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第1話 賢者とコイン

「へぇ、遠くから見たらショボい町かと思ったが……なるほど、中央が凹んだ地形の都市なわけか」


 首都スペルドへとたどり着き、最初に繋の目に入った街の風景が、この都市の“全て”であった。


 巨大なクレーターのような窪地に、ズラリと並ぶレンガ造りの建造物。

 外からだと想像もできない人だかりが、街の各所で一つの生物のように(うごめ)き、実に活気で溢れている。


「下の方が建物の造りが良さそうだな……普通、最下層みたいな日影地帯はスラムだと思ってたんだが、違うのか……?」


 学校など数える程しか通っていない繋ではあるが、そもそも親が蒸発するまでは普通に学校へ通っており、博徒になってからも日中などに暇な時間があれば、自宅で使っていない教科書を読むか、本屋で興味の出た本を立ち読む事が多いので、学の一切ない馬鹿というわけではなかった。


 もちろんあくまでも暇潰しであり、本を読むのが趣味か? と聞かれれば、ノーと答えるだろう。


 彼は博打一筋の男なのだから……。


「……はぁ、これもいくらの価値があるんだか」


 先程のオッサンとの別れ際に「景気付けの駄賃だ、何かの足しにしてくれや!」と、半ば押し付けられる形で貰った薄汚い銅貨を眺めながら、辺りの出店をチラリと見る。


 一羽丸々照り焼きにして吊るされた鶏肉。


 パンズに瑞々しい野菜をサンドした料理。


 揚げ物、焼き物、蒸し物等々……思わず手を出したくなるような食べ物で右も左も溢れていた。


 いくら賭博の亡霊と恐れられる繋も、所詮は人の子。目覚めてから暫く何も口にはしていなければ、胃袋も空腹を訴える。


 仮に()()()()()での死が夢ではなく本当にあったことで、あの時死んだ自分が生まれ変わってそのままこの世界にいるのならば、半日以上何も口にしていない状態だった。


 思わず口寂しさと空腹を紛らわすために()()()()()()を探してしまうが、そんな便利なものが設置してある様子もなく、繋は小さな舌打ちと共に下唇の端を代わりに噛み、再び異界の街を放浪する。


 スリルに飢える事は頻繁にあれど、唾液が主食に成りかねないほどに飢える事など、いくら親が酷い少年であっても、経験上()()()()()()()ない。

 故に、この状況は百戦錬磨の彼にとってかなり危機的状況であり、どうにかして打破しなければならない問題であった。


(ったく……またギャンブル以外で死ぬなんて笑えねぇぞ? 死ぬなら博打だ……勝つか負けるかのスリルの最高潮で惜しくも負けて死ぬ、それが一番気分がいい……)

 

 生まれつきか、それとも賭博に出会ってからか……その狂った思想がどこで出来てしまったかは本人すら定かではないが、いつしか食べ物を求めていたはずの少年は生死を賭けた博打を求めて雑踏の中で獲物になる人物を捜し歩く。


 貧乏人では話にならない、凡人では意味がない。


 捜し求めるは()()……こんな行き倒れそうな男の命をチップとして認め、高額なギャンブルを受け入れるような悪魔のような取引相手だ。


(違う……コイツも違う……アイツは……だめだな………………!)


 ──いた……。


 人混みの中、老若男女の身なり、顔つきを視線だけで値踏みしていく繋は、ついに砂利だらけの道の中でキラキラと輝く危険な宝石を発見し、手を伸ばすように後をつけていくのであった。



