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不吉と言われる黒髪の公子と婚約しましたが、今は平穏で幸せです。

作者: 吉野みか

黒は不吉の象徴。


私の生まれたオルド王国では、まことしやかにそんな話が囁かれている。

一説によると、かつてこの地を恐怖で支配していた魔族たちの髪や瞳の色が黒だったためと言われているが、真偽の程は定かではない。

だって魔族がいた時代なんて、はるか昔の話だもの。


けれど伝承とか、そういう類の話は結構根強くこの地に残っていて、特に王侯貴族なんかの地位の高い人達の間では重要視されている。

そのため黒髪の子供が生まれると、貴族の家では平民の家へ養子に出したり、その存在を秘匿したりすることが殆ど。


私の婚約者であるルーカス・ノースシュタインも、黒髪だった。


なぜ彼が平民にならなかったのかと言うと、彼が王家の血を引く公爵家の次男だったからに他ならない。

私たちの世代は直系の王族が少なく、王女が1人いるだけだった。

王女殿下になにかあった時のスペアとして、王位継承権を持つ彼がそのまま貴族籍に残ることを、周りが渋々認めた形である。


それでも、私のような貧乏子爵家の娘と婚約させられているあたり、公爵家が彼を疎ましく思っているのは透けて見えていたけれど。


私の父も父で、多額の融資をチラつかされて、二つ返事で私とルーカスの婚約を認めた。

言い方を選ばなければ、私は売り払われたのだ。


呪われた公爵子息と、売り払われた子爵令嬢。

そんなふたりの初対面は、予想通りに最悪だった。


ルーカスは、当時12歳にして既に人間不信を拗らせていた。

挨拶は返してくれないし、愛想笑いなんて当然してくれない。というか、まず目が合わない。ずっと靴とにらめっこ。楽しいの、それ?


大人たちは、照れてるんだよ、なんて調子のいいことを言うが、これが照れている少年の顔だと言うならその感性を疑うね。だって見るからに不機嫌だもの。


あとはお若いおふたりで、とばかりに2人きりで談話室に通され、3段のケーキスタンドを挟んで向かい合って座る。

色とりどりのお菓子も、湯気を立てる紅茶も、私たち2人の冷めきった空気を前に凍りつきそうだった。


そんな地獄みたいな空気を破ったのは、意外なことにルーカスの方だ。


「レーナ嬢も可哀想だね。俺なんかと結婚しなきゃならないなんてさ」


挨拶も抜きで、一言目からなんて卑屈な。

そう思ったけどグッとこらえて、「そうですか?」と尋ねる。


「そうだよ。いくら政略結婚とは言え、相手が呪われた俺じゃ、お前だって後ろ指さされることになるんだ」


そう言うと、ルーカスは俯いて口を噤んでしまった。


「ふぅん」


彼は呪いだと言うが、では実際黒髪の子供に呪いがかかってるのかと言うと、別にそうでも無いんじゃないかというのが私の個人的な見解だ。

平民には黒髪の人間もまばらにいるし、その人たちが破滅を迎えたとか、疫病をもたらしたとか、そんな話は聞かない。

我がイージス子爵家が細々と支援している孤児院にも黒髪の子供はいたが、平民の間では黒髪の伝承はそこまで浸透していないのか、いじめられている様子もなかった。


黒髪が呪われてるなんて、やっぱり貴族の思い込みだと、そう思うんだけど。


「ま、可哀想と言うなら、実家に売られたことの方がショックですね。別にルーカス様が黒髪だからといって、私はなんとも思いませんよ」

「は……?」

「だって、呪いなんてお偉いさんたちが言ってるだけでしょう?平民には黒髪の人だって普通にいるし……まぁ珍しいは珍しいですけど」


そう言って笑えば、ルーカスはあんぐりと口を開けていた。

自分以外にも黒髪の人がいるって言うのが、そんなに衝撃的だっただろうか。確かに高位貴族の彼なら、私みたいに市井に買い出しに行ったりする必要も無いだろうし、平民の髪色なんかに詳しいわけもないだろうが。


