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第6話 確立と期待値

「それでは手合わせ願おうか」

「ええ、よろしくお願いします」


 互いに向かい合い会釈を済ますと、カード配布のスイッチをプッシュする。

 ハウザーに♥の2、Kへ♠️の4が配られ、勝負の火蓋は切って落とされる。


「さて、私の番だな……」


 まずはハウザーによる二枚目のヒット……ハウザーは受け取ったカードを見るや口角を上げて、ゆっくりとカードを伏せた。


「フフフ、良いカードだ。伏せさせてもらうよ……次もヒットだ」

「どうぞ……それじゃあこっちもヒットで」


 まるで親が子供と戯れる口調で進行するハウザーに対し、Kは反抗期の子供のように、引いたカードを淡々と裏向きに設置し、テーブルには二つの“O”と“C”の表記がカード前方に表示され、順番は早くもハウザーの番へと戻ってくる。


(判断が早いな……まあ、長考を挟まれるよりは快適に勝負が出来るというものだ)


 ブラックジャックとしてはバストの可能性も浮上する三枚目のヒット……。

 テーブルは機械的にカードを一枚排出し、ハウザーはゆっくりとそのカードをめくり取る。


 すると再び浮かぶ男の勝ち誇ったような笑み。勝ったと言わんばかりの表情と共に、Kに向けて表向きのカードがテーブルへと並べられた。


 ♥2、C、そして♣️9


 それは合計11とC一枚を表しており、少なくともバストはしていない手配。伏せられたCのカードが五十二枚中十六枚存在する10の目だった場合それは──


「フフ……悪いな少年、開幕からブラックジャックのよう──!」

「ダウト」

「……え」


 ブラックジャックになる可能性は高い……にも関わらず、Kはハウザーの宣言終了とほぼ同時にダウトを宣言した。


 そして、その答えは……


『DOUBT』


 ダウト成功を意味する短いテキストがテーブル中央へと表情された……Kは一戦目早々に相手の嘘を刹那の内に見破ったのである。


「っ……な、何故わかった……!?」

「…………はぁ。自分の失態の原因を対戦相手に尋ねるか、普通?」

「ぐっ!」


 Kの正論にハウザーは笑顔も忘れて悔しげに少年を睨み付ける。


 そう、教える必要など存在しない。仮にこの短時間でクセを見抜いたというならば、それは今後の勝負においても重要な判断材料となり、是正できぬ限りハウザーの勝利は遠ざかってしまう。


「まあいいか……アンタのクソみたいなニヤケ面を消せただけで、こっちはとりあえず満足出来たし……教えてやるよ、特別に」


 しかしKはあろうことか種を明かす。

 もっとも明かしたところで、別段有利不利に大きく関わらない、そう思ったからのネタ晴らしである。


「どうってことない話さ……二枚目のヒット、アンタはペラペラペラペラとしゃべる口で確かにこう言った──良いカードだ、ってな」

「それは……確かに言ったが」

「だが仮に今の手がブラックジャックならば、二枚目は10のカードになるが……合計12の値がブラックジャックで良い数字な訳がないよな? 一枚無くとも十五枚もバスト確定の危険性がある……」


 ハウザーの二手目が10の目だった場合、Kの二枚目を考えなければデック約五十枚の中に、残り十五枚の10のカードが眠っている。

 確率にして約三割……三割はバストする非常にリスキーな手札であり、手放しで喜べるものではない。


「だから二枚目に引いたカードは、次に10を引くことでブラックジャックが確定する9か、それに近い8、7……だろ?」

「くっ……」


 迫真の三味線(ブラフ)なら話は別だが──と、確実性があるわけではない事を付け加えるが、答えはKの予想通りであった。


 敗因が自らの喋り過ぎである事を反省しつつ、ハウザーは賢者の様子を伺った。

 瞬く間の自分の失態に失望してはいないだろうか? 彼の評価を第一にするハウザーはそれだけが今は心配であったのだ。


(……まだ自分は負けるはずないって思ってんのか、コイツ?)


