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神依る巫女の反逆 水穂国事変  作者: 白瀬あお
三章 其は何者ぞ
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一.

 ハルたちは山を下り、都へと続く大路に入った。

 大路の正式な名は「なかツ道」という。央ツ道の延びる先は水穂宮の正殿せいでんまで繋がっているからだ。国の中心を貫く道、という意味である。


 さすが中心を貫くというだけあって、これまでとは比べものにならない人通りである。


 曲島まがりのしまと上分を繋ぐ海沿いの道は主に神護り、あるいは荒ぶる神へ祈りを捧げる者が歩く巡礼の道。しかし央ツ道は、旅人や行商の者のほかにも流れの踊り手に唄謡うたい、役人に学者に武人とありとあらゆる者が通る、生活に密着した道だ。

 ひっきりなしにひとが行き来する。色とりどりの衣が目の前をひるがえり、話し声がさんざめく。


 賑やかなことこの上ない。ハルは目を白黒させた。


「この世とは思えんな」

「これでも、往時おうじの八割方ってところじゃないかな。水穂宮の普請ふしんも含めて、まだ復興途中だから」


 建て直しにいたった経緯を思い返し、ハルは顔をしかめる。


「つまり、巫女の代替わりが行われたから国が安定しているのだな」


 勝手知ったる場所だとばかり足早になったフユを追って、外門とつもんに近づくほど、その威容が目に刺さる。今にも天を突き破りそうで、見あげると首が攣りそうになる。


 五間三戸ごけんさんこ壮麗そうれいな二重門をくぐるため、きざはしを昇れば、門の脇に見事な体躯たいくの大男が左右に二名ずつ、四名控えている。警固けご使と呼ぶらしい。

 主に、大君の身辺と都の警護をつかさどる者で、都への出入りをあらためることもあるという。


「ハル、堂々と通って。やましいことはしてないでしょ?」

「それもそうだな」

「ただ、偉そうな言葉遣いだと目立つかな。新婚の夫婦らしく、俺を見ながらしとやかに歩いて」

「しとやかとはどんなものかよくわからんが、由良を見てもいいのか?」


 視線が強いと敵認定されると村で言われたところだ。あとから来た人々が門に吸いこまれるのを横目に見てから、ハルは由良に視線を戻してじっと見つめる。


「尋問を受けてる罪人になった気分なんだけど。やり直しね。俺の真似をして」


 由良が堪えきれないという風に噴きだしたあと、ふとやわらかな表情を浮かべた。そういう表情もできるのか、とハルは内心で驚く。

 ハルも真似をして口角を限界まで引き上げた。


「こうか?」

「やっぱりなにもしないで。ハルがなにかすると、かえって怪しまれる」


 失礼な、と思いながらハルは由良に続いて門をくぐった。 

夫婦らしく見えたからなのかは不明だが、ハルたちは警固使にとがめられもせず、すんなりと都に入ることができた。

 圧巻としか言いようがない。


 都はさまざまな道幅の大路と小路こうじによって碁盤ごばんの目状に区切られ、区画整理が行われている。道はき清められ、両脇に等間隔で植えられた木が目に鮮やかな緑の葉を広げていた。


 区画はひとつずつ築地塀ついじべいで囲われているため、塀の向こうにかろうじて家々の屋根が見える程度だ。その屋根だけを見ても、村で見た笠を被せたような円錐の形ではなく、頑丈な柱に支えられているのがわかる。


 夕餉ゆうげの支度中らしく、近くの家から香ばしい匂いが漂ってくる。ふと見れば、籠を背負ったまま大路で石を蹴って遊んでいた童が、母親に呼び戻されて家に入るところだった。お遣いの帰り道だったのかもしれない。いたって平和な光景であった。