「それに、ルーカス様の黒髪はとっても綺麗ですよ。紫の瞳も相まって、神秘的で素敵です」

「なっ……!」


少し癖のある猫っ毛に、紫水晶の瞳。

顔立ちが端正なのもあって、彼はまるで御伽噺の魔法使いみたいだ。


「……ほんっとに物好き。信じらんない」


吐き出すようにそう呟いた彼の頬は、心做しか赤くなっているように見えた。




*******




時は流れて、私たちは王立魔法学園に入学した。


入学式の前に行った魔力測定で、私は水魔法、ルーカスには闇魔法の素質があることが発覚すると、ルーカスは「闇魔法?やっぱり俺は呪われてるんだ……」と自虐モードに入り、宥め賺すのに丸1日かかった。

闇魔法は一般的な五大属性のひとつだし、何も卑下するものじゃないのだと散々説き伏せ、甘党だと発覚した彼のためにクッキーを焼き上げ、我が家のタウンハウスにあるこぢんまりとしたサロンでちょっとしたティーパーティーをしたのだ。


紅茶にははちみつをたっぷり入れ、隣に座って背中を撫でてやれば、何とか「入学式には出ない」宣言を撤回させることが出来た。

入学早々行事をバックレるなんて、とてもじゃないが公爵子息の行いでは無い。


そうして何とか入学式をやり過ごし、日々の授業を熟し、時々「行きたくない」と駄々をこねるルーカスの寮室を訪れてベッドから引き剥がす。

これって婚約者のすることかしらと時折首を傾げたくなるが、公爵家は使用人のひとりもルーカスにつけてくれなかったらしいので、世話を焼くのは必然的に私の仕事になる。


そんなことをしていたら、いつの間にかノースシュタイン公子とイージス嬢は大変仲睦まじい婚約者同士だ、なんて噂されるようになった。


ルーカスが人見知りするのもあって、四六時中一緒に行動しているのは認めるが、世間が想像するような仲睦まじい婚約者同士のあれやそれは、未だかつて私たちの間に起こったことがない。友人たちの「恋バナ聞かせて」コールにも、残念ながらお応えすることは出来なかった。

どちらかと言うと介護というか、うん、そんな感じだ。


でも、そんなちょっぴりめんどくさい彼の世話を放り出せないくらいには、私の中でルーカスの存在が大きくなっているのも確かだった。







事件が起こったのは、進級して2年生になったある日のことだった。

仲の良かった友達と選択授業が離れ、ひとりで移動教室に向かっていたら、向かいからやって来た新入生らしい少女が突然声を上げたのだ。


「ルーカス様を解放してあげてください!婚約者をいじめるなんて……あんまりです!」


ふわふわのミルクティー色の髪に、ピンク色のきゅるるんとした瞳。

いかにも守ってあげたくなるような、小動物系の少女は胸の前で祈るように両手を組んで、高い声でそう叫んだのだ。


「いじめる?……私が、ルーカス様を?」

「そ、そうです!毎朝早くから部屋に行って登校時に荷物を持たせたり、お昼時には教室まで行って呼び出して休み時間の間中ずっと2人でどこかに姿を消したり……きっと裏で酷いことをしてるに決まってます!その証拠に、ルーカス様はお友達と遊んだり、他の女の子と話したりできていないじゃないですか!」


してやったり、とでも言うように、ふふんと鼻を鳴らす少女を前に、私は眉を顰める。


確かに、私はここ最近毎日ルーカスを起こしに部屋まで出向き、登校も一緒にしていた。

でもそれは、私が好き好んで押しかけている訳ではなく、呼びに行かないとルーカスが授業に出てこないからだ。時間が早いのは朝2人で一緒に宿題を終わらせる方が効率的だと思ったからだし、荷物に関しては毎日「俺が持つ」と彼が勝手に私の手から奪い取る。

少しばかり申し訳なさは感じるものの、毎朝早くから高位貴族たちの住まう寮まで歩いていっている訳だし、その辺は甘えてもいいかな、なんて思ったりして。


お昼の話だってそうだ。

ルーカスは本当に人付き合いが苦手なので、放っておくとお昼ご飯すら食べずに自分の机に突っ伏して寝ている。彼の身分が高すぎるせいで誰も迂闊に声を掛けられず、私が呼びに行かなきゃ今頃栄養失調で倒れているだろう。

