表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

叔母の肖像

作者: 橘 蜜柑

私には、叔母が一人いる。母の妹の沙織叔母様だ。

私は、小さい時から、この若く美しい叔母が大好きだった。

「叔母ちゃまは、すごく綺麗なのにどうして結婚しないの?」と、小学生だった私が、今思うと失礼な問いかけをしたことがある。


「それはね、すごく好きな人がいるけど、結婚できないからよ」

二人だけの秘密ね、と叔母は唇に人差し指を当てて、いたずらっ子のように微笑んでみせた。

そうなんだ、と幼い私はこくんと頷いた。


ある日、叔母の家に遊びに行くと、一枚の肖像画が飾られていた。

美しい叔母の肖像画だった。

「わあ素敵。叔母ちゃまにそっくり」私は感嘆の声をあげた。

「ふふ、いいでしょう。美大に通うボーイフレンドがね、描いてくれたの」

それは、叔母の魅力を最大限に再現した、とても美しい肖像画だった。

「こうしてね、一番若くて綺麗だった時代を思い出に残しておこうと思って」

そのころの叔母は、20代半ば、花も美しい盛りの年頃だったと思う。

叔母ちゃまでも、いつかは年とっていくのかな、と子供ながらに、漠然とした哀しみを感じたものの、想像もできないなと思ったものだった。


ところが、信じられないことに、私が大学生になっても、社会人になっても、叔母は、いつまでたっても若く美しいままだった。

一緒に外出すると、必ず年の近い姉妹と間違えられた。

今時の言葉でいうと、まさに美魔女だ。



しかし、エステや施術、涙ぐましい努力で老化を遅らせるというレベルではなかった。

しわやしみ、たるみのひとつもない、瑞々しい弾力のある肌。

長いまつげに縁どられた大きな瞳、すっとした鼻梁、さくらんぼのようにぷるんとした可愛い唇。

細身ながらたわわに実った胸に、きゅっとくびれた腰、つんと上向きの尻。

20代からまるで時が止まったかのように、叔母の美貌には驚くほど変化がなかったのだ。


それに比べて、叔母と一つ違いの母は、年相応だった。

今でも美人の部類に入る母だが、年齢による劣化は、叔母と並んでみると一目瞭然だった。

どうして、叔母はいつまでたっても年をとらないんだろう、と私は不思議に思うとともに、そんな叔母が誇らしかった。


だから、彼氏ができた時は、真っ先に叔母に会わせて、自慢したかった。

叔母の美貌に感嘆する彼を見て、私は得意にすら思っていた。

叔母の年齢を聞くと、誰だって驚く。

当時の私は愚かにも、自分の彼氏が叔母に心奪われることに気が付いていなかった。

いくら美しくても、年の差があると、高をくくっていたのが間違いだった。


叔母の家で、彼氏と叔母の密会の現場に遭遇した私は、泣きながら家に帰った。

部屋で泣きじゃくる私を心配して何事かと尋ねる母に、事の顛末を話してしまった。

話を聞いた母は、血相を変え、家を飛び出していった。


母のただならぬ様子に驚いた私は、急いで後を追った。

母は、叔母の家に乗り込んで、大声で怒鳴りつけた。

そんな母を見るのは初めてだった。


「姉さん、落ち着いて!そんな危ないもの振り回さないで…」

「あんたという子は…私の夫だけでなく、娘の男にまで手を出すんだね!」

「違うの、紗理奈の彼氏は、むこうから、迫ってきたの!本当よ」


叔母は、2階の寝室まで逃げて、母にじりじりと追い詰められていた。

部屋には、叔母の肖像画が飾られていた。

母は、包丁を振り下ろした。

すんでのところで、叔母は身をかわし、包丁は、肖像画に突き刺さった。


叔母は、悲鳴を上げた。

叔母の頬は無残にも裂け、血がどくどくと噴き出していた。

見ると、肖像画の叔母の頬に刺さったのと同じ位置だった。

それを見た母は、思い切り肖像画の叔母の顔を滅茶苦茶に切りつけた。


「やめて…やめ」

叔母は顔中血だらけになって、倒れ込んだ。

肖像画の美しい叔母の顔は、本物の叔母の顔と同じくらい切りつけられ、目も当てられないほど

ずたずたであった。

私は、薄汚い絵画を、呆然と、しかし冷めた目で見つめていた。


オスカーワイルドの「ドリアングレイの肖像」のオマージュです^^

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