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第5章 子爵令嬢が囮になった理由  


 レイクスは学院に入学して以来、王太子の側近候補として研鑽に励んでいた。

 多くの知識を得るために時間を見つけては政治学や法学、経済学、国内外の歴史書などの専門書を読み耽っていた。

 そう、婚約者との月に一度のお茶会のときでさえ。

 だから、彼女と会話をすることはなかった。以前の彼女は色々と話しかけてきたのだが、彼の立場を理解してくれたのか、学院に入学したころから話しかけてこなくなった。

 

 そういえば、彼女とゆっくり話をしたのはいつだったろうか? 

 

 そんな忙しい日々を過ごしながらも、彼が婚約者のことを考えない日はなかった。

 そして彼女が学院に入学してくれば、話す時間も少しは取れるだろうとそれを楽しみにしていた。

 しかし、王太子がなぜか男爵令嬢に興味を持ち始めて、彼女に急接近を始めたことで、レイクスはその対策に走り回ることになった。

 そのせいで彼は、リネットと接触する時間をどうしてもとれなかった。

 

 それでもプレゼントはなんとか自分で選んで贈り、手紙も月に一度は必ず送っていたが、そういえば返事はもらっていただろうか? 

 礼儀を重んじる子だったから返事は返してくれたとは思うが、手紙の内容は覚えていない。自分が読んだのかどうかの記憶も定かではない。

 この一年を振り返って、レイクスの心はざわついた。このままではまずいと冷や汗をかいた。そして最後にこう弟に尋ねた。

 

「リネットが仲良くなったのって誰? まさか男じゃないよね?」

 

「男だよ。平民の特待生で、名前はベイロン。とにかく弁の立つやつでさぁ、去年の弁論大会で優勝してるぞ。知らないのか?

 平民なのにワイルド系の美男子で、口も達者だから、貴族のご令嬢からもキャーキャーいわれてる」

 

「そんな軽いやつに、あの真面目なリネットが好意を持っているというのか、そんなのあり得ない」

 

 珍しく冷静さを失って怒っている兄を見て、ローリーは反比例するように気分が冷めて行き、声変わりして低くなった声でこう言った。

 

「人間は案外正反対のものに惹かれるものさ。自分の不足分を別の人間で補おうとするのが本能ってもんじゃないの? 

 つまり必然? 二人がもし恋に落ちていても不思議ではないと思うよ。

 それに、あのおしゃべりだったリネットが、母上や兄上のせいで喋るのを禁じられたんだから、さぞかし鬱憤やストレスが溜まっていたんだろうね。

 弁論クラブに入ってベイロンと論議を戦わすようになってから、ずいぶんとスッキリした顔をするようになったよ」

 

「リネットが浮気をしているというのか!」

 

「さあね。そんなこと僕がわかるわけないじゃないか。自分で調べたら? 取り返しがつかなくなる前に」

 

「言われなくてもわかってる!」

 

 走り去る兄の背中を見ながら、ローリーは少しだけホッとした。

 兄がまだリネットを愛しているということがわかったから。

 まあ、リネットの方にはもう兄へ愛情など残っていないかもしれないけれど。まあどっちにしろ、リネットの身の安全のためには、兄には動いてもらわないと、と彼は思った。

 

 兄に煽るようなことを言ったのは、何もリネットとベイロンの二人が本当に恋愛関係にあるのかも……と疑っていたわけではない。

 リネットにとってベイロンが、ストレス解消をさせてくれる友人の一人に過ぎないことはわかっているのだから。

 ただローリーは、ベイロンのことを怪しい人間と捉えていた。裏の顔がある気がして仕方がなかった。

 だからこそリネットがその被害に遭わないかと心配で、取り返しがつかなくなる前に、なんとかしたいと思ったのだった。

 

 

 レイクスはすぐにベイロンについて調査を始めた。

 しかしすでに学院を卒業してしまっていた彼だけでは、正直それは困難だった。そこで彼は初めて王太子にプライベートな願い事をした。

 すると意外にも王太子は大喜びでそれを引き受けてくれた。

 

「君とは長い付き合いなのに、少しも友人らしく接してくれないことをずっと寂しく思っていたんだよ。

 それに、今回の男爵令嬢の件ではかなり迷惑をかけたという自覚もある」

 

 と王太子は殊勝なことを言ったが、本当は婚約者のジャネットから、レイクスやリネットのことをもっと配慮すべきだったと責められたからだった。

 

「あのレイクス様があんな大勢の人前でリネット様への愛を語るだなんて、その想いはただならぬものですわ。

 それなのに、もし破談にでもなったら、殿下は彼に一生恨まれますわよ。

 そもそも側近候補の方はたくさんいたのに、優秀だからといってレイクス様ばかり重用していたせいで、婚約者とデートする暇もなかったのですからね。

 ご自分は婚約者の私以外の方ともたくさん遊ばれていたというのにね」

 