2人で人気の少ない中庭のガゼボで、私の作ったお弁当を食べるのも、彼の偏った食生活を心配し、栄養バランスを考えてのことである。


そんな彼にお友達と遊んだり、ましてや女の子と楽しくお喋りなんてできる訳もなく、彼女の言っていることは的外れもいいところ。

……のはずなんだけど。


心のどこかで、本当は私が居なくても、ルーカスはなんだかんだで上手くやって行けるんじゃないかとは思っていたのだ。

彼はなまじ顔がいいし、黒髪の噂が広まっていない平民の女の子の間ではキャーキャー言われていることは知っている。

人付き合いを苦手としてはいても、高位貴族らしく人を動かす力は備わっていて、グループ実習などでは班長になって、と言うより押し付けられて……?それでも皆をまとめていることも知っている。

朝一緒に勉強している時も、私の躓いたところを丁寧に教えてくれたり、テストのヤマを教えてくれたり、頭がいいんだって分かる。


そんな彼なら、私の助けがなくても……いや、私の手なんて借りない方が、余程自由に生活できていいんじゃないかとすら思ってしまう。

普段の世話だって、私がお節介で焼いているだけで、彼にとっては迷惑な事だったかもしれない。

一緒にいる時間が長すぎて感覚が麻痺していたけど、彼だって1人で過ごしたい時くらいあったはずだ。


ルーカスにとって私は、幼い頃親に決められただけの婚約者。

彼だって叶うなら、普通の学生のように恋をして、愛のある結婚がしたいんじゃないか。

そのために私は、そばにいない方がいいんじゃないか。

そして、彼の隣には私のような地味な女ではなく、可憐で可愛らしい少女の方が似合うのではないか。

そう、例えば、目の前の彼女みたいな……。


私が言い返せないのを見て、少女はさらに言葉を連ねる。


「ルーカス様だって、悪役令嬢のレーナ様より、ヒロインの私と一緒にいた方がいいに決まってるんです。だから、早く婚約解消してください!」


彼女の言っていることは半分も理解できなかったが、彼女が私とルーカスの婚約がなかったことになるのを望んでいるのだけは伝わってきた。

もしかしたら、彼女もルーカスのことが好きなのかもしれない。それで、婚約者の私が邪魔だと。


普段なら、そんな言葉に耳を貸したりしなかった。

でも、何故か彼女の言った婚約解消の一言が随分しっくり来て、そうした方がいいんじゃないかって、思ってしまった。

彼女はルーカスのことが好きみたいだし、それにルーカスの心が伴うのであれば、私は大人しく身を引いた方がいい。


そんな時だった。


「婚約解消って、何。どういうこと」


振り返れば、息を切らしたルーカスがそこに立っていた。

どうしてここに、と思ってふと周りを見渡すと、いつの間にか私と少女を取り囲むように生徒たちがこちらを見ている。

その中には私と仲の良いクラスメイトの姿もあって、彼女たちがルーカスを呼んできてくれたのだろうと察しが付いた。


「ルーカス様!」


ルーカスの顔を見て、少女が嬉しそうに声を上げる。


「今、レーナ様とお話してたんです。親の決めた婚約なんて、ルーカス様がお可哀想。早く解放してあげるべきだって」

「俺を、レーナから解放?」

「そうです!好きでもない人に毎日付き纏われて、お友達とも遊べないなんて迷惑じゃないですか。それに婚約だって、好きな人とした方が幸せに決まってます!」


少女が捲し立てるように言うと、ルーカスはハッと吐き捨てるように笑った。


「迷惑。そうだね、好きでもない人に毎日付きまとわれるのは迷惑だ」

「そうですよね!?」


ルーカスの言葉に、ズキズキ胸が痛む。

あぁ、やっぱり私って、迷惑だったんだ。


12歳で出会ってから5年間、2人で過ごす時間が楽しかったのは、私だけ。

ルーカスはずっと、迷惑なのを我慢して私と過ごしてくれていたのだ。

それってなんだか寂しくて、悲しくて、涙が溢れそうになる。


でも、今知れてよかったじゃないか。

今ならまだ穏便に婚約が解消できるし、結婚してから浮気されるよりずっとマシだ。

彼女とお幸せに、なんて笑顔で言ってあげることが、私がルーカスにしてあげられる最後のことなのだ。


「そう、分かったわ。今まで付き纏ってごめんなさい、ルーカス様。婚約は解消しましょう。元々ノースシュタイン家には利のない婚約でしたし、きっと貴方のご家族も賛成してくださるわ」


