第10章 真実を知った子爵令嬢
誤字脱字が多くてすみませんでした。報告してくださった皆様に感謝しています。
この章で完結になります。
元鞘が嫌いな方はスルーしてください。
「僕というか我がスチュワード侯爵家の嫡男は、なぜか代々『真実を見る瞳』を持って生まれてくるんだ。
この事実は代々嫡男以外は知らないし、たとえ夫婦であろうと話してはいけない掟だ。
でも、君を失うくらいなら、それを破ってもかまわない。君にしたら迷惑な話だろうけど。
僕はね、限界まで目を見開いて相手の瞳を見続けると、相手の心の中が読めるんだ」
「まさか……」
「信じられないと思うけれど本当なんだ。この力があるから、我が家は王家と縁を結ばなくても、ずっと安定した地位にいられたんだ。人の心を読めるからね。
なぜ王家と縁を結ばなかったのかというと、王家は長い歴史の中でずっと策略や陰謀を繰り返してきた。
そんな王家の血が混ざることで血が汚れ、この特殊能力を失うことを恐れたんだと思う。
でもこの『真実を見る瞳』を持つということは、精神的にかなりきついことなんだ。
誰にだって隠し事の一つや二つあるのが当たり前だ。そんな人に知られたくないことまで、僕には見えてしまうのだから。
真実を知ることはかなり辛いものだ。信じている者に裏切られていることがわかったり、笑顔の向こうでこちらを嘲笑っているのが見えたりするのだから。
だから僕は滅多なことでは人の心を読まないようにしているんだ」
代々スチュワード侯爵家の嫡男は『真実を見る瞳』を持っているために、不安定な精神状態に陥りやすい。
だからこそ嫡男だけは結婚相手を自分自身で選べるようになっているのだ。せめて心の安寧を得られるようにと。
まあ表面上は当主が婚約者を選んだことになってはいるが。
歴代のスチュワード侯爵家のご先祖様達は、やはり裏表のない相手を選ぶことが多かった。だからといって、必ずしもそこに愛があったとは限らないとレイクスは思っていた。
ビジネスライクのように契約によって結ばれた場合もあったと思う。彼の両親もそっちかもしれないと。
侯爵は本当に愛する女性とは結ばれなかったので、息子とリネットが両思いだと知って喜んでいた。
素直で正直で明るくて元気なリネットを父親も気に入っていた。その上同じ一門だから裏切られる可能性の少ない、よい縁組だと思った。
だからこそ彼はローリーに、『レイクスとリネットがお似合いだ、ちょうどいい』という意味合いで『都合がいい』と話したのだ。
まさかそれが、妻によって曲解されて世間に広がるとは思ってもみなかった。
「父や弟も凄く反省している。
だけど二人は悪くない。全て僕のせいだ。その噂に気付けなかったのだから。
僕は君に愛されているのだと驕ってしまった。それは昔のことなのに。
しかもあの愚かな王太子に振り回されたせいで、君を蔑ろにしたせいで、君の愛情をなくしてしまった」
「完全になくなったわけでは……」
「うん。わかってる。かすかに残り火が揺らめいているのが、あの裏通りで見えたから。
だからその火を消してしまわないように、それこそ僕は必死になったんだよ。
返事をもらえなくても手紙を書き、花束や贈り物を届け、芝居やオペラや君の好きな植物園にも誘った。みんな断られてしまったけれどね。
まあそれは、自業自得だから仕方なかったし、最低でも僕が君を苦しめた三年以上は、自分も苦しまなくては不合理だと思っていた。
だから、それくらいでへこたれるつもりはなかったんだ。
だけど君の苦しみを一番よく知っているローリーから、
『リネットのことを本当に愛しているのなら、もういい加減彼女を解放してやれ』
って言われたときには、正直動揺して心が揺れたよ」
「ローリーがそんなことを?」
「ああ。彼は君を友人としてとても大切に思っているからね。僕が嫉妬してしまうほどに。
そもそも彼の忠告をずっと無視してきたからこんなことになったんだ。だから、彼の言う通りにしようかと、一瞬だけ心が揺れた。
ところがあの王太子の来訪事件のとき、『都合のいい女』の話が出ただろう? あれでローリーは自分が母親に話したことが原因だって気付いたらしくて、僕に謝ってきたんだ。そして僕を応援すると言ってくれたんだよ。
まああの噂は、言葉の意味を正しく理解できなかった母や叔母達が悪かっただけで、そもそもローリーのせいなんかじゃない。
けれど味方ができて嬉しかったし、かなり励みになった。
僕はそのとき、君の瞳から私への思いが完全に消えてなくなるまでは、絶対に君を諦めないって決意したんだよ」
リネットは顔を赤くして俯いた。
しかしそれは、レイクスの愛の言葉に照れたのではなく、自分も彼の言う『言葉の意味を正しく理解できなかった』一人だと思うと、恥ずかしくて居た堪れない気持ちになったからだ。
これまで彼からの謝罪は全て拒絶してきたけれど、それはあまりに頑な過ぎたかもしれない、とリネットは思った。
昔のあの素直だった自分はいったいどこへ行ってしまったのだろうかと。
でも、それだけ自分は傷付いていたということなのだろう、と彼女は自己分析をした。
ただし『しゃべるな』というあの言葉は、あの当時、彼が肉体的にも精神的にも追い詰められた状態だったから、思わず発してしまった言葉だった、ということがわかった。
そして『都合のいい女』というのは、そもそも自分の誤解だったのだということも。
