第4章 子爵令嬢の現状を知る婚約者
学院から王城へ連行された男爵令嬢は、すぐさま取り調べを受けた。それは不敬罪などという、ある意味緩い扱いではなく、かなり厳しいものだった。
そして間もなく彼女は魅了持ちだということが判明し、特殊魔法研究所へと送られた。
身の程知らずの男爵とその娘は、最初から王太子妃の座を狙っていた。
王太子が女好きだというのは有名だったし、才媛の婚約者に劣等感を持っている彼は、あまり賢くないが可愛くて愛嬌のある女の子が好みだという噂が流れていたからだ。
しかし、いきなり王太子に近付くのはさすがに躊躇われたので、その手始めというか、魅了の力の使い方を試す目的で、下位の貴族令息から順番に魅了をかけて試していった。
しかし、魅了効果の消し方を知らなかったので、次第に取り巻きが増えてしまった。
本来の目的を考えるのならば、その状態はまずいと普通ならわかるのだろう。
ところが、男爵令嬢はたくさんの見目麗しい男性に囲まれてチヤホヤされる状態に溺れていたので、客観的に自分を見ることができなくなっていた。
しかも高価な贈り物をされるのだから、男爵もそれを注意しなかった。
令息達の婚約者達から批難や苦言を呈されても、泣き真似をして取り巻きに訴えれば、彼らが自分の婚約者に苦情を入れたり婚約破棄を告げたりしてくれた。
もちろん自分でもばれないように隠れて彼女達を虐めていた。
そのことでますます悦に入った彼女は、ついに王太子と恋仲になって、あの気取ってすまし顔の公爵令嬢との婚約を破棄させてやろうと、積極的に王太子に近付いた。
成人になったら、男爵令嬢が王太子の側に近付ける方法などない。だから学生時代のうちに親しくなっておこうと思ったのだ。
そんな彼女の取り巻きに、クールビューティーと評判のレイクスが加わった。
彼は男爵令嬢の思惑に気が付き、王太子を守るため、正体を探るために近付いただけなのだが、これまでいなかったきつい性格の彼を彼女は気に入っていた。
レイクスはある特殊能力を持っていたので、魅了魔法に掛かることはなかった。というより、彼はいつもうつむき加減で、彼女とはほんのわずかしか視線を合わせなかった。
しかしそんなことを知らない男爵令嬢は、私のことが好きなくせに、ただ素直にそれを出せないツンデレ君だと思っていたのだ。
だから魅了魔法に完全に掛からないように、レイクスがいつも彼女の視線から王太子を逸らしていたことに気付けなかった。
そしてその後、王太子が特殊魔法研究所の研究者によって、完全に魅了魔法から解呪されていたことにも。
卒業式の後レイクスは、弟のローリーから、在校生が卒業パーティーに参加するには、卒業生からパートナーとして依頼されなければならないと聞かされて唖然とした。
「彼女は僕の婚約者なんだから、わざわざ依頼しなくてもパートナーを務めるのは当然だろう?」
と、弟に怒りをぶつけるとこう返された。
「兄上は学園に入学して以来一度も婚約者としてリネットに接してこなかったんだよ。
そんな兄上の卒業式に自分がパートナーとして呼ばれるだなんて彼女が思うわけないじゃないか。なぜ依頼状を出さなかったんだ!
それにそもそもパーティー用のドレスやアクセサリーだって、彼女には贈っていないんだろう?」
「えっ? みんな婚約者にドレスとか装飾品を贈っているのか?」
「兄上は生徒会役員として、これまでも卒業パーティーを運営してきたんだろう? 一体何を見てたのさ。
卒業ダンスパーティーでは、パートナーに自分の色(髪や瞳)のものをどこかに身に着けてもらうのが常識でしょ。つまりマーキングさ。自分のパートナーには手を出すなってね。
兄上って英邁闊達、才気煥発、頭脳明晰とか言われてるけど、一般常識に欠けているところがあるよね。
王太子殿下をお守りすることに必死だったのはわかったけど、それにしたってこの一年の兄上のリネットに対する態度はいただけないね。
リネットはご令嬢達から最初は妬まれ、疎まれ、その後兄上に相手にされていないと思われてからは、バカにされ見下されていたんだよ。
そのせいで友人もできなかったから、寂しかったんだろうね。あんなクラブに入って、あんなやつと仲良くなるなんて」
ローリーから知らないことばかり聞かされて、レイクスは目を見張った。
「なぜお前が僕の婚約者を名前呼びしているんだ?」
「今ごろ何言ってるのさ。兄上同様僕だって幼なじみなんだから、お互いに名前呼びさ。
そもそも同級生で同じクラスなんだから、兄上なんかよりずっと側にいたし親しいさ」
「リネットがご令嬢達から虐められていたとはどういうことだ?
僕はあの男爵令嬢からリネットを守るために彼女に近付かなかったんだ。他の取り巻き連中の婚約者達のように嫌がらせをされないように」
「なるほど。そういうわけだったか。でも、嫌がらせをするのは男爵令嬢の専売特許じゃないんだよ。優秀なその頭でよく考えてみろよ。
それでもわからないなら、兄上が軽蔑している流行りの恋愛本でも数冊読むことをお勧めするね」
「それにクラブってなんなんだ? なぜあの真面目なリネットがそんな怪しいところに入ったんだ?」
「怪しくなんてないよ。リネットが入っているのは学院内の弁論クラブ。教師にほぼ強制的に入れられたんだ」
「あのうるさいくらいにおしゃべりなリネットが弁論クラブになんかに入ったら、それこそ口が達者になって周りから疎まれるだろう?」
「それこそ何を言ってんだ。今のリネットはTPOを弁えているから、余計なことなんて一切話さないよ。
だから兄上とのお茶会のときだって、一切しゃべらなくなっていただろう? 読書の邪魔をしないようにって。
彼女は学院に入学してからというもの、兄上のせいでご令嬢方から虐められて、僕以外の人間とはほとんど話さなくなったんだ。
人としゃべらず、自分の意見を何も言わない彼女を心配した教師達が、そのクラブを勧めたんだ。感情を吐き出させるために」
弟の言葉に兄は瞠目した。
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