何事もない、いつもの笑顔でそう言ってみる。

上手く笑えていたか分からないけど、そうでもしないとみっともなく公衆の面前で泣いてしまいそうだった。


「何言ってんの」

「だから、婚約の解消を……」

「嫌に決まってるじゃん。バカ言うな」


私の言葉を遮るように、ルーカスがそう言った。

その表情は酷く真剣で、冗談を言うような顔ではない。


「迷惑って、レーナの事じゃないから。寧ろ来なきゃ困るって言うか……とにかく、俺は婚約解消とか認めないから」


彼はひとしきり私に説明すると、今度は少女の方に向き直って顔を顰めた。


「お前……毎日毎日、俺に付き纏うだけじゃ飽き足らず、レーナにも絡みに来たの?迷惑だからやめて、そういうの」

「そんなっ……!私は、ルーカス様のためを思って……!」


話を聞くと、少女は今年の1年生でミオ・ファールズ男爵令嬢と言うらしい。

希少な光魔法を扱えるため、学園で何かあればサポートしてあげるようにと高位貴族の面々に通達と顔合わせがあったらしく、その際にルーカスはミオと出会ったとの事。


それ以来、休み時間になる度にミオはルーカスの元を訪ねてくるようになり、ルーカスはそれにうんざりしていた。

お昼時に私とミオがばったり鉢合わせなかったのは、1年の校舎と2年の校舎が離れた場所にあるため、私の方が早くルーカスの元にたどり着けていたから、のようだった。


「俺のためを思うならさ、俺が俺の好きな人と過ごす時間を邪魔しないでくれないかな。お前のせいでレーナに婚約解消されたら、俺、生きていけないんだけど」

「な、ルーカス様……!?」


突然の告白に思わず名前を呼べば、彼は「あー……」と呟いてくしゃりと頭をかいた。


「俺はさ、この髪を見ても怖がらないで、綺麗だって言ってくれたレーナのことが、大切で、愛してんの。それを可哀想だとか何とか勝手に決めつけて、俺たちの仲を割こうとしないで」

