第4話 ブラックダウト
「それで、この街にカードホルダーは?」
賢者から贈られたカードをヒラヒラと扇がせながら、Kはウズウズしながら最初の獲物の情報を尋ねた。
「おるよ……まあ、君が満足するには些か力不足な相手ではあるがのぅ」
「いいですよ、まずは肩慣らし……強者はいずれ見つけますから」
「そうか……では奴が行う勝負のルール説明をせねばな」
手元の杖を片手に賢者は椅子から立ち上がり、部屋の片隅に設置されている模様のないグリーンのカジノテーブルの前へと移動し、二人は対面する形でテーブルの左右へと別れた。
「ブラックジャックは知っているな?」
「ディーラーと参加者で21を目指すトランプゲームで、絵札は10、Aは11か1扱い。より近い方が勝ちだが、21より高い数字はバストで負け……これぐらいのルールなら」
「その程度分かっているなら充分じゃ……このカジノでメジャーなゲームの名は“ブラックダウト”と言う」
「ブラック……ダウト?」
ブラックジャックの説明を聞いた以上、ブラックダウトのブラックとはブラックジャックを示す意味であるのは間違いないだろうが、ダウト──疑う、という意味がゲームにどのように関係するかは、流石のKも予想は出来なかった。
「このゲームはディーラー無し、チップ無しの一対一の真剣勝負……いかに相手の嘘を見破り、自分の嘘を通すかの心理戦がテーマとも言える」
そう言って賢者は木製のテーブル縁にある小さな楕円形のスイッチをプッシュすると、テーブル中央の切れ込みからテーブルの端に一枚──プレイヤー一人に配る形でカードが流れる。
すると、布のマットにも関わらず“O”と赤い蛍光色の字が、互いのカードの少し前の位置に浮かび上がった。
「へえ……コレも魔法ですか?」
「ああ、このテーブル用のカードを使えば“オープン”と“クローズ”で裏表を判別し、それを表示する機能が魔法で組み込まれておる」
(どうやら、こっち方面に特化して技術が発展してるみたいだな……少なくともあの世界よりは進んでいる)
賢者と対面側に立ち、同じくカードを一枚排出させたKはカードの裏表を認識し、右から左に動かせば、それに追従していく表示に深く感動してしまう。
「それで、OとCがあるってことは、ゲームに裏表が関係があるって解釈でいいんですよね?」
「そうじゃな。まずプレイヤーは一枚目のカードを表向きで設置……ここまでは最初に二枚配るブラックジャックとさほど変わりはない。違いは次からじゃ」
賢者はもう一度ボタンをプッシュすると、今度のカードはC──裏側のまま手元へと滑っていく。
「二枚目以降に配られるカードは全て裏向き。手元に来たのなら、配られた本人はカードを確認し“任意の表示で”一枚目の隣へと置く」
賢者はカードを裏向きのまま一枚目の隣に配置すると、盤面には“OC”と表示され、Kも真似るように二枚目のカードを伏せたところで、賢者は続いて引いた三枚目のカードを表向きで並べる。
OCO
一枚目が♠の7、二枚目は裏向きで、三枚目は♦の9……これがブラックジャックと同じだとするならば、合計16に、裏向きのカードが一枚ということになる。
「ブラックジャック」
「え?」
Kがゲームの内容を整理している隙を突くかのように、賢者はそう口にした。
ブラックジャック──つまりは合算21であると。
となれば裏向きの一枚の数字は、確かめようがないにしろ“5”と言うことになる。
「とまあ、勝負は大体こうなるわけじゃ。今対戦相手としてのK君に許されるのは、ワシのこの発言が“嘘か真か”を判断する事」
「……つまり、裏一枚を含めたその三枚が本当にブラックジャックなのか、それともバスト、あるいは20以下の嘘の手なのかを言い当てろ、と」
「その通り」と、賢者は軽く頷きながらそう言う。
ルール説明にしては少々ずさんだが、理解できないわけではない。
Kは軽い気持ちで考え、そして口にする。
「──ダウト」
「フム、正解じゃの」
OとCだけしか表示しないかと思っていたテーブルだったが、そんなKの予想を反するかのようにテーブルには『DOUBT』と、Kの看破成功を意味する文字が中央に表示された。