 ……



「い、いらっしゃいませ()()()……席へご案内致します」

「ホッホッホ、悪いのぅ」


 街の底とも言える立地に建つ高級飲食店に現れた三人の客。

 肩を隠す白髪を揺らし、杖を片手に歩く老人と、その老人を警護するように左右後方に付き添う黒服の男が二人。


 綺麗に整頓された椅子やテーブルには一切の客が使用した痕跡は残っておらず、広々とした店内には彼等以外の客は完全に存在しなかった。


 彼等がわざわざ貸し切った訳ではない、彼等が来ることを知った店側が客を通さなかったのだ。


「こちらです」


 一つの失態も不敬も許されない。そんな緊張感と共に店長は老人を席へと案内する。


 巨大なパラソルの下、テーブルとチェアが並べられたテラス席。

 見上げれば街を下から一望できるこの店一番の特等席だ。


「フフ、丁寧にありがとう…………む?」

「な、なにか問題でも!?」


 ツーッとテーブルを指でなぞり、その指を見た老人が眉間にシワを寄せた途端に店長は血相を欠いて不手際があったかと慌てふためく。


 木製のテーブルはこの日の為に隅々まで磨き、拭き上げた物であり、汚れなど一つもないはず……。


「いやぁ……綺麗に手入れされていると思っただけじゃよ」

「え……あっ、も、勿体無いお言葉です……」

「それじゃあ、早いところ何か食べましょう。メニューをください」


 椅子に腰掛けニカッと恐怖を感じさせる笑みを返す老人に、ホッと胸を撫で下ろす店長出会ったが、そんな彼に追い討ちを掛けるように事態は起きた。


 あろうことか丁重にお迎えしている老人の目の前に、何の躊躇もなく少年が椅子に座り、気軽な様子で食事を提案したのだ。


 そのあまりにも自然な身の運びに、店長どころか護衛の二人も全く反応出来ず、少年──加賀峰繋の存在に気がついたのは、彼が声を発してからであった。


「なっ!? お前どこから!」

「だ、誰だ!?」

「ただの通りすがりの博打打ちですよ……ところで“お爺さん”、食事の前にギャンブルなんてどうです?」


 お爺さん──繋が気軽に老人の事をそう呼ぶと、店長はフラフラと頭を揺らしてその場に尻餅を突き、護衛の二人でさえ繋を取り押さえるよりも先に老人の様子を恐る恐る伺った。


 まるで()()()()()()()()()()()()()かのような反応を取る三人に対し、彼の身分を全く知らない繋は動揺など一切せずに返答を待つ。


「ホッホッホ……()()()()、か。様付け以外で呼ばれたのは何十年前だったかのぉ……」

「き、きき、貴様ッ!! こ、この方は賢者様なのだぞッ!!」

「人類の救世主! 三十年前に勇者様と共に旅立ち、多くの人々を救ったお方だッ!!」


(へえ、コイツが例の賢者様か。そりゃ運が良い……それにしても三十年前、ね)


 ロールプレイングゲームによくいる魔法使いを頭に浮かべつつ、三十年の歳月で見る影もなくヨボヨボに老いた老人を再び見つめた。


「よいよい、この程度の狼藉は気にせんよ。ワシは博打が大好きじゃからな……それで何のために、何を賭けてワシと勝負するのじゃ? ん?」


 細い糸のような目が見開かれ、姿を現す賢者の瞳……。


 深淵のように暗く、底の見えぬ闇の眼が繋の姿を映し出す。


 首筋、心臓、脇腹──全身のありとあらゆる箇所に刃を突き立てられ、今にも身を引き裂こうとする殺気がピリピリと肌を刺激する。


(おっかねぇ爺さんだ……)


 大蛇に睨まれ亡霊もさすがに冷や汗をかいたが、周囲の有象無象が言葉を失う中、臆する様子を見せずに提案を口にする。


「望みは一つです。こちらはワケあって銅貨1枚しか持っていない貧乏人……明日を生きる為に、どうか食べ物を恵んで欲しい。勝負はこの銅貨を使ってのコイントス。賭けるものは──」


 机に銅貨を置いた右手で自らの胸元をトントンと突き、賢者の狂気に負けず劣らずの凍てつく表情で食事の対価ベットする。


()()()──でどうでしょう?」

「……ほ、ホホ、ホーッホッホッ! 命、命か! 生きるための勝負で命を賭けるか……! カッカッカッ!」

「ええ、一思いにスッパリでも、苦しみ悶えさせるためにジワジワとでも……あるいは死ぬまで奴隷として酷使しても構いません。俺が勝てば生き、俺が負ければ死ぬ……どうですか? 単純でしょう、このギャンブル」

「ふむ、ふむふむ……ホホッ! いいじゃろういいじゃろう。そのギャンブル、食事前の余興として受けようではないか! 安心せい、負ければ苦しむ事もなく“一思いにスッパリ”殺してやろうて……」


 ここは地獄か、はたまた魔界か……?


