卒業式の赤い花束
卒業シーズン。
ネットニュースのほのぼのとした胸キュンストーリーから発想して書いてみました。
いつもの道路が渋滞していた。
少し考えた後、抜け道を選ぶ。
ただその道は高校の通学路にあたり、通学の自転車がそこそこ走っている。
出来れば通りたくなかったが、背に腹は代えられなかった。
時間に余裕を持っているものの、微妙な時間になっている。
抜け道も、しかし混んでいた。
だが、自転車が少ない。
何故だろう?
その高校に近づくとその理由が判った。
その男子高校は、今日卒業式だった。
そしてこの道が混んでいた理由も同時に判明した。
校門近くで停車して、その高校の学生が降りていく。
保護者が送り届けているのだろう。
とはいえ、その保護者の車も極力他の自動車に配慮しているようで、大通りよりはスムーズに進んで、約束の時間に間に合うことが出来た。
仕事は今度の企画の打ち合わせのみだったのですぐ終わった。
あとは今日の打ち合わせをスケジュールに落とし込み、作業に移る。
今日は自分の事務所にしているマンションに向かう。
この道は卒業式中の男子高校がある朝通ってきた道だ。
朝のような混み方はしていないが、それでもそこそこ混んでいた。
今の時間なら卒業式の真っ最中なのだろう。
近場のコインパーキングはどこもいっぱいだった。
男子高校だと、あんまり華がないよな。
そんなことを考えてその男子高校の校門を見た。
そこに一人の少女が立っているのが見えた。
その高校の卒業式を示す大きな立て看板の横に、肩くらいまでの黒髪の少女。
ブレザー姿のその装いは、明らかに女子高校生と思われた。
胸に花束を大事そうに持っている。
男子高校の卒業式に花束を持った女子高生が校門に立っている。
絵になるなあ。
車が進みだし、その光景を後にした。
さて、と思った。
自分の事務所に帰ってきてコーヒーを淹れ、ひと心地ついた。
仕事を始める前に、先ほどの光景がよみがえってきた。
あの女子高生は、どういう想いであそこに立っていたのだろう?
当然ながら、あの高校とは関係ないだろう。
簡単に考えれば、卒業する憧れの男子を待っているという事だろうか。
それとも恋人?
あの雰囲気だと、他校にも人気のイケメンという訳ではなく、彼女個人の感情なんだろうな。
自分が共学出身だから、そんな光景は見たことがない。
卒業式では定番のボタン争奪戦や、校舎裏での告白なってイベントもあったらしいが、自分にはとんと縁がなかったなあ。
もう卒業式も終わった頃だろうか?
彼女は想い人に逢えただろうか?
出てきた男の子は、あの娘を見て、どう思うのだろう?
疲れ気味の心が少し、温かくなるような、幸せな気持ちが込み上げてきた。
この光景の甘酸っぱい青春を誰かに話したいな。
そう思い、スマホを取り出して、SNSを立ち上げた。
「本日10時30分頃、卒業式の執り行われていた高校で、卒業生の高校3年生、田中章君が校門で女子高生の格好をし、花束を抱えた女に包丁で刺されました。田中君はすぐに病院に運ばれ治療を行われていますが、意識不明の重体です。女は花束で隠してあった包丁で田中君の胸を突き刺した模様です。女はすぐに高校の警備員に取り押さえられました。
犯行の一部始終を見ていた卒業生の保護者の証言です。」
「最初、可愛らしい制服を着た女の子が、卒業した男の子を見つけて、嬉しそうに校門から花束を抱えて駆けてきたんですよ。うわあ~、青春だなあ、うちの息子にはありえないなあ。なんて見てたんですが…。急に日の光を反射するような、刃物がその花束から見えたかと思うと、そのままその男の子にぶつかっていったんです。暫くすると白かったはずの花が赤く染まっていって…。気付いたらその男の子がその赤い花束を抱えて、倒れていました。」
最期まで読んで頂きありがとうございました。
皆様が胸キュンするはずの内容が、何故私はこうひねくれて考えてしまうのでしょう。
少しでも、面白いと思っていただければ、幸いです。