「・・・・・」

 

「あの男爵令嬢の件だって、レイクス様がすぐに気付いて対処してくださらなかったら、今ごろ殿下は廃嫡されて、元の側近候補の方々と一緒に辺境の地に飛ばされていたことでしょう」

 

「もしそうなっていたら君も、僕と婚約解消していたのかい?」

 

「いいえ」

 

「そうだよね、君は他のご令嬢達のように薄情ではないよね!」

 

「彼女達を薄情だとおっしゃるなんて、貴方は全く反省をしていらっしゃらないのね。

 私も彼女達も何度も婚約者とそのお相手には注意をし続けてきましたのよ。

 それなのに男性の皆様はそれを無視し、あまつさえ私達に男爵令嬢を虐める悪役令嬢と罵ったのですよ。

 いくら魅了魔法をかけられていたからとはいえ、許せるものではありません。

 そもそも長い間見つめ合うという不適切な行為をしなければ、魅了などにはかからなかったのですから。

 男性の皆様の自業自得ですわ。それなのに、なんの落ち度のない女性を薄情呼ばわりするなんて許し難いですわ。

 貴方がもしあの方と他の方々のように一線を越えていらしたら、婚約解消なんて生温いことはしていなかったでしょう。

 殿下の有責で婚約破棄をして、莫大な慰謝料を要求していましたわ。

 当たり前でしょう。十年間も厳しく辛いお妃教育を受けさせられ、私の大切な時間を奪われた挙げ句、それが無駄になるのですから」

 

「すまなかった」

 

 王太子は大理石の床に膝と両手をつけて深々と頭を下げた。

 

「見せかけのそんな軽い謝罪にはもう騙されませんわ。本気で悪いと思うのでしたら、レイクス様とリネット様が不幸にならないように本気で尽力してくださいませ」

 

 婚約者にそう言われた王太子は、すぐさま父親に影を借りてベイロンの調査を開始させた。

 するとローリーが疑っていた通りに、ベイロンの裏の顔はすぐに露見した。

 彼は誘拐並びに人身売買グループのメンバーだった。その上女性専門の詐欺師だった。

 影達の報告を受けた王太子は、その情報を警邏隊に伝えた。ここ数年それらの犯罪を追っていた彼らは大喜びした。

 

 そして王命により、すぐさまレイクスを指揮官にした捜査体制が作られ、犯罪グループはあっという間に彼らの包囲網に入った。

 レイクスが他国語を駆使して、近隣の国々からの情報も得られたからだ。

 当然、他国の人身売買グループの摘発も可能となった。

 あとは彼らのうちの誰か一人でも現行犯として捕まえることができれば、一気に犯罪グループに攻め込むことができる状態になった。

 

 誰を囮にするか、それを王城の中の一室で警邏隊の騎士達が話し合っているとき、たまたま近くを歩いていたリネットがそれを聞いてしまった。

 その日は、王太子とその婚約者の公爵令嬢に呼ばれて、例の男爵令嬢絡みの説明を受けた帰りだった。

 

 ベイロンが犯罪者だと知っても、リネットは特別驚かなかった。

 ローリーから注意を受けてからというもの、気を付けて観察しているとたしかに彼は胡散臭かったからだ。

 それよりもこんな誰に聞かれるかわからない場所でこんな話をしている彼らに驚いた。

 いや、もしかしたら自分に聞かせるために話しているのかもしれない、とリネットは疑った。

 なぜなら、彼女を城の出口まで案内してくれた侍女が、どう考えても普通の侍女とは思えない身のこなしをしていたからだ。

 

 リネットは、直接に誰から依頼されたのでも命令されたわけでもないのに、なぜか囮役を引き受けざるを得ない状態に陥った。

 婚約者の名誉や出世のためだ、と言われているような雰囲気だったからだ。そう。一応彼女はまだ指揮官の婚約者だったのだから。


 先ほど王太子から謝罪を受けた彼女の方が、なぜ彼らのために尽くさねばならないのか。本末転倒な気もした。

 しかしもしかしてこれが成功したら、レイクスと円満に婚約解消できるかもしれない、と彼女は思ったのだった。

 

 しかし、レイクスの方はそれを決行直前まで知らされていなかった。知っていれば当然、彼女に囮のような危険な真似をさせるなんて絶対にさせなかった。

 この計画を裏で指示していた黒幕を後になって知った彼は、どんなことをしてもその人物に復讐してやると、固く心に誓ったのだった。


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