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第5話 レートX

 一通りのルールを理解し、テーブルの仕様を把握したK。


 正直な話、説明など一切受けずに手探りで勝負するのも一興と考える彼にとっては、テーブルの機能に感動する反面、早いところ身を焦がすような思いがしたいと、体が疼いて仕方がなかった。


「そろそろ相手を呼んでくれませんかね……やったこともないこのゲーム、早くプレイしたくて堪らない」

「ホッホッホ、命懸けの勝負を前にした反応とは思えんな……じゃが先に謝っておくがのぅ、期待外れの相手じゃと思うぞ?」


 余程実力が乏しい相手なのだろう……。

 賢者の反応からして間違いなく二流以下の博打打ちが現れる事を覚悟しつつも、だったら骨まで喰らいつくすまでと、Kは静かに闘志を燃え上がらせる。


「勝負は個室のVIPルームで行えるよう手配しておる。ワシとお主、それから相手の三人のみの静かな場じゃ」

「ギャラリーが喚くところじゃ集中して出来ませんからね……それじゃあ行きましょうか」

「ホホホ……よいよい、“そこに立っておれ”」

「え?」


 VIPルームへの移動を行おうとするKを止め、賢者は杖で床をコツンと叩く。

 すると瞬間、部屋の姿が無理矢理引き伸ばされたビジョンが視界に映ったと思えば、Kは賢者と共に見知らぬ部屋へとたどり着いていた。


「はーあ、何でもありか? 魔法って」

「体内の魔力さえ枯渇せねば、出来ぬ事はないからのぅ」


 賢者の瞬間移動(ワープ)魔法によって連れて来られた部屋には、中央にブラックダウト用のテーブルが一台。その横にお立ち台のように一段高い床と、王が座すための高級な木製の椅子が一脚。天井には照明としてきらびやかに光るシャンデリアと、部屋の四隅に備え付けられた電気──いや、魔法の照明器具が部屋を明るく照らしていた。


 薄暗い場所での博打が多かったKは、どうもこの小洒落(こじゃれ)た空間に慣れないといった様子で、対戦相手の登場を今か今かと子供のように待ち望んだ。


 戦いに没頭出来れば気にもならないだろう……そう思って。


 コンコンコン──ガチャリ!


「失礼します賢者様、ハウザー=ヤーゲンベルト、只今参りました!」


 紅色の派手なスーツを着こなした、ブラウンのオールドバックヘアの中年男性が、キビキビとした動きにハキハキとした挨拶で部屋の中へと現れた。


「ホホホ、ハウザー君……久しぶりだね」

「ええ、お久しぶりです。いつもとお変わりない様子でご安心しました。それでご用件というのは?」

「簡単な話じゃよ、実に簡単な事……お主がカードの収集に難航している様子だから、ワシが君のために勝負相手を用意したのだよ」

「カード……勇者の遺産を賭けた勝負相手、でありますか。もしかして彼が?」


 ペコペコとご機嫌を常に伺う下手な態度を取るハウザーがチラリと少年の姿を目にするが、その様子は賢者に見せるご機嫌取りとは違い、どこかこちらを見下し、小馬鹿にするような表情となっていた。


「フン……わかりました! このハウザー、賢者様の用意して下さった相手と(つつし)んでギャンブルを行いたいと思います」

「そうかそうか……それは良い返事じゃ。ギャンブルの内容は君の得意なブラックダウト。ルールはリミット15で、カードとは別に賭け金は……フム、それは私が決める話ではないかの」

「私はいくらでも構いません……君はいくらがいい? いくらなら勝負出来るかね?」


 まるで格下に話し掛けるような余裕を持った態度でハウザーは賭け金の話をKへと尋ねた。


(……)


