14話 真の仇
扉の奥には、一本の、どこまでも続いていそうな廊下があった。
壁付け式の燭台に灯った火が、うっすらと廊下を照らしている。
それがなければ、まともに歩くこともできなかっただろう。
「さあ、最後の敵は向こうです。いきましょうか」
「え?まだ魔物いるの?」
「魔物…ある意味で言えば、魔物より魔物ですね、彼らは」
あまり意味のわからないことを吐いたアスタは、足早に廊下を進んでいく。
私もその後について廊下を進んだ。
しばらく行くと、少しばかり開けた場所に出た。
広間の中央には、パチパチと火の粉を舞い上げて燃える、大きめの焚き火が熾っている。
そして、その焚き火の上に、白く輝く球が浮かんでいた。
その球に、どこか懐かしさを感じる。
「アスタ、これ何?」
「迷宮閣。迷宮主の居城であり、迷宮の心臓部です」
「じゃあ、これを壊せば、この迷宮は攻略完了ってこと?」
「ええ。ですが、これはあなたのものですよ、ユーリ。少し待っていてください。今、不純物を引っ張り出しますから」
アスタは、徐に迷宮閣に腕を突っ込む。
そして、3つの影をその球の中から引き摺り出した。
地面に落ちたその影は、ひとつはヒゲモジャのおじいちゃん、ひとつはムキムキの大男、最後のは、少しヒョロイお兄さんだった。
それぞれ違う見た目だが、共通して、得体の知れない嫌悪を抱いてしまう。
「あ、アスタロト…儂を裏切ったか…!」
「裏切る?それは貴様でしょう。さ、迷宮を真の持ち主に返す時が来ました。ユーリ、やってしまってください」
そう言って、アスタは、地面に倒れる人を指差した。
殺せということだろうか。
というか、真の主人って誰?もしかして、私?いや、でも、こんな迷宮なんて、知らないし…
「ち、調子に乗るなよ、クソガキィ!」
突如、ダウンしていた大男が、起き上がって拳を振るってきた。
あ、それやっちゃうんだ。
私、向かってくるなら容赦はしないよ。
「コラーダ」
私は、コラーダを顕現させ、突き出す。
無鉄砲に突っ込んできていた男は、コラーダに突き刺さった。
「ガフッ…一体…どこから…剣を…?」
「形状変化」
私は、コラーダが、体の中で幾重にも枝分かれするイメージを練る。
それに呼応して、コラーダはその形を変じた。
「いぎゃあああああっ!」
男の体から、無数の棘が生える。
無論、枝分かれしたコラーダだ。
男は、即死だった。
「うっ…」
男を殺したのと同時、私の脳内に、膨大な情報が流れ込んできた。
誰かの記憶。
目の前で死んだ男に嬲られ、犯され、最後には殺された、哀れな女の記憶。
頭痛を禁じ得ないその記憶は、私に確かな怒りと憎悪、悲しみ、そして、懐古の念を覚えさせた。
「お母さん…?」
不意に口をついて、言葉が出た。
自分の意思に反して飛び出た言葉だったからこそ、それが重みを持った事実として私に襲いかかってくる。
あの記憶の中の女は、私の本当のお母さん。
根拠のない事実が、何よりも確証のある事実として、私の心に居座った。
「そうか、そうだったんだ」
「…思い出したみたいですね、ユーリ」
「うん。とりあえず、こいつら、殺そっか」
未だ動けずにいる男2人を、私は、微塵の情けもなく殺した。
後から、限界まで苦痛を与えてから殺せばよかったと思ったが、流石に死人は生き返らせることはできないので、その考えは、そっと心にしまった。
「全部…全部見たよ、お母さん」
3つの死体を焚き火に放り込んで、私はそう呟いた。
私の母は、ここ、死刻の迷宮の迷宮主。
あの男たちは、死刻の迷宮を含めて4つ存在する、四大迷宮の迷宮主だった。
アイツらは、自分の迷宮が攻略され、破壊されたことの腹いせに、唯一無事だった私の母の迷宮を襲撃、乗っ取ったらしい。
胸糞悪いことこの上ない。
自分たちの実力が足りなかっただけなのに、大義のない逆恨みで、私のお母さんを恥辱した上で殺した、救いようのないクズどもだ。
そして、私の、真の敵だった。
「私、この迷宮の主になるよ」
「はい、不肖アスタ、どこまでもお供致します、ユーリ」
「ありがと。アスタがいてくれたら百人力だよ」
私は、決めた。
お母さんがしたように、この迷宮を育て上げる。
私は、迷宮閣に手を触れた。
その途端、私は中に吸い込まれた。
中は、気味の悪い薄暗い部屋が広がっていた。
「変えたい…」
そう呟いた時、私の目の前に、半透明の板が出現した。
そこには、見たこともない字が浮かんでいた。
けれども、その文字の意味は不思議と理解ができる。
「『ようこそ、真主様』?」
読み上げた途端、私の脳内に、久しぶりに、あの声が聞こえた。
『迷宮の主人と認められました。覚醒条件が整いました。覚醒者となりますか?』
今までとは違い、私に選択を迫ってきた。
もちろん、イエスである。
『覚醒が選択されました。認証………完了しました。これより、覚醒に移ります』
そう聞こえた直後、私の体から、黄金の風が吹き荒れ、暗い部屋を砕いて、私の憧れた素敵なお家が出来上がっていく。
そして、私の体の方も、心臓から徐々に作り変わっていく感覚に襲われた。
『覚醒が完了しました。これにより、寿命制限がなくなりました。最大魔力容量が増大しました』
「体が軽い…」
私は、窓から入ってくる陽だまりの中に立っていた。
ぽかぽかと心地がいい。
久しぶりの陽光だ。
「覚醒…か。寿命がなくなるなんて聞いてないんだけど…」
私は、置かれた椅子に腰をかけて、さっきのボードが出るように念じてみる。
と、目の前にさっきとおんなじ感じで出現した。
「色々といじれるんだ…魔物召喚したり、フロアを追加したり…へぇ」
そこでようやく、この死刻の迷宮が私のものになったという実感が、やってきた。
私は、アスタを迷宮閣に招き入れ、今後について色々と話し合った。
その時間は、とても楽しいものだった。