ジャネットやローリーからも、いかに自分がレイクスに愛されていたかを聞かされたリネットは、実のところ意地を張るのはもういいか、と思っていた。
だいたいあの王太子来訪事件のとき、仮にもまだ王太子だったオスカーの前で、不敬罪で捕まってもおかしくないくらいの暴言を彼女は吐いたのだ。
自分の婚約者を馬鹿にされ、利用されてきたことに腹を立てて。
『あの時点で私の思いなどバレバレだったわね。
それにどうせさっき見つめ合ったときに、レイクスには私の心を読まれてしまっているわよね』
今さらごまかせないだろうとリネットは観念した。
リネットは、今目の前に広がる美しい景色が一番好きだと思った。
辛くて悲しいときに、いつも無意識に足がここに向かった。すると、たとえ花が咲いていない時期だったとしても心が癒やされた。
今になって彼女はこう思う。
『私は、自分を傷付け悲しませた相手に、結果的に癒やされていたのだわ』
と。それがおかしくて彼女は思わず小さく笑ってしまった。
彼女はつい先日、このハス池が作られた経緯をローリーから聞いたからだ。
自分の些細な一言のために、レイクスが一生懸命になってこの池にハスの花を咲かせたということを。
しかも結局葉の上にリネットを乗せてやれなかったこと、見物人が増えてここで遊べなくなったことに、彼がひどく落ち込んでいたことも。
人の何倍も優秀でなんでもできると思っていたのに、レイクスは案外不器用な人間なのかもしれない。
完璧な婚約者に自分は不釣り合いだとずっと思っていたけれど、もしかしたらこんな自分でも隣にいてもいいのかもしれない。ふとそう感じたリネットだった。
だからこう言ってみた。
「さっき貴方は私を八面玲瓏だと言いましたよね。そしてあの美しいハス池のようだと」
「ああ。あの景色はどこの方角から見ても美しくて清らかで、それでいて華やかだ。
ハスの花は濁った水の中でも凛として堂々と咲いている。まるで君を見ているようだよ。
僕はこの景色が世界中で一番好きだよ」
「私もです。ここは見物人が多くなってしまって、遊び場ではなくなってしまったけれど、それでも人けのない朝に、私はこっそり一人で来て塀の外から覗いていたの。
そしていつも貴方のことを思っていたわ。
昔はあんなに私を見てくれていたのに、なぜ今は目も合わせてくれないんだろう。なぜ私の話を聞いてくれなくなったんだろうって」
「ごめん、本当にごめん」
「いいの。もう謝らないで。あのころ、貴方はとても大変な思いをしていたのに、それを思いやれなかった私も悪かったんだもの。
でもね、いくら手紙で愛を語られても言葉や文字は平気で嘘をつくし、見つめ合って視線を交わしても、その熱い視線だけでは愛を信じられないわ。まあ、貴方は違うのでしょうけど」
リネットの言葉にレイクスはひどく辛そうに顔を歪めた。そして独り言のように呟いた。
「どうしたら君の信頼を回復できるのだろう。どうしたら僕の愛を信じてもらえるのだろう」
すると、リネットはそれにこう答えた。
「私が手紙を出したら、今度はちゃんと読んで、その手紙に対する返事を書いてください。そしてその後で、貴方の用件を書いて欲しい。
私がしゃべったら、今度はちゃんとそれに応えて欲しい。
だけど……贈り物をくださるときは、以前のように私の心を覗いて、本当に欲しいものだけを贈ってくださいね」
レイクスは呆然としてリネットを見た。
すると彼女の瞳の中に、さっきよりももっと激しく燃える愛情の炎が見えた。
そして彼女が今望んでいることも見えた。
彼は思わず彼女を引き寄せた。そして強く強く彼女を抱き締めて、
「わかった。ありがとう。愛してる」
そう言ったのだった。
✽✽✽ エピローグ ✽✽✽
その後、レイクスはリネットの卒業を待って無事に結婚をした。二人は相思相愛であることを隠さず、いつでもどこでも一緒にいて、仲睦まじい様子を周りに見せびらかした。
特に社交場では妻が誰かに言い寄られないように、誰かに嫌な思いをさせられないように、夫は片時も妻の側を離れなかった。
そんなある日、ハスの花が咲き乱れる池の周りを散歩しながら、妻はふと思い出したようにこう夫に尋ねた。
「貴方は私が苛められていたことに気付かなかったみたいだけれど、ご令嬢方の心を読んだことはなかったの? そうすればきっと、貴方への熱い思いと、私への嫉妬や憎しみが見えたでしょうに」
「そんなことできるわけないだろう? ご令嬢方を見つめたりしたら、それこそ本人だけでなく周りからも誤解される」
「なるほど」
「父や僕みたいな人間がこの能力を持ってしまうと、使用は男性に限定されてしまうから不利だと父は言っていた。
本来はローリーくらいの容姿のやつがこの力を持つべきだったんだろうな」
「酷いわ、そのセリフ。
そもそもそんな能力なんかなくても、ローリーは人を見る目があるから、困らないと思うわ。
ローリーの犯罪検挙率って騎士団のトップで凄いらしいわよ。騎士爵はすでに叙爵しているけれど、すぐに陞爵されると思うわ」
「酷いのは君の方だよ、リネット。今サラッと僕をディスっただろう?」
「あら、そんなことはないわよ。弟にヤキモチなんか焼かなくても、貴方が最高に素敵だってちゃんとわかってるわ、ねぇ、ジュニア……」
リネットは少しだけ膨らんだお腹を優しく撫でながら、二人の愛の結晶にそう話しかけたのだった。
読んでくださってありがとうございました!