叔母の肖像
私には、叔母が一人いる。母の妹の沙織叔母様だ。
私は、小さい時から、この若く美しい叔母が大好きだった。
「叔母ちゃまは、すごく綺麗なのにどうして結婚しないの?」と、小学生だった私が、今思うと失礼な問いかけをしたことがある。
「それはね、すごく好きな人がいるけど、結婚できないからよ」
二人だけの秘密ね、と叔母は唇に人差し指を当てて、いたずらっ子のように微笑んでみせた。
そうなんだ、と幼い私はこくんと頷いた。
ある日、叔母の家に遊びに行くと、一枚の肖像画が飾られていた。
美しい叔母の肖像画だった。
「わあ素敵。叔母ちゃまにそっくり」私は感嘆の声をあげた。
「ふふ、いいでしょう。美大に通うボーイフレンドがね、描いてくれたの」
それは、叔母の魅力を最大限に再現した、とても美しい肖像画だった。
「こうしてね、一番若くて綺麗だった時代を思い出に残しておこうと思って」
そのころの叔母は、20代半ば、花も美しい盛りの年頃だったと思う。
叔母ちゃまでも、いつかは年とっていくのかな、と子供ながらに、漠然とした哀しみを感じたものの、想像もできないなと思ったものだった。
ところが、信じられないことに、私が大学生になっても、社会人になっても、叔母は、いつまでたっても若く美しいままだった。
一緒に外出すると、必ず年の近い姉妹と間違えられた。
今時の言葉でいうと、まさに美魔女だ。
しかし、エステや施術、涙ぐましい努力で老化を遅らせるというレベルではなかった。
しわやしみ、たるみのひとつもない、瑞々しい弾力のある肌。
長いまつげに縁どられた大きな瞳、すっとした鼻梁、さくらんぼのようにぷるんとした可愛い唇。
細身ながらたわわに実った胸に、きゅっとくびれた腰、つんと上向きの尻。
20代からまるで時が止まったかのように、叔母の美貌には驚くほど変化がなかったのだ。
それに比べて、叔母と一つ違いの母は、年相応だった。
今でも美人の部類に入る母だが、年齢による劣化は、叔母と並んでみると一目瞭然だった。
どうして、叔母はいつまでたっても年をとらないんだろう、と私は不思議に思うとともに、そんな叔母が誇らしかった。
だから、彼氏ができた時は、真っ先に叔母に会わせて、自慢したかった。
叔母の美貌に感嘆する彼を見て、私は得意にすら思っていた。
叔母の年齢を聞くと、誰だって驚く。
当時の私は愚かにも、自分の彼氏が叔母に心奪われることに気が付いていなかった。
いくら美しくても、年の差があると、高をくくっていたのが間違いだった。
叔母の家で、彼氏と叔母の密会の現場に遭遇した私は、泣きながら家に帰った。
部屋で泣きじゃくる私を心配して何事かと尋ねる母に、事の顛末を話してしまった。
話を聞いた母は、血相を変え、家を飛び出していった。
母のただならぬ様子に驚いた私は、急いで後を追った。
母は、叔母の家に乗り込んで、大声で怒鳴りつけた。
そんな母を見るのは初めてだった。
「姉さん、落ち着いて!そんな危ないもの振り回さないで…」
「あんたという子は…私の夫だけでなく、娘の男にまで手を出すんだね!」
「違うの、紗理奈の彼氏は、むこうから、迫ってきたの!本当よ」
叔母は、2階の寝室まで逃げて、母にじりじりと追い詰められていた。
部屋には、叔母の肖像画が飾られていた。
母は、包丁を振り下ろした。
すんでのところで、叔母は身をかわし、包丁は、肖像画に突き刺さった。
叔母は、悲鳴を上げた。
叔母の頬は無残にも裂け、血がどくどくと噴き出していた。
見ると、肖像画の叔母の頬に刺さったのと同じ位置だった。
それを見た母は、思い切り肖像画の叔母の顔を滅茶苦茶に切りつけた。
「やめて…やめ」
叔母は顔中血だらけになって、倒れ込んだ。
肖像画の美しい叔母の顔は、本物の叔母の顔と同じくらい切りつけられ、目も当てられないほど
ずたずたであった。
私は、薄汚い絵画を、呆然と、しかし冷めた目で見つめていた。
オスカーワイルドの「ドリアングレイの肖像」のオマージュです^^