「……っ」


ルーカスの言葉に、ミオがうるうると涙ぐむ。


「行こう、レーナ。こんなの、付き合うだけ無駄でしょ」


そのまま、ルーカスは私の手を掴んでミオの横を通り過ぎて行った。




*******




「良かったんですか、ルーカス様。あの子、ルーカス様のこと好きだったんじゃないですか」


ルーカスに手を引かれながら廊下を早足で歩いて、しばらく進めば人気のない場所まで辿り着いた。

2人っきりの廊下で、私の口から零れたのは我ながら棘のある言葉だ。


「知らないよ、そんなの。朝から晩まで付き纏われていい迷惑。これに懲りて諦めてくれればいいのに」


そう言って眉を顰めるルーカスは、心底嫌そう。


「それで言うなら、私だって迷惑だったでしょう。朝起きてから放課後まで、毎日一緒だったのは私の方ですし」

「レーナが迷惑って、そんなわけないでしょ。さっきも言ったけど、好きでもない奴に付き纏われるのが嫌なだけで、レーナが来てくれるのは……うん、嫌じゃない」


そう言うと、ルーカスは何度か頷いて私の目を見つめる。


「好きだよ、レーナ。君は俺の事、初めて認めてくれた人で、初めて俺が守りたいって思った人だ。だから、婚約解消とか言わないでよ。冗談でも、心臓が止まりそう」


へにゃ、と少し情けない微笑みを浮かべながら、ルーカスが私の手を取った。


「俺のそばに居て。もうレーナ以外の人なんて考えられない。レーナ無しじゃ生きていけないよ」

「わかった、わかりましたから!」


普段は口数の多くないルーカスから紡がれるとは思えない甘い言葉の数々に、思わず頬が熱くなる。


「照れてる?レーナ、可愛い」


さっきまで頼りなさそうな顔をしていたのに、いつの間にかいたずらが成功した子供みたいな表情になって私の顔を覗き込んできた。


「もっと顔見せて」

「物好きなのはどっちですか……」


私が顔を背ければ、ルーカスはくすりと笑った。




*******




あれから2年と少しが経った。

学園からの卒業からしばらくした頃、私たちは式を挙げた。


公爵家から冷遇されているルーカスと、貧乏子爵家の私との結婚式なんて大したものは用意出来なかったが、それでも学園時代の親しい友達と恩師を呼んで、慎ましやかながら温かな式を挙げられた。


ルーカスは公爵家が持っていた爵位の内、辺境の子爵を譲り受けて、私たちは領地にある子爵邸に移り住んでいる。


ここはいい場所だ。

自然豊かで空気は美味しいし、何より王都から遠いおかげで黒髪に纏わる悪い噂も届いていない。

そのおかげでルーカスのことを悪く言う人も居ないし、それどころか長らく代官任せだった領地に領主が出来たことで領民たちは喜んでいる。

社交は苦手とするルーカスだが、素直に自分を慕ってくれる領民たちのことは無下にはできないようで、日々の執務にも愚痴を漏らしながらではあるが真摯に向き合っているようだ。

元々要領のいいルーカスは、あっという間に領地の経営を上向かせて、領民の日々の暮らしも明るくなったと感謝の声が届いている。


風の噂で、光属性の魔法使いであるミオが聖女として正式に王宮に召し上げられたと聞いた。

聖女と言えば、この国では王族に次ぐ権力者。

ルーカスが好きなあまりに付き纏っていた過去のある、子供っぽい少女に務まるのか不安を感じたが、今や地方領主である私たちにはなんの関わりもない事だ。


それに、聖女が権力者であると言っても、その生活は清貧を要求される。

絵物語のように絢爛な生活ができる訳ではなく、毎朝毎晩教会で祈りを捧げ、助けが必要な人達のために光魔法を使う。食事は神官達と同じものを食べ、庶民の生活に寄り添うために式典以外では麻の服を身に纏う。

極めつきには、全てを神に捧げるために、結婚はせず生涯乙女であれとされている。


ある意味かわいい女の子そのものだった彼女に、そんな生活が耐えられるのか分からない。

好きな人と添い遂げられないなんて可哀想だとすら思う。


けれど同時に、もうルーカスを取られる心配がないんだと安堵してしまう自分もいた。

我ながら嫉妬深いことだが、学生時代のあの日、確かに私は自分よりも彼女の方がルーカスの隣にふさわしいんじゃないかと、たった一瞬だが思ってしまったのだ。

それに煩わされずに済むと言うなら、それに越したことはない。


「何、俺の事放っておいて考え事?」


サロンのソファに腰かけて外を眺めていたら、後ろから声がかかる。

振り向けば、不機嫌そうな顔をしたルーカスがそこに立っていた。


「あら、今日の仕事はお終い?」

「たった今終わらせたところ。可愛い奥さんが上の空だから、緊急事態」

「随分平和な緊急事態ね」


私が笑うと、ルーカスは流れるように私の隣に腰を下ろし、頭を私の肩に預けた。


「お疲れ様、ルーカス」

「うん、疲れた。これは散々甘やかしてもらわないと明日からの執務に響くな」

「調子のいいこと。紅茶でも淹れる?」

「いいや、しばらくこのままで」


穏やかな時間が流れる。

それは一瞬のようで、永遠のようでもあった。


「ねぇ、ルーカス」

「なぁに、レーナ」


ルーカスが頭を持ち上げて、私の顔を覗き込む。


「あなた、パパになるわよ」

「……えっ」


私が静かにそう告げると、ルーカスの紫水晶の瞳がまぁるく見開かれて、一瞬の後に喜色満面の笑みを浮かべた彼に飛びつかれ、2人してそのままソファに倒れ込むのだった。

ブクマ、コメント等ありがとうございます。

こんなに反応があるとは思っておらず、とても嬉しいです。


2025.01.28

ご指摘のあった表現を少し修正しました。

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