デモニルスの手記
後世への異種族研究の為に、私はこれを書き留めておくつもりである。
尤も、その“後世”がいつまで続くかは存ぜぬのだが。
それは私が、婚約者―――フォルリと共にサルベゴの広場跡を歩いている時の事だった。
サルベゴの広場跡は、とても広く緑豊かな場所で、辺り一面はまさしく雑草花の万華鏡といった様子。
広場跡の中心にある、崩れ壊された井戸の跡は苔が鬱蒼と蒸しており、それがまた万華鏡の片隅に彩を与える良き小道具となっていた。
私と、フォルリの二人きりで歩いている時には空は澄み渡っており、白鳥が何羽ばかりか飛び立っていたことも鮮明に覚えている。
周りを見渡せば、赤茶けたガレキを隠すかのように、井戸と同様の苔が生えており、苔を下地として何本かの植物の蔓が伸びていた。
散歩中に教わったことなのだが、サルベゴという名は、かつてこの広場跡が広場だった頃に居た少女の名が取られているという事をフォルリから聞いた。
曰く、サルベゴという少女はとても美しい、誰もが魅了されるような太陽の輝きに満ちた髪と、深海を宿したかのような深い瞳の色をもった絶世の美少女で、その頬は熟れた桃すら霞んだという。
そして広場には、古くからの言い伝えがあり、井戸の中には人ならざるものが潜んでおり、夜になると多くの広場の人々が井戸の中に引きずり込まれたと言われている。
サルベゴが15歳になった、ある日広場の人々から一斉に求婚を受けることになった。
ある相手は一国の領主。
またある相手は名のある詩人、騎士、単なる農夫も神父も居た。
求婚に嫌気がさし、広場の家に帰ると両親から、一か月以内に求婚を受ける相手を決めよと言われたサルベゴは――――その身を、井戸に投げた。
それ以来、広場は紛争に巻き込まれたり、災害に見舞われる等の災いが降りかかった。
この話から、広場跡とその地域周辺では、万国共通として14歳からの婚姻を善しとする風潮に流されず、例外的に伝統文化として15歳の少女にだけは結婚してはいけないという法律ができたのだという。
そして、広場の名に少女の名を与える事で、広場に集まる人々の過去を戒めるのだ、と我が婚約者はいった。
ここまで聞けばただのおとぎ話、あるいはある種の閉鎖的な集落の、少女崇拝から生まれた訓戒ほら話だろうと思ってしかたなかった私は、二人でベンチに座り談笑がてらフォルリに訊ねてみたのだ。
「ならば、その井戸の怪物はどこにいるのだろうか」と。
彼女は「きっと今も井戸の中で、サルベゴと一緒に寝ていたりしてね」と無邪気に笑って返した。
「ああ、違いないな」
笑いベンチから立ち上がって、私は目の前に見える崩れた井戸の中を覗いてみた。
井戸の中は、暗く、闇と伸び放題になった植物が延々と続くばかり。
後ろを振り向き、私は微笑むフォルリに、子供の様に両腕を広げ、歯を見せておどけ跳ねてみた。
私が跳ねるたびに、フォルリは笑うので、つい嬉しくなって片足を上げたのも束の間――。
私は、足を滑らせて井戸の中へ落ちていった。
井戸は意外にも狭く、咄嗟に両手足を伸ばして端に掴みかかると、すぐに私の体は降下を止め、その場にとどまった。
しばらくとどまっていると、上から、心配そうにフォルリが覗いてきていた。
「大丈夫だよ、いささかふざけすぎたらしい。これも怪物の祟りだったりしてな」
井戸の中で、声を響かせる。
少しずつ、上へ這い上がり、体勢を整えるためにも一旦、足元を下へやると――硬い感触が私の足裏に伝った。
私が上から落ちていってから、そう時間は経っていないはずであるのにも関わらず。
何せ、大昔の井戸だったものだ。
恐らく長い年月をかけ、地震や戦火によって井戸の壁をなしていたものがガレキとなって積み上がり、私の身を闇からすくったのだろう。
