クリスマス・プレゼント
*このお話はフィクションです。
「クリスマス・プレゼント」
鹿児島中央駅前のアミュ広場のクリスマスツリーの設営が、今年も始まった。
錦江電気工事有限会社で、働く島村大空は、入社五年目の23歳だ。
親父さんと慕う、会社社長とふたり、ユニックトラックのゴンドラに載って作業をする。
最近は、電球ではなくて青色LEDを、もみの木を模した閉じたパラソル型の、10メートル高のプラスチックの張りぼてに被せていく。
電源コードが網の目状になっていて、その線上に青色LEDがくっついているから、「被せる」という表現が合う。
「おい、あの娘、また来てるぞ」親父さんが、大空がゴンドラから降りるなり、耳元で囁く。
見れば、確かにいつもの彼女だ。
肩までのストレートのヘアスタイルに遠目でもわかる、クッキリ、二重瞼の真面目そうな娘だった。
歳の頃は、大空と変わらなく見えた。
「来週から点灯するって、教えてあげろよ」親父さんが、大空の背中を押す。
「えっ、な、なんで俺なんすか?」
「彼女、いないんだろ?寂しいクリスマスをすごしたくないんだろ?」親父さんは、笑っているけれど、目は真剣に心配している。
「嫁は早くもらった方がいい」
それが、親父さんの口癖だ。
スポーツ選手でもあるまいものをと、大空は思うけれど、確かに、ひとりでアパートで、ショートケーキをついばむ自分の姿を想像すると、わびしい。
言われたから言いに来ましたと、自分自身に言い聞かせながら大空は、彼女に近付く。
すると、彼女は、それに気づいたのか、うつ向いて階段を上がって駅構内に、消えた。
「なんだよ、ちぇっ」大空は舌打ちして、振り返ると親父さんが、両の手のひらを上に向けて変なアメリカ人になっていた。
「オーマイゴッド」
大空は苦笑いで、首を傾げた。
岡田美海は、隼人町方面に向かう電車に乗りながら、彼のことを思い出していた。
この時期になると、思い出す。
美海は、仕事で忙しい彼のために、クリスマスツリーが、出来上がるまでを、スマホの写真で撮っていた。そして、彼に送信。
「アミュで、クリスマスツリーが綺麗なんだってさ。点灯したら見に行こう」そう彼が言っていたから。
そう言っていた彼は、クリスマスイヴの日に事故で、呆気なく死んでしまった。
だから、去年と違うのは、写真を送る相手が、いないことだった。
繰り返しても、哀しみが待っているだけなのに、わかっていても、足が向いてしまう。
突然の死は、受け入れるのに時間がかかるようだ。
「今日も来てる」大空は仕事の後片付けをしながら、チラチラと彼女の方を盗み見る。スマホで写真を撮っている。きっと彼氏か友達に送るんだろうと、思っていた。
彼氏か・・・。大空は自分でそう考えて、長いため息をついた。
まだクリスマスには、ひと月もあるのに、サンタクロースの格好をしたコンパニオンやアルバイトが、店の宣伝チラシやティッシュや、子供たちにはあめ玉を配っていた。
そのひとりが、岡田美海に近づいて、
「彼氏に会いたいか?」と、訊ねた。
「えっ?」美海は、訊かれて怖くなり、怪訝な顔で、その場を離れようとした。すると、サンタクロースは、
「クリスマスの日に、ここに来れば、彼に会えるよ。そして、約束をする。一日一緒にいたら、もう新しい恋の始まりだ」と、言って踵を返した。
なんなのよと、気味悪がる、美海。
それを見ていて、何だったんだろうと訝る、大空。
クリスマスイヴに、岡田美海は、自宅にいた。
インフルエンザだった。
もう大丈夫だと言うけれど、会社も出社拒否だし、親も、治りかけが一番危ないんだと、譲らない。
美海は、あのサンタクロースの言葉が気になっていたのだ。
点灯してひと月も経つと、不具合も出てくる。
クリスマスツリーは、外にあるから、風の影響も受けるし、ツリーのまわりも乱れてくる。
明日は、クリスマス当日だ。
親父さんと島村大空は、仕事ではなく、普段着で見に来ていた。
「綺麗っすね」大空が言うと、
「男ふたりで見るのも、悪くない」と、親父さんが笑う。
親父さんが、独り身の大空を、呑みに誘ったのだった。
「どれ、行くか。いつまで見てたって、俺たちの間には、恋は芽生えないからな」と、また高笑う。
やめてくださいよと、大空は苦笑いをしながら、歩き出す。天文館の居酒屋までは遠いなと思いながら、路面電車の停車場に、向かう。その時、
「あっ、バチバチいってる!」と、声がした。
振り返ると、クリスマスツリーのてっぺんから、煙が出ている。
「おっ、なんだなんだ?」オヤジさんも気付いたようで、あと戻る。
近くのお店から、脚立を借りると、親父さんに押さえてもらって、大空が軽々と駆け上がる。
「断線してますね」そこに大きな埃が絡んで、燃える寸前だとも、告げる。
大空は、手のひらで、その箇所を叩くと、
「大丈夫です」と、周りの人々にも聞こえるように、大きな声で伝える。
そして、降りようとしたときだった。
桜島の灰が、目に入った。
痛みが走る。
足が宙を踏む。
アッと思うまもなく身体は重力に、捕まれた。
病気だからだろう。
あんな戯言が気になるなんて。
岡田美海は、深夜11時には、こっそりと家を、脱出した。
サンタクロースは、クリスマスに来いと言った。
コンパニオンやアルバイトとは違う、そのサンタクロースの低く心を穿つ言葉が、脳裏に残っていた。親は眠っていた。静かに、鉄扉を閉める。コンクリートの公団住宅の階段を、音をたてないように、降りる。
電車に乗る。帰りの終電には、間に合うだろう。
楽観的に考える。
田舎の終電は、早い。
鹿児島中央駅は、深夜でも少なからず人がいた。
美海は、駅構内から階段を降り、アミュ広場に向かう途中で、クリスマスツリーを見る。
青色LEDが灯された、10メートルのパラソルは、少ない観客の前で、惜しみ無く煌々と輝いていた。
近付く、美海。それと同時に、「危ないっ」の、叫び声。
美海は、左右を見る。周りはみんな、上を向いていた。
見上げると、大空が落ちてきた。
「大丈夫ですか?」そうではないと思いながらも、美海は、訊いてみる。
「大丈夫です、・・・ではないです。君って、いつもここに来てた、こ?」
大空の言葉に、
「は、はい。あぁ、このツリーの人?」と、思い出す。
「ねぇ、こんなんだけど、お友だちに
なってくれませんか?いや、明日のクリスマスだけでもいいから、一緒に居てくれませんか?そうしてもらうと、親父さんが安心してくれるんです」大空は、言葉より、吐く息の方が、多目に喋る。
そんな島村大空に、岡田美海は、言った。
「一日だけなら」
おわり