霜干狩り
「おう海東、氷掘り行こうぜー」
終礼のチャイムが鳴るや否や、海東は真後ろの席に陣取る大花紅実に両肩を揉まれる。いつもの事ではあるが、勢いが異常なため海東は毎日この時間が少し苦手になりつつあった。
「ぉオーケー、氷像公園でいいっすかね」
「オーケィ! 今日荷物多いもんね、近場でいこういこーう」
地面を掘ると氷が出土する。そんな奇妙な事が起きるようになったのはいつからだったか。もう学者やコメンテーターなんかも話題に出さないくらいに当たり前になったこの現象は、初期こそ連日大騒ぎだったが、今となっては生活の一部になっていた。
何せその氷には、様々な内包物が時折含まれていたのだから。
「もうかき氷って季節は過ぎちゃったけどさ、この氷なんかやたらウマくね?」
それほど広くも無い公園には親子連れやお年寄り、ちびっこ集団がちらほらと見える。氷像公園と呼ばれるその理由である物体“凌雲閣”が、氷漬けになって公園の西側に聳えているのが大きすぎるシンボルだ。
「いや汚ないな、食べるにしてもきれいなの食えよ……去年の屋台のなら美味かったけど」
ざくざくと霜柱を踏みつぶすような音があちこちから聞こえる中、やはり二人も同様に土を掘り返す。今ではこの氷には価値が付いていて、物によるが業者に引き渡せばその日のご飯一食分くらいにはなる。夏はそのまま砕いてかき氷なり、普通の氷と同じように食べられもする。掘れても小さ過ぎて価値が付かなさそうな物は、さっきの大花がしたように、その場で軽く洗って食べたり埋め直されたりする。
「あー、あれかぁ。何かあれ成分分析したら八億年くらい前のだった、とか氷塊調査省が発表してなかったけ」
「マジかよ、八億年前の価値バグってるわ」
「百八十円でございまーす、っと。お、良いの出たかな」
大花の掘った穴には三十五センチメートル程の氷が半分程見えていた。白く濁った氷の中には、どうやら短く毛の生えた何かが内包されている。
「ちょ紅実、それ茶色じゃん、やばいの入ってない? 大丈夫?」
「いやこの大きさなら人は無いっしょ」
「それで干し首出たとかあるんですけど?」
「都市伝説を鵜呑みにするなよ、海東の将来が心配……てか大丈夫だわこれ、見てみ」
あからさまに嫌そうな顔をする海東に、大花は「ほれ」と肩を組むようにして視線を近づけさせる。友人を逃がそうとする気は微塵も無さそうだ。
「……なにこれ?」
「キウイ」
薄目にしていては見える物も見えないだろうが、この出土した氷というのはそれ程レパートリーに富んでいる。そして大花の言う「大丈夫」の信用度の低さも、中学の入学式から一緒につるむようになったこの一年強で、海東は嫌と言うまでは行かない程度に思い知っている。
「鳥の?」
そこまでは付き合わないぞ、という無言の圧力に負けて海東はしっかりと目を開いて見る事にした。そこには大花の言ったとおり、新鮮そうなキウイがいくつも固まって冷えていた。
「んー、三千円分くらいあるかねこれは、台車取ってくるからちょっと見ててー」
そう言ってさっさと走り去ってしまった背中を見送り、少し手持ち無沙汰になった海東は自分の掘っていた穴を見つめた。
掘っても掘っても掘り尽くす事はなく、翌日には同じ穴から別の物が何の脈絡も無く出てくる。こうして何も出てこない時もあるけれど、未だにこれがどういう風にそうなるのかは誰にも解っていない。ただ、この氷の中にはこうして価値のある何かが含まれている事もあり、腹が減ったら地面を掘れば餓死する事は無いとまで言われているくらいだ。
「本代くらいは稼ぎたかったなあ」
「んじゃまた明日来よっか」
「う、っお、びっくりさせんなよ、あと足早いっす」
へへっ、と笑う大花の手元を見ると千円札が四枚ひらひらとなびいている。
「公園の管理人さんがさ、そこに置いといて良いって。旗立てといたら業者が回収するってさ。あとこれ、はい」
ぐさりと地面にピンフラッグを差すと、千円札が一枚、海東の手に渡される。
「見立てより多く貰えましたので、おまけの分は海東にあげようじゃないか!」
にっこりと眩しい笑顔を向ける大花に驕りのような含みは全く無く、言葉通りの意味合いしかない。と言うよりこの世界には、もう紙幣は必要無くなって来ている。皆が土を掘り返して物々交換している有様だ、それで大体解決してしまうのだ。
だから、海東はこう言った。
「マジかよ、本代浮いたわ」
「えー、もっと可愛げ欲しいなあ、ほら笑ってみよーぜぃ?」
これが一番、大花と普通でいられる言葉だったから。
もちろん歯牙にもザルにもかからなかった物です。
物質の価値が激変している世界なので、その点から見ても氷河期かなあとキーボードを打ち込みながら思ってました。
こんな世界になったら私は生きていけないですね。
読んでいただきありがとうございました。