 対面する二人はものの数分で生死の契約を交わし、悪魔染みた笑みを互いに浮かべている。

 同じ白髪ということもあり、血の通じた孫と祖父のようにも見えなくもないが、賭博の内容はそんな仲睦まじい要素など欠片もなく、二人が放つ禍々しいオーラは周囲の者達をただただ震い上がらせた。


「さて……命を賭けた勝負に、そんな汚れた銅貨では華がない。それに勝負を提案した以上、それは細工されている可能性もあり得る。コインはこちらが用意したもので構わんかの?」

「ええ、トスする役もそちらで決めて下さって結構です。もとより、それぐらいじゃないと公平に感じないでしょう」

「そうじゃな……オイ」


 老人が護衛の一人に一声掛けると、震える体を更にビクッと震わせて彼の近くへ駆け寄っていく。


「ワシの財布を出せ」

「は、ハッ! 只今!!」


 男がドタドタと慌てた様子で懐から取り出した革袋。

 紙幣の無い世界では全ての取引が硬貨で行われる為か、繋のよく知る薄い財布とは外観が遠く賭け離れていたが、その財布は牛革のように茶色く安さを感じさせる代物ではなく、虹色に煌めく鱗で出来た芸術品の一つと見間違える程の一品であった。


「これはまた、高そうな財布で……」

「稀少なドラゴンから僅かにしか手に入らん鱗で作られた財布じゃよ」


「勿論、倒したのはワシじゃがな」と自慢話を付け加えられ、竜の口が賢者の手によって開かれていく。


 口から姿を現すソレは、繋の銅貨が錆び付いた屑鉄に見えてしまう程に目映(まばゆ)い金色を(まと)った硬貨──そう、金貨である。


 人を惑わせ、狂わせるには充分の魔力を放つ(きら)めく黄金の輝き。

 1枚にどれ程の価値があるか繋にはわからないが、その輝く硬貨の美しさに彼は心()かれていた。


「これを使って行おうと思う。手に取って調べても構わんよ?」

「それじゃあお言葉に甘えて……」


 テーブルに置かれた一枚の金貨を手に、その裏表をじっくりと観察する。

 さすがの繋も底知れない賢者の目の前でコインにイカサマを仕込むような事はしなかった。勝負前に殺されては元も子もない。


「初めて見ますけど、どちらが表でしょうか?」

「女神が描かれている方が表、国のエンブレムである門が描かれている方が裏じゃよ」

「なるほど、わかりました」


 金貨を元の位置に戻し、これで準備は整った。


 ──そう思った時である。


「ところで……さすがに君が命を賭けるというのに、こちらが食事を奢るだけというのは不釣り合いだと思わんかね?」

「そうですか? 急に押し掛けた無礼を考えれば、それぐらいの差は問題ないかと……」

「無礼など思ってはおらんよ。むしろその行動力、物怖じしないその姿勢、命を賭けるその度胸、生前の勇者によく似てワシは大変気に入ったぞ……故に、()()()()()()()()()、こちらも賭け金を上乗せしよう」


 賢者は竜革財布を掌の上に乗せると、開かれた財布の口をテーブルへと向けて、バン! と思い切り叩きつける。


「金貨──“百枚”じゃ」


 口の開いた財布をひっくり返せば、もちろん中身がジャラジャラと音を立ててテーブルに広がり、そこには瞬く間に妖艶に輝く金貨の山が形成されるのであった。



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