そう思うこととし、私は両足をゆっくりと下ろす。
すると――言い伝えが脳裏によぎる。
この井戸には、怪物が居た。
そして、広場の名となる少女は、怪物の居る井戸に身を投げ消えた。
私は、じっくりと地面を見つめていく。
地面は、上からの光によって薄く照らされており、見る限りではやはり私の推察通り、苔蒸したガレキが山積みになっていた。
更に私は小さなガレキを一つずつ退かしていき、ガレキの一つ一つの裏も観察した。
ガレキの裏には、驚くべきことに――小さなひっかき傷のようなものが所々に認められたし、中には人骨を思わせる粉末にまみれた謎の破片が、ガレキの溝の隙間に挟まっていた。
私の脳内に、言い伝えに対して驚嘆すべき現実味を帯びてきた瞬間である。
さらにガレキをどかし、掘り進めて行くと、今度は小さな折れた白いとげのようなものが見つかった。
それに準じ、似通った白い謎の物体は、私が掘り進むごとにどんどんと発掘されていく。
さも、私に“古き真実へ挑め”と挑発せんかのように。
私は、妄想での声と今まさに起きている事実に、行動で以て受けて立つことにした。
無我夢中で掘り進めて行くと、やがて私の手は泥水にまみれてくる。
それは、ここがやはり井戸として機能していたのだという事実を如実に私へ語っていた。
泥水をかき分け、大小のガレキをどかし、とうとう過去の遺物と思しきものは、くずのような白い何かの破片しか見つからなくなっていった。
ふと上を見上げると、井戸の縁に座ったフォルリが、退屈げに背中を向け、私の居る場所に影を作っていた。
「まだ気になるものが見つからないの?」
私にかけた言葉からして、どうやら私の様子に感づいていたようだった。
幼稚にも、他者の心配よりも自分の好奇心を優先したことに申し訳なさを抱きつつも、私はすぐに呼びかける。
「もう少し待ってくれないかな」
笑って言うと、私は再び泥水の中を漁り始めた。
如何に稚拙な行動であるかは、自覚しているが――気になって仕方なかったのである。
泥水の泥の塩梅に、重みが無くなっていき、私の触っているものがほぼ――黒い水と呼べるようになったころ。
私の足に、何かが絡みついた。
水藻にでも絡まれたか、と思い私はその場で軽く念じた。
水の魔術を行使し、水を一時的に浮かばせるつもりである。
やがて私の魔力に呼応し、井戸の中の水分は球体となって浮かんでいった。
その様を見届け、足元を見ると――。
私の足は、水藻に絡まれたり、ぬかるみに捕まったのでもなく――割れた人骨から伸びた、長い髪の毛に絡まれていた。
足を引き上げると、髪の毛は粘り強く私の足にかかり、髪の毛と共に、痛々しく崩壊しかかった頭蓋骨が浮かび上がる。
その頭蓋骨の先から伸びる脊髄は、首に当たる部分で途切れており、惨澹たる持ち主の末路を想像させられた。
それは古代への、否――封印されたものへの挑戦にまとわりつく、影。
未知なる神秘への挑戦には、古代への冒涜が付随するやもしれぬという事を――私の身に、恐怖の念と共に思い知らされた。
私は絶叫と共に頭蓋骨を蹴り飛ばし、上へ這い上がっていった。
ガレキを踏み抜き、植物の蔓という蔓を引きちぎらんばかりに掴み――魔術を発動させる間もなく、私はフォルリの元へ戻った。
絶叫の原因について、後にフォルリに訊ねられたが私はなんのことない、忘れ物をした事に気付いたという事だけを告げ、二人で屋敷へ帰っていった。
左手の重い違和感に気が付いたのは、屋敷の門へ向かう瞬間。
そっと、左手をみるとそこに握られていたのは、古い石板だった。
石板は、古代ゴルレアス語――丁度、サルベゴ広場跡周辺で100年程前に使われていた言語で、文字の羅列らしきものがつづられている。
2日後、私は魔術師としての仕事の休暇をもらっていた、私の友人の言語学者に解読を仰いでみた。
