第4話 どうやら、準備は完了のようです。
「これでよし」
最後の荷物を段ボールに入れ終わり、安堵の息が漏れた。
「案外広かったんだな」
自分の部屋を見渡しながら、しみじみとそう思った。
その時、床に置いていたスマホが、ピコン!と軽快な電子音を鳴らした。
獅郎からのメッセージだ。
『今日、ピオネロ出来るか?』
ここでいうピオネロとは、ピオネロオンラインのことで。数ヶ月前に発売された、VRMMO のことだ。発売された日からしばらくして買いやり始めたのだが、ピアネロはどうやら難しいらしく、プレイヤー間に大きな差はない。
俺と獅郎がハマってるゲームだ。
『今日は、出来そうにないな。明日引越し業者が来るから、作業中だ』
『そうか……なら明日は出来るか?』
「明日は正午近くに搬入し終わって、荷解き作業するからな…わからん」
『おっ!なら俺が手伝ってやるよ!』
『えー、お前来ると作業終わんなくなりそう』
『何言ってんだ。この俺様がいれば、ちょちょいのちょいだぜ』
『まあいいか。後で住所送るよ』
『わかった。ピオネロはレンとやってるわ』
レンとは、パーティーメンバーのことだ。女の子で俺たちと同じ時期に始めた子で、彼女曰く、俺たちより一個上の高校二年生だそうだ。
『先に、進めすぎんなよ』
『奏太のこと置いていくわ』
『それはないなw』
『確かに。じゃあな。作業頑張!』
『ああ、また明日』
そこてメッセージは途切れる。
さて、残りの作業も頑張るか。
十三時近く。
「それでは、失礼いたします」
荷物の搬入が終わり引っ越し業者が去っていく。
部屋にあるのは、たくさんの段ボールと家具。そして俺と父と母。
今回俺の住む部屋は、マンションの七階の角部屋で1LDK。一人暮らしにとってはなかなかの物件になる。
マンションから学校は近く。今まで家から通っていたことを考えると、相当近くなった。
セキュリティ万全。交通の便も良い。
その分家賃も結構するのだが。
「本当に、こんな所に住んでいいのか?結構立派だぞ」
「子供が何遠慮してる。気にせず思う存分使えばいいさ」
隣な立つ父が豪快に言ってきた。
家賃も払わなくていい。そのうえ、仕送りもしてくれるそうだ。両親共々仕事で忙しくお金に余裕があるそうだが、本当にいいのだろうか。
資金管理と家事はしっかりやろうと心に決めた。
「そーちゃん、それよりもお隣に挨拶していらっしゃい」
母が紙袋を渡してきた。
「父さんと穂波は荷解きしておくから、奏太はしっかりと挨拶してきなさい」
「うふふ。ゆーさん頑張りましょう」
「そうだな。穂波」
あの。ここ、俺の部屋なのでラブラブしないでください。
この人たちはほっといて、お隣に挨拶してこよう。初めが肝心だからしっかりしないと。
部屋を出ると、涼しげな風が肌を撫でた。夏は始まっているのに、まだ寒さが残る。出来る限り早めに終わらせよう。
インターホンを鳴らす。
が、応答はなかった。
念のためにもう一度押したが、結果は変わらなかった。
「いなかった。後で渡すよ」
俺も荷物整理を始めようと、段ボールに手を伸ばした時だった。部屋の中の、受話器が鳴った。
出ると、獅郎だった。
「開けてくれー」
解錠して、獅郎を呼び出す。
「獅郎が手伝いに来た」
「しーちゃんが遊びに来るのは久しぶりね」
母が微笑みながら言った。
小学生の頃はよく遊んでいたが、フルダイブVRを買ってからはゲームの世界で会えるため、友達の家で遊ぶ機会は減ってしまった。
「食器はこの戸棚に入れておくわね」
「タオルはこっちにまとめておくぞ」
父と母は手馴れた手つきで荷解きを行っていく。
この調子だとすぐに終わるだろう。
―――ピンポーン!
インターホンが鳴り、獅郎が進入してきた。
「おいっす!」
「おっす。今日は我のため、労働従士ごくろう」
「言い方よ。あ、お久しぶりです。穂波さん由弦さん」
何を入れているのかは知らないが、レジ袋を手にした獅郎は片手をあげ、両親ににこやかに挨拶をした。
「久しぶりだな。大きくなって」
「本当に久しぶりね。見ない間に男前になったわね」
「いやいや全然ですよ。まだまだっす。…それと、奏太。これお祝い」
気になっていたビニール袋を差し出してきた。
俺は小さなダンボールを持ちながら尋ねた。
「何もってきたんだ?」
「じゃじゃーんっ!エロ本だ!」
段ボールを落とした。
―――あぁぁぁっっ小指がぁぁ!
「貴様!親の前でなんてもん見せてんだ!」
「アハハハハ!予想通りの反応だぜ」
まずい。親に何て説明を。
「わぁ〜。そうちゃんもそんな歳になったのね」
「どれどれ……」
父さんと母さん。めっちゃ食いついてる!
「あらあら。そうちゃんは、同級生巨乳ものが好きなのね」
「最近では、後輩ものも好きですね。奏太は」
「嘘つくな!エロ本読んだことなんてないぞ!親に変なこと吹き込むなよ‼︎」
「男子高校生なら普通だから、大丈夫だぞ?奏太」
「そうよ。ゆーさんは学生の頃たくさん持っていて、捨てるの大変だったんだから」
「そんな暴露聞きたくないから!最近親の恥部ばかり聞いてる気がするんだが…」
俺が呆れて嘆息していると、両親と悪友は実に愉快そうに笑い、
「そうそう。こんな感じ」
「やっぱり、三人で奏太を弄るのは楽しいな」
「そうね。この感覚楽しいわね」
「あんたら…もういい!俺は作業に戻る」
「「「不貞腐れた〜」」」
このノリ、ちょーうざい!
