最初で最後の自撮り
「わ、めっちゃ笑顔!」
「おわ」
「てかあんた、自撮りとかするんだ」
スマホのカメラロールを見返していたら。
後ろからクラスの女子に覗かれていた。
「いや、しないけど」
「え、じゃあそれ誰かに撮ってもらったの?」
「いや、自分で撮ったけど」
「???」
うん、そりゃそういう反応になる。
仕方ないなと思いながら、この写真を撮るに至った経緯に思いを馳せた。
写真はあまり好きじゃなかった。
思い出は心の中にあるから綺麗なのであって、デジタルに変換されたって色褪せるだけだと思ってたから。
「ねえ、せっかくだから撮ってよ。私のこと」
「え?」
「残したいからさ。君との時間」
「でももう遅くない?」
「遅くない遅くない!」
そういって君は駆け出した。
僕の手を取って。
「はい、チーズ!」
かしゃり。
彼女の声に合わせて、スマホのシャッターを切る。
彼女を被写体にして。
……こういうのって撮る側が掛け声を出すものなんじゃなかろうか。
「どう? 綺麗に撮れた!?」
「…………」
「まったく」
バシッ!
「いたっ」
背中をしばかれた。
「本当のことを言っただけなのに……」
「そういう時は嘘でも褒める!」
「はいはい」
正直、映りは良いとも悪いとも言えない。
けど叩かれるのは嫌だからこれからは褒めることにしよう。
「はい、チーズ!」
かしゃり。
「どう? 今度こそ綺麗に撮れた?」
「うん、綺麗に撮れた」
「空が」
バシッ!
「いたっ」
また背中をしばかれた。
「今度は褒めたじゃん!」
「背景をね!? 私を褒めてよ!!」
「なんてわがままな」
「…………」
そんな目で見られても困る。
「映ってる?」
「映ってるよ」
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ良かった」
そんな会話をして。
色んなところを回って色んな場所で撮る。
「いいでしょ? 写真って」
「うーん」
カメラロールを見返す。
もう何枚撮ったか数えられない。
「こんなに撮ったら、いいのかどうかももう分からん。感覚が麻痺した」
「むー、素直じゃないなぁ」
素直じゃないとは何だ。
こっちは本心で言ってるのに。
「……でもまあ、言いたいことは何となく分かるよ」
カメラロールに映った数々の景色を見て思う。
「思い出をそのまま撮ってるんじゃないんだな」
「うん」
「撮ったことも、思い出になるんだ」
「そうだよ」
「誰かとどこかに行って、誰かと一緒に撮る」
「写真が思い出を残すんじゃなくて」
「それが、思い出になるの」
悟ったことを言う。
「……そうだな」
癪だけど、認めることにする。
「ねえ、最後にもう一枚撮ろ?」
「ん?」
「君と私で」
言葉に詰まってると、無理やり腕を引き寄せられた。
「ほらほら! 寄って寄って!」
「はい、チーズ」
…………。
「む、押してよシャッター」
「お前が押せばいいだろ?」
「押せないの知ってるくせに」
「……わかったよ」
「はい、チーズ」
ぱしゃり。
「これでいいか?」
「ダメに決まってるでしょ!? 笑顔じゃなきゃ!」
「なれる訳ないだろ」
「それでも笑うの」
「なんで」
「笑ってる思い出が欲しいから」
当たり前でしょと言わんばかりに、得意げに笑ってくる。
どうしてそんな風に笑えるのか。
「……お前は変わらないな」
「当たり前でしょ! 死ぬまで私は変わらないから!」
「……ふっ」
あまりにも不謹慎で、おかしくて、つい笑いがこぼれてしまう。
「あ、笑った! 今だよ今! 今がシャッターチャンス!」
「わかったわかった」
スマホを構える。
「はい、チーズ!」
ぱしゃり。
「よし、うまく撮れたんじゃない? 見せて見せて?」
「えっ」
そこで少し躊躇う。
「それは」
「大丈夫、分かってるから」
「……あっ、そう」
カメラロールを見せる。
「あはは、やっぱり映ってないじゃん」
「……」
「でも、うん、良い笑顔だ」
その写真に映っていたのは、僕の笑顔だけ。
僕だけだ。
「やっぱりお別れは笑顔じゃなきゃ」
「やっぱりってお前なぁ……」
「あははは。じゃあ私、そろそろ行くね? もうこれ以上は待ってもらえないみたいだから」
「うん」
すっと、消える。
彼女の姿が。
あっという間に消えて。
手元にはスマホだけが残る。
写真だけが残る。
景色しか映っていない、風景写真。
でも。
「……あー」
それも彼女との思い出だ。
「あーーーーーー」
よかった。
彼女の前では堪え切れて。
「あーーーーーーーーーーーーーーーー」
こんなぐしゃぐしゃの顔は、見せられやしないんだから。