 口や表情には一切出ないが、余裕を持て余すハウザーの一々の行動がKの内心を沸々と苛立たせる。

 少しはお灸を据えてやろう……。Kは望み通り賭け金を口にする。


「……そうですね、それじゃあ十枚で」

「十枚? まさか銅貨十枚ではないだろうね? それこそ子供の遊びだ……となれば銀貨か? だが銀貨とは言え負ければ最低でも百五十──金貨六枚以上は失うぞ?」

「ハハハ、まさか……違うでしょう。俺達は勇者の遺産を取り合うギャンブラー、だったら銅だの銀だのはゴミ同然」


 このブラックダウト、賭け金にリミット到達時の枚数を乗算した額が敗者の支払い金額となるため、支払う倍率はリミットより必然的に多くなる確率が高く、リミット15の場合は高めに見積もっても大体二十倍前後が倍率の目安となる。

 銅貨十枚では二十倍にしたところで二百枚──銀貨二枚相当にしかなり得ないことになる。


 ──燃えない。


 銅貨なら2万円、銀貨なら200万円……もちろん、その程度の金では心が躍るには不十分だ。

 心躍る、そんな戦いにするには……。


「金貨──十枚だ」

「なッ!?」


 ハウザーはKの冷たい表情から放たれるその金額に思わず驚愕する。

 自分より遥かに年下で、育ちも悪そうな青二才が、賭け金に金貨十枚を設定しようとしているのだ。


 それは二十倍にして金貨二百枚──つまり5,000万を支払う可能性が浮上することになる。


「フフ、金貨……金貨十枚、か……それで! 君はあるんだろうね? もしもの時の金貨二百──」

「ほらよ」


 ハウザーの反論を許さないように、Kは賢者から受け取った竜革の財布をテーブルへと投げると、中からジャラジャラと金貨の山が顔を覗かせていた。


(竜革の財布、それも一級品だ……そしてあの膨らみは確かに二百はある……!)


「人に尋ねるんだから、もちろんアンタも持ってるんだろうな?」

「と、当然だ! 私は賢者様に認められるギャンブラーだ……伊達にこの街一の賭博師として活動しておらん! この中には今日の儲けでちょうど金貨二百五十枚が入っている、数えたければ数えるがいい!」


 煽るようなKの発言に乗せられて、ハウザーも金貨が山のように入った高級革袋を懐からテーブルへと置く。


 ──そう、もうこの時点で話はKではなくハウザーの持ち金へと移っており、Kは()()()()()()()()()()()と言うことで話は進んでいた。


「それはお互い面倒でしょう? それに、賢者様は成立しない勝負なんてお認めにならないはずだ」

「そうだな……ああ、そうだ」


 その金貨の山はKによる偽装……賢者からタダで貰った財布に、奥に隠れているのは食事のお釣りで得た銅貨と銀貨という金貨の成れの果てだというのに、Kは堂々とした図太い態度でハウザーの自己顕示欲を煽り、トドメに賢者という男が敬う存在を口にすることで、金貨百枚足らずにして高額レートの挑戦権をKは易々と獲てしまう。


 負ければ支払うことが出来ないが……負けたら死に、他に迷惑を掛ける相手もいないのだから、負ければ“踏み倒せばいい”。


 踏み倒しなど賭け事にしては最低な考えだが、満足出来る勝負を成立するために、それぐらいは仕方がない……。


「では、先攻後攻はどうする?」

「あー……俺、ルールは覚えましたけどゲーム自体は初めてなんで、そっちが先攻でお手本を見せてはくれませんかね?」

「何……? 初めて? ブラックダウトが初めてと言ったのか?」

「ええ」

「そう、か……フッ、フフ……わかった。では私が先攻を引き受けようではないか」


 その発言を聞いた途端、賭け金の高さに曇っていたハウザーの顔に希望の光が差した。

 まるで決闘において危険だと思えていた屈強な相手が、実は戦いのド素人である事を知ってしまった……そんな顔だ。


 Kはそんなハウザーを、実に感情の分かりやすい相手だと心の中でほくそ笑み、彼がテーブルの前へ──戦場へと警戒することなく降り立つ瞬間を、肉食獣のように今か今かと待ち望むのであった。





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