 まだまだ勝負は始まったばかり……そんな甘い考えで勝負を行うハウザーに、Kの苛立ちは止まらない。


 一発一発が致命傷……少なくとも命を賭けているKにとって、状況が相手側に傾くことは死を意味する。

 だというのに目の前の男はなんだ? このダウト、最初に付けられた泥を全く気にせず、楽観的に次で取り返せばいいなどと甘い考えを抱いているではないか。


(こりゃ、確かに愉しめそうにはない相手だな……)


「ノットバストだ……ダウトか? スルーか?」

「……スルーだ」


 ここでダウトを失敗すればダウト&ミスダウトによる倍失点、合計12点の損害。

 もちろん、そんな高いリスクを一戦目から背負う事など出来ない。慎重に事を進めようとするハウザーの選択はスルー……初戦はKの6ポイント勝ちで幕を閉じる。


「……ま、バストしてんだけどな」

「なっ!?」


 テーブルが麻雀の自動卓のように中央にスロープする形で開閉し、使用したカードを落とすハウザーに対し、Kは二枚目のCカードを捲り、不意を突くようにハウザーに見せつけた。


 ♠️4、♥J、♦8……確かにその手は22のバスト手であった。

挿絵(By みてみん)


「フン……どこまでも舐めたガキのようだな」

「舐められるような杜撰ずさんなプレイをしてるのはアンタだろ?」


(くっ……このような貧相下劣な子供を、賢者様はお認めになったというのですか!?)


 ハウザーは心配そうな瞳で賢者の様子を何度も確認するが、その振る舞いは何も変わることなく勝負の行方を左右するテーブルをジッと見つめるだけ。

 ハウザーの投げ掛ける心配に気づくことも、カッとなって叱咤激励をする様子も一切ない。


「ほら、二戦目だぜ?」

「わかっている!」


 賢者に気を取られ、未だ格下扱いのKに急かされ激昂するハウザー。

 二人がカード排出ボタンを押すと、テーブルは二人に二戦目を告げるカードを配る。


(♠️の3……奴は♣️の5か……)


 両者比較的小さい目を再び引き当て、ハウザーは一先ず安心する。


 はじめから10の目が出れば、ブラックジャックは確実に困難になる上、次に小さな目を引けばバストの危険性まで起こりうる……その事実をこのゲームならば二手目以降は隠す事も可能であるが、一手目は確定でオープンしなければならない以上、戦略の幅が大きく狭まってしまう……。

 勝利を目指すために、ハウザーはそれだけは避けたかった。


「セット、ヒット」


 Kは二枚目のカードを即座に裏向きで伏せ、順番をハウザーへと譲り渡す。


 確認から配置までほぼノータイム……先程も合算14にも関わらずヒットを即決しカードを設置していたKに、ハウザーは徐々にその恐怖の片鱗を感じはじめていた。


 そう、あくまで片鱗……その化け物はとっくに大口を開けて己の頭上で待機しているというのに、ハウザーは未だその片鱗しか見えていないのである。


「……こちらもセット&ヒットだ」

「随分口数が減ったな……まあ、五月蝿いのは好きじゃない」


 三枚目のカードを余裕そうに手にするKだが、そんな彼をハウザーは苦しそうな表情とは裏腹に、内心笑みを浮かべて様子を伺っていた。


 ハウザーが伏せた二枚目のカードは♣️の8……合算11という先程は出来なかった最高の組み合わせを完成させていたのだ。


(フン、一度先手を打っただけで調子に乗って……次で10の札を引き、浮かれた様子でブラックジャックを宣言して奴のダウトを誘発する……仮に奴がスルーしても、奴のバストをスルーしなければ今回はこちらに勝機がある!)


 二戦目の勝利に王手を取ったと浮かれるハウザー。

 しかしKはそんな事など気にも留めず、三枚目のカードをサッと投げるように場に出した。


「ノットバスト……判定は?」


 Kの前に並んだ三枚は、♣️5、C、♠️6……表に見えるものだけで合計11ならば、その答えは実に簡単なものである。


「スルーだ、当たり前だろう」


 Cのカードが最高の10であっても、結果は21のブラックジャック……Kの引いた三枚のカードでバストする事は絶対にあり得ないのだから、ハウザーは考える事もなくスルーした。


(一戦目、コイツは14の目で躊躇いなく三枚目を引いていたが、今回四枚目は引かなかった……つまり、三枚の合計は少なくとも14よりは高いと予想できる。もしも三枚目で14──Cのカードが3以下ならば四枚目を引く……ならば伏せたカードは4以上9以下と言ったところか……)