「正解するとどうなるんですか?」
「“現時点では”そちらの勝ちじゃ。さて、本来なら二枚目の時点で決めねばならぬのじゃが、そちらは三枚目を引くかな?」
「…………」
ルール説明ということもあり全く数字を見ていなかったKは手元の二枚のカードを改めて確認する。
一枚目のカードが♣の9、二枚目が♥の8──合計は17だ。
「勝ってるんでしょう? だったらここで止めますよ」
「フム、その場合だと、そちらのダウト成功でワシの五枚負けで終わりじゃな」
「……負け枚数の少ない方が勝ちですか?」
「概ねその通りじゃが、正確には先に規定枚数を越えた方の負けじゃ。スタンダードなルールだとリミット15──つまりは十五枚を先に越えた方の負け……そして越えた方のポイントにレートを掛けた金額がそのまま勝者に渡される」
曰く、低レートならば銅貨十枚……そこから実力者同士の戦いとなるとレートが上がり銀貨一枚まで上がる、と説明される。
「勝ち負け時のカードの増加枚数じゃが……先程のようにダウトに成功した場合は、お互いの場に出たカードの“合計枚数”。ダウトに成功しても、そちらがバスト、あるいはダウト返しをされた場合はその勝負は無効となる」
「つまりさっき三枚目を引いて4以下の数字だったらそちらの六枚負けで、5以上を引いていたらドロー……ブラックジャック的に言うとプッシュだったか?」
「素直に申告するならばそうじゃが、仮に5以上を引いたとしても、嘘を通せばそれは真実となる」
いかに相手の嘘を見破り、自分の嘘を通すかの心理戦──それがこのブラックダウトと呼ばれるゲーム。
ルールを徐々に把握していくKは、賢者に細かいルールを更に尋ねていく。
「偽ってもダウトされなかった場合と、ダウトに失敗した場合はどうなる?」
「このゲームにおいてダウトされないというのは、相手に自分の手札が正しいと認められるだけ……特別な報酬は発生せん。恩恵があるのは互いにダウトもバストもしなかった場合に行われる勝負審判──そこで値の大きい方が勝利となる」
双方がバスト、ダウトを宣言しなければ、伏せたカードの合計が高い方が勝利し、勝利側のカードの枚数が相手へと加算される。
ただし、バストされなかったブラックジャックの宣言に対しては、同じくブラックジャックの宣言でなければジャッジは成立せず、宣言出来なかった者が敗北。双方がブラックジャックを成立させたのならば、そこでジャッジが成立し、勝敗が決まる。
「そしてダウト失敗じゃが、その場合は先程と逆……場のカードの五枚が君の負けとなる。ちなみにダウトに失敗した挙げ句に相手にダウトされたり、バストした場合は、負け枚数は倍……十枚負けとなる」
十枚──つまりはリミットの三分の二が一試合で蓄積してしまう可能性もこのゲームにはあると言うのだ。
だからといってダウト宣言も偽装もせずに勝負をすれば、相手に余計な選択肢を与え、さらにジャッジでは上限21のこちらに対して、相手は実質上限無しの状態となってしまう。
このブラックダウト──ブラックジャックの要素や、嘘を信じさせて通す事はスパイス程度で、本質は相手の真実を確実に見抜き、こちらの真実に対して疑いを誘発させる事にある。
「ところで、禁止行為は? 知らずのうちにやったら一番困るんですけど」
「そうじゃなぁ……このゲームは引いたカード──つまりは手にした真実の数字を全て使っていれば、騙すために何をしようと問題はない。引いたカードを無かったことにして引き直す、他のカードとすり替える、相手から奪う、相手のカードをすり替える……まあ、禁止と言えるのはこのぐらいか」
「なるほどねぇ……ハハ、それにしてもやっぱすげぇや」
賢者の話を聞きながら何枚もカードをポチポチと出しては、盤面のO、Cの文字を動かしてニヤニヤするK。
人の話を聞く気があるのか無いのか、言えた義理ではないが底の見えぬ少年に、賢者は呆れと同時に不思議な希望を抱いてしまう。
これから命懸けの勝負がはじまるというのに、初めて会った時のように臆さないその底知れなさに……。