だが、久しぶりな感じもするから別に悪くはない。
「見てください、二人とも。あいつなんだかんだ言って、嬉しいんですよきっと。にやにやしてやがる」
「本当だわ。素直じゃないんだから」
「とりあえず、獅郎は次から来るときは金払え」
「次からですって。今じゃないんですよ」
「奏太は素直じゃないから、しょうがない」
こいつらまだ続けるか!
追い出してしまいたい。
「このエロ本はいらんから、捨ててしまおう」
「やめろ!次来たときに俺が読むんだ!」
「お前用かよ!」
エロ本の入った袋を、ゴミ箱に入れる俺に対して、獅郎は脱兎の勢いで飛びついてきた。
父さんと母さんはその様子を微笑ましく眺めている。
そんな調子ながらも、荷解きはつつがなく終了した。
「それじゃ、俺と穂波はもう帰るよ。一人暮らし満喫しろ、奏太」
「それじゃね。頑張りなさい」
そう言った、父と母は部屋を後にした。
現在時刻は午後七時。
荷解きを終えた俺たちは、獅郎を加えた夕食を、昔の記憶とともに談笑しながらしていた。
充実した時間だった。
それのせいか、父さんと母さんがいなくなった部屋には、静かさが残り少し寂しかった。
ソファーに座る俺の隣に、獅郎が座り言った。
「俺が遊びに来てやるよ」
「なんだよ急に。殊勝なこと言って」
親友は微笑んだ。
「なんでもねーよ」
「なんだよ。おかしな奴だな」
ただ俺も笑った。
普段はふざけているくせに、こうして他人のことを思える獅郎の性格が俺は好きだ。
「そういえば。昨日のことなんだが、花蓮が他校の生徒に絡まれてた」
獅郎に話すつもりだった事柄を今話すと、
「そんな面白いことがあったなら、昨日のうちに言えよ」
と、悪態をついてきた。
「それでどうしたんだ?」
「さすがに無視は出来なかったから、助けたよ。一悶着なりそうだったが、警察が来たから、事なきを得たよ」
「警察沙汰にはなったのか。その様子だと、他校の生徒が因縁をつけてくる可能性が高いな。その時は俺も呼べ。楽しそうだ」
「お前が来ると、問題が大問題になりそうだからやだよ」
俺が露骨に嫌がると、獅郎は、『違いない』と楽しく笑った。
「三本音さんを呼び捨てしてんのは、助けてもらったお礼みたいなものか?」
「きっとな」
続けて獅郎が背中を叩いて、頬をつんつんしてきた。
「でも、よかったじゃんか。《《初恋の相手》》のことを、下の名前で呼べんだから」
俺は言葉が詰まった。
確かにその通りだ。
「花蓮のやつ、あの時のことを憶えてるみたいだった」
「お前のことも憶えてたのか?」
「いや、その様子はなかったし、憶えてたら指摘してくるだろ」
「なら、名乗り出ればよかったろ」
俺はソファーに寄りかかり、遠い目をした。
あの頃を思い出しながら。
「それはしたくなかった。ほら、あの頃の花蓮って今よりも暗めだったろ。だけど今の花蓮は、比べ物にならないくらいに煌びやかだ。彼女は彼女なりに変わって、今を歩んでる。そんな中、過去を知るものが現れるのは、野暮な感じがするし。何より今さら過去を持ち出すのは恩着せがましいだろ」
「そうか。奏太が選ぶならそれでいいと俺は思う」
獅郎はソファーから立ち上がり、自分の飲んでいたペットボトルのゴミを捨てに、キッチンに向かった。そして、パーカーを羽織る。
「俺も帰るよ。面白い話も聞けたし。今日はほんと楽しかった」
「ああ。またな。今日はピオネロやるのか?」
「疲れたから明日やろうぜ。それじゃな」
別れの挨拶を述べると、獅郎は部屋を出て行った。
静寂だけが残る部屋に戻ろうと踵を返した時、俺はあることを思い出し玄関から顔だけを覗かした。
「そういえばエロ本どこに置いたんだ?」
「俺だけが知るところに隠しておいた。心配するな」
心配だらけだ。
追求しようとしたが、獅郎はエレベーターの奥に消えた。
「あいつ。今度来た時金取ってやる」
独りごちりながら、今度こそ部屋に戻ると、次は紙袋が目に入った。
お隣さん、帰ってきただろうか。
また部屋を出て、隣のインターフォンを鳴らしてみるけど、無反応だった。
本当に住んでいるのか?
管理人は居るって言ってたけど。
―――ピコン!
隣人に反応はなかったが。スマホには反応があった。
獅郎からだ。
『言い忘れてたんだが、明日学校のプールに行かないか?』
突然そんなメッセージが入る。
俺たちの学校には屋内プールがあり、年中使用することが可能だ。
うちの高校には水泳部があるが、基本的に街の大きめのプールを使用しており、学校のプールは生徒たちのために常時利用可能になっている。
しかし、まだ寒い日が続くのに。
『寒くないか?』
『屋内だからそうでもないだろ。それに、寒いからこそ人がいないからいい。俺たちゲームの中では激しく動いてるけど、生身の身体は全然だろ?だから運動したくなった。行こうぜ!』
『別にいいけど。本当急だな…』
『決まりだ。明日の十時、更衣室で』
そこでメッセージは終わった。
毎度のこと、唐突な奴だ。