 一戦目の引き方からKの手を論理的に推理し、ハウザーは仮説とルートを打ち立てた。

 14以下ならば勝つためにバスト覚悟のヒット、21ならばブラックジャック、残りは降りも含めてノットバストが定石と……。


 配布されたカードを角からゆっくりとめくり、その数字を高鳴る鼓動と共に確認する。


(くっ、♦の9か……これでは万が一に引き分けの可能性もあるが……仕方がないか)


 11という絶好の機会であったにも関わらず、ハウザーの手に訪れたカードは確実の勝利に一歩足りない9の目であった。

 しかし、それでも出目は20であり、戦況の優位性に自信を抱いたハウザーは力強くカードを戦場へと叩きつける。


「ノットバスト!」

「スルー……ってか大声で宣言する事か、それ?」

「フン、何とでも言うがいい……少なくともこの勝負、こちらの負けはないのだからな!」

「どうだか……それじゃあジャッジだ」


 含みのある言い方でニヤリと邪悪な笑みをKが浮かべると、ハウザーはあくまでそれを鼻で笑う。

 DRAWかWIN、こちら側に表示されるのはそのどちらかの文字列だと、そう妄信して……。


「ジャッジ!」


 ハウザーの宣言と共にテーブルはカードを読み取り勝敗を瞬時に“正確に”表示した。


「なッ!? ば、バカな!」


 勝つか引き分け……そんな男の予想を容易く裏切るように、目の前に突きつけられた勝敗は『LOSE』──敗北であった。


「あり得ん!! 引き分けならともかく私の負けだと!?」

「ハハッ、落ち着けよオッサン、まだたった二戦目だぜ?」

「黙れ小僧が! 貴様、この台に細工したな!?」

「はぁ? してねぇよ、出来もしねぇしな……」


 物理的なイカサマをする程度には手先が器用な流石のKも、中身の分からない魔法仕掛けのテーブルに細工を施すなどといった芸当は当然持ち合わせてはいない。


 苛立ち、声を大人げなく荒げるハウザー。

 これはまた種明かしをしなければ勝負が進まないと踏んだKは、ヤレヤレと面倒臭そうな表情でため息をつくと、仕方なく伏せていたカードに手を掛けた。


「なに、簡単な話さ……ノットバストの条件、それは──」

「ッ!? き、貴様……!」


 Kが表に向けたカードを目にした瞬間、ハウザーは眉間に寄せていたシワが無くなるほどに目を見開き、そこに記されている数字──いや“英字”を確認した。


 ♠️のJ……つまりそれは10の札であり、Kの引いた三枚の合計はハウザーより1高い“21”──ブラックジャックの目であった。


「“21以下”……つまりこれもノットバストに該当するわけだ。当然と言えば当然だよな、バストは22以上なんだから、それ以外は全部ノットバストさ」

「貴様、その手で……ノットバストを宣言したのか? 何故だ、ブラックジャックを宣言すればこちらがミスダウトする可能性だって──!」

「20以下の手をブラックジャックに装う事は確かにできるが……おそらく慎重なアンタはミスダウトしないだろう。だからあえてこういう方法で謀ってやった。上手くいけば今みたいにアンタを揺さぶれる……なんせ──」


 会って一時間も経っていないというのに、目の前に立つ少年はまるでこちらの全てを見透かしているかのような表情で男の子可能性を否定する。


「アンタ、()()()()()()()()()()しな」

「なにッ!? 私は──!」

「本当のギャンブラーなら“四枚目”を引けたはずだ、20なんて中途半端な数字で終わらせず、確実に勝てるブラックジャックを狙うさ……違うか?」

「ハッ、馬鹿げているな! 四枚……最悪貴様が伏せていれば三枚しかないAを狙うなど──!」

「確率と期待値が伴わない、か?」


 ハウザーの考えなど手に取るように分かるKは、彼に挑発の意を込めて畳み掛けるように言葉を重ねていく。


「確かにその二つはギャンブルにおいて不要とは思わない、考慮する事は俺もあるさ……でもな、賭け事で一番に信じるのは数字じゃない、自分自身だろ?」

「……話にならんな、ツキや運? そんな不確実な論理で勝てるほどギャンブルは甘くない!」

「ハハッ、確率で武装している数学論者らしい発言だな……まあ、だったら大好きな確率論がどこまで通用するか試してみればいいさ」


 渇いた嘲笑と共に、Kは使用した三枚のカードを口を開けたテーブルの闇へと投げ捨て、三戦目の火蓋はすぐに切られるのであった。

挿絵(By みてみん)


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