 視線を戻せば、大門は豆粒のようにしか見えず、その奥の水穂宮に至ってはぐるりと囲まれた築地塀のおかげでちらとも見えない。

 勇壮ゆうそうで、美しい都だ。


「神護りの家はどこだ?」

「この大路のほぼ突き当たりってとこかな。ひたすらまっすぐ行けばいい」

「簡単だな。しかしここからではさっぱり見えん」

「外門からじゃ、徒歩で四半刻はかかるからね」


 最終的に目指すべきはそこか、とハルは気を引き締めた。とはいえまずは神護りについての情報を集め、並行して君代から聞いた人物を探す。


「聞いた話では、庶民の家の並ぶ区画に住んでるみたいだったね」

「ふむ。娘のほうは私と背格好が似てるらしい。といっても、だいぶ昔のことだから当てにはならんな。一軒ずつ訪ねるか」


 少しの休憩も惜しい。ハルたちはまず手近な場所から、と築地塀を持つ門をくぐり、家の者に尋ねて回る。ハルとおなじ年頃の娘はいるか、いればさらに君代という女を知っているか、名波なはの山裾の村に行ったことはあるか。いない場合は、近くにそのような娘がいないか。


 不審がられては元も子もないので、神護りの単語は出さない。ハルたちは君代からの言伝ことづてがあるのだと出まかせを言っては、親子を探す。しかしそう簡単に見つかるわけもなかった。

 そうこうするうちに、夜も深くなってくる。もうすぐ春がくるという季節、月が姿を現し星がまたたくのは早い。手燭てしょくなしでは足下がおぼつかなくなってくる。


 しかしそれよりもハルには気になることがあった。


「小袖は動きにくくてかなわん。袴がほしい」


 何度か行商の女とすれ違ったが、彼女たちはいずれも小袖に袴を穿いていた。それも、裾を足首で絞り、動きやすいようにしているのだ。

 村で舞を捧げたときも、山で小刀を片手に稽古をしたときも、小袖では足の動きに制限がかかって動きにくくてしかたがなかった。


 今も、歩き回るのに小袖では足が開かず、不便でたまらない。


「続きは、袴を手に入れてからにする」

「ま、日も暮れたしちょうどいいかもね。腹も減ったし」

「そうだ、食事は袴より大事だ」


 ちりひとつ見られない小路を引き返して大路に戻る。人通りの少なくなった大路で、さてどこで食事にしようかと思案する。そのとき、ひとりの女がハルたちの脇を通り過ぎようとして転んだ。


「ったあ……! あああ! 嘘、待って」


 派手な物音と、女の情けない悲鳴にぎょっとして見ると、丸めた餅が大路にぶちまけられている。女が背負っていた籠から落ちたらしい。ハルは自分の元に転がってきた餅を拾いあげた。炙ったらうまいやつだ。ごくりと唾をのみこみ、さらに拾っては息を吹きかけて砂を落とす。


「おい、これ。怪我はなかったか?」


 ハルは、両手に拾えるだけ拾った餅を地面にへたりこんだ女に差しだした。女がびっくりした顔を浮かべたかと思うと、やにわにハルの両手を握りしめた。


「なんて男前なお姉さん! このわたしの胸が、ずきゅんときたわ!」

「んあ? なんだ?」


 迫る女の顔に驚いてのけぞると、さらに女がハルを覗きこんでくる。


「あら、お姉さんではなさそうね? わたしとおなじくらいかしら」

「おい、手を放せ。餅がまた落ちたぞ」

「あああっ」


 ぱっと手を放した女が慌てて餅を拾いあげる。まんまるの大きな目が、あちらこちらに忙しなく移動する。一見した感じでは落ち着きのなさそうな女、という印象だ。

 耳の横でひとつに縛った髪が、女が左右を見るたびになびく。前髪は眉の上で切りそろえられていた。


「ハルと背格好が似てるんじゃない?」


 由良に耳打ちされ、ハルは女を改めて見つめる。そうかもしれない。背丈はほぼおなじだろう。女のほうが全体的にふっくらしているものの、体つきは似ている。


「嘘、男前なお兄さんまで! これは瑞兆ずいちょう……!」

「転んだのにか。おい、血が出てるぞ。これをやろう」


 ひとり興奮冷めやらぬ状態の女に、ハルは懐から出した薬を渡す。すると女の顔が変わった。


「ねえ、あなたもしかして名波のほうから来たの? これ、君代さんの薬よね? 懐かしい!」


 ハルは由良と顔を見合わせた。

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