解読報告を聞いたのは、彼の家に訊ねたその日の内である。
そして、古めかしい石板は百年前の古文書だという事を聞いた。
その古文書たる石板は、地上では見られない全くもって未知の鉱物で出来ている、という。
しかし、内容は現代に通用しうるものだった。
私は、すぐさま翻訳された文章を書き映し、私と同じ王宮魔術師達の前で論文として発表した。
その内容とは、能力測定に関する記述である。
原文に乗っ取り、私はこの能力の測定概念を“脅威度”“総合脅威度”とした。
総合脅威度とは、能力の総合的な値。
脅威度とは、総合脅威度を示す為の参考になる、分野ごとの値。
脅威度、総合脅威度はともに表記はZ~Aの順に高く、それに数字が着く場合には1から3の順に高いものだという。
私が実際に、原典に忠実に見たものと、原典のままに表記した総合脅威の例が以下の通りである。
Z~X1が人間の子供並み。
W~N3が一般人の平均的脅威度。
I~E3は低級または上級魔術師、騎士・傭兵並みの力。
D~D3は1時間で素手による複数人のバラバラ殺人が可能なレベル。なお、2からは辺境の小さな農村への襲撃・壊滅が可能。主に一般魔族や大天使が該当するらしい。
C~C3は一時間で町の制圧が可能なレベル。なお、2からは都会の町への打撃を与え、壊滅が可能となる。3は小国を蹂躙できるが、制圧は難しい。主に中流魔族や智天使が該当するという。
B~B3は1時間で国の征服が可能なレベル。1は小国、2からは中小国家、3は大国を征服できる。 主に熾天使や上級魔族が該当するらしい。
A~A3は1時間で世界そのものを崩壊させることができるレベル。これらを超えうる事は実質的に不可能。主に魔王の器や天界の神々が該当する。A2、A3の者達の力は未確認だが、A以上という事は確認されている、と。
原典に因れば、一分野が高くともそれらの脅威度を総合的に見た結果によって総合脅威度が決められるため、総合脅威度の高い者は各分野の値も高い傾向にあるらしい。
測定される脅威度の分野は主に7つ、だが内6つが公の知識として採用される事だろう。
脚力、腕力などの戦闘や単純な力は“物理力”と表記される。
肉体の頑強さ、頑丈さは“肉体”。
あらゆる学問への知識は“知識”。
地頭の回転力や弁舌の上手さは“知恵”と。
瞬時に行動し、問題へ対処する能力。スピードは“瞬発力”。
保有する魔力の量と質を総合した値“魔力”。
最後の値は、完全に人外共の何らかの選考基準に使われる値だろうが、一応綴っておくこととする。
肉体の再生、自然治癒力。およびその速度は“再生力”と示されるらしい。
これは、完全な私の個人的な予想だが、これによって魔術師の有能度合いを見ることみならず、後進の騎士の採用基準にも必ずや影響されるだろう。
私自身の能力も古文書に記された、測定魔術で測ってもらったが、恥ずかしながら結果は周囲の皆を驚かせるものになってしまった。
物理力はW3、肉体はI2、知識はA、知恵A3、瞬発力はE2。
そして――魔力はA。
これらの値以上の王宮魔術師は、私の他に現れる事はなかった。
かくして、私はこの手記をつづる今に至るまで、全人類からの羨望と栄光を享受することになるきっかけを二つも生まれた。
だが、依然として私の胸にあるのは、これからの隆盛が確約された未来への期待感でも、それによる安泰が末代まで続くであろうという安心感でもなかった。
あの古文書は、一体何故、何のために作られたのか?
井戸の中にあったあの頭骨は、私に何を伝えたかったのか?
そして――“井戸の中の怪物”という伝説と、この古文書に何の接点があるのか?
寝室に入るとき、私の瞼に今も居座るのだ。
これらの謎と、言いようのない不安感が。




