
パパは仕事で疲れていただろうに、
嫌な顔一つせず私が眠るまで付き合ってくれた。
家ではずっとパパと手をつないでいた。
パパは「ちょっと手が熱いから少し離しちゃダメ?」
なんて聞いてきたけど
「ダーメ」
私も手が熱くてちょっと離したかったんだけど、
パパのタイミングでは離してあげなかった。
保育園の送り迎え。
周りの車は大きくてゆったり乗れる車だった。
ウチの車はところどころ傷があって、
サビたちょっとうるさい軽トラック。
パパは私に
「古い車でごめんな…。」
って言ってきたけど
「何で?運転してるパパの横に座れていつも面白いよ。」
私は心底そう思っていた。
よその家で子供が後部座席に座る事が私には信じられない。
パパが操作するシフトの上に手を置いて邪魔したり、
パパの太腿をぺしぺし叩いたり、
パパの脇腹をつんつんしたり、
パパは困った様に笑ってくれていた。
私ってば世界で一番幸せなんじゃない?
勿論パパの事は宇宙で一番大好き!
私が小学校に上がる頃。
「仕事を変えたからもっと一緒にいられるよ。」
パパは言った。
仕事が日中ではなく、
夜~昼にかけての仕事に変わったらしく、
学校から帰って来る時間にはアパートに帰っているのだと言う。
…でも小学校は保育園と違って帰りの時間が少し遅いし、
帰るとパパはまだ寝ている事もあった。
仕事が始まるまでの夕方から夜の時間に、
パパの仕事の電話がまぁまぁの頻度でかかってくるし、
夜私が寝る時間の前に父は仕事に行ってしまう。
一人で寝なければいけない事が変化の中で最も辛かった。
パパが仕事にとられてしまったようで、
とても悲しい気持ちになっていた。
とはいえ私のために働いてくれているパパ。
私はパパの前では理解を示して、気丈に
「お仕事頑張ってね。」
と言った。パパも
「うん。お仕事たくさん頑張るね。」
私はその夜にパパが仕事に行った後に
大泣きしてしまった事を憶えている。
しばらくすると、
パパは仕事が上手くいったのだろう。
私とパパの環境は大きく変わった。
印象的なものを挙げていく。
・大きな一軒家を購入
私個人の大きな部屋が2部屋も与えられたけど、
私は本当はパパと一緒の部屋にいたかった。
でも私のために用意してくれた部屋を全く利用しない事は、
パパをとても悲しませると分かっていたので、
パパと一緒の時間を一部削る必要が出てきた。
パパに会うため家の中を結構歩かなきゃいけないなんて
罰ゲームだよね。
・大きな黒い車
後部座席にTVとDVDプレイヤー。
ゆったりとした座席。
だけど私はパパの横の助手席に座る事だけは譲れなかった。
結局私は後部座席に座る事は一度も無かった。
パパもそちらを喜んでくれていたし、
ホント娘の気持ちが分かってないんだから…。
私はTVとかDVDが見たかった訳じゃないのよ?
パパと一緒の時間を共有したかっただけ。
・高額スーツ
着ていた服はこれまでのように
薄いよれよれの作業服じゃなくて、
しっかりとした生地のスーツを着るようになった。
パパをハグしたり脚を触っていても
スーツや香水に遮られてパパ成分が足りない気がする。
パパが私以外のものに興味を持ってしまったように感じられていた。
一緒にいてもどこか仕事の事を考えていて上の空。
私はパパにしか興味なんてないのになぁ。
私が大学2年生の時。
パパは亡くなった。
対立していた組織から殺された。
パパは長年の間で多くの犯罪に関わっていた。
オレオレ詐欺
押し込み強盗
ゴシップの口止め
みかじめ料
色々な人に迷惑をかけて嫌われてきたんだけど、
それもきっと私の生活を良くしようと考えての事。
そのためにパパの性に合わない事でも
泥水を啜る覚悟でやってくれていたんだと
私は分かっている。でも…
やっぱり娘の気持ちが分かってないんだから。
そんなとこもパパらしいよね。
「ねぇ。パパ。」
「何だい?」
「私、名前を変えたいと思ってるの。」
「そうなの?」
「愛って名前。ママが付けたんでしょ?
パパは結局一度も私の名前を呼んでくれなかったじゃん。」
「あ~…そういえば、呼んだ事は無かったかな。」
「パパはいつも私の事“ラブちゃん”って呼んでたよね。」
「ちっちゃい頃から呼んでたからそれで染みついちゃってな。」
「私、名前をパパから呼ばれてたラブに変えたい!」
「手続きしてまで変えるような事か?」
「うん。変えるようなことだよ。これからずっとパパといるんだもん。」
「ラブちゃんのしたいようにすれば良いと思うよ。
手伝って欲しいことがあったら手伝うし。」
「ありがとう!愛してるパパ。」
「俺もだよ。ずっと一緒にいるよ。ラブちゃん。」
「ラブからまたパパと色々な事を始めたい!」
パパが亡くなって十年。
パパは水槽の中に浮かんでいる。
大学で研究していた遺伝子工学と、
様々な企業を渡り歩いて学んだAIの技術。
これらを組み合わせてパパを生み出した。
私が保育園の時、小学校の時、中学校の時、高校の時、、
どの時代のパパも大好きなパパだけど、
保育園の頃の最も幸せだった頃のパパに寄せている。
パパの骨壺から骨をもってきて培養してパパの遺伝子を解析。
部下達からは気味悪がられたけど、
「え?だって私のパパのだよ。」
そりゃ違う人のだったら私は怖がりだし、
触るのはおろか見るのも、
そんな行動を聞くだけでも嫌だけど…
物心ついた頃からのパパの立ち振る舞い、
発言、仕草、呼吸、いびき、食事の様子、匂い、私とのやり取り、
雑多な思い出せることを全てAIに叩きこむ。
文字数にして5000万文字。
ちょっとパパの良いところを盛りすぎたかもしれないけど…
遺伝子解析とパパの膨大な情報を混ぜ、
スーパーコンピューターでパパAIを生成した。
そのパパAIにパパの思考と行動傾向を辿るよう聞いてみたところ、
私の寝ていた夜にどのような事をしていたかを探れた。
夜にパパは犯罪行為でお金を稼いでいたと告白した。
ラブちゃんに少しでも良い暮らしを、、
その一心で。
「私はパパがいてくれれば良いってずっとずっと言ってるじゃない!」
パパAIは泣いていた。
水中であったが私には確かに涙が光って見えた。
妻に捨てられて、愛と2人生きていく事に
自信が無かったのだそうだ。
結局は私が愛をパパに伝えきれていない事が原因であったのだと、
後に知る事ができた。
だから私はパパAIに愛をこれからも伝え続ける。
私は視野が狭かった。
パパが変わってしまった、
もうあんなパパはパパじゃないと思ってしまっていた。
ごめん…。
でも、、、そうじゃなかったんだね。
そんな私の中の迂闊な部分も、
私がパパの娘である証左であり、
愛すべき部分なのだ。