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プロローグ:異世界

 ──その時、風が吹いた。


 とても心地のよい、澄んだ空気から作られた風。


 都会の蒸したコンクリートジャングルや、煙草の煙で充満した室内、血の匂いで溢れる闇カジノ……。

 賭博の為に戦場を転々としていた繋にとって、それは初めて感じる爽やかな風と、草の青い匂い。


「…………?」


 ──草むらだ。


 今までいたはずの個室、あるいは都会からかけ離れたド田舎のような風景が繋の目に映る。

 少年は生い茂った草むらの中に、捨てられていたかのように倒れていたのだ。


「どうなってんだよ……ったく」


 まさか、あの一連のロシアンルーレットは呑み過ぎで見た悪夢で、実際自分は酒で酔っ払った挙げ句、こんな見ず知らずの場所で寝ていただけなのではないか?


 そんな途方もないオチに、繋は少し安堵した。


 生きているならそれでいい。生きているなら博打はまた出来る、あのスリルをまた味わえる。


 夢か現実かは定かではないが、一度死を体感した者とは思えない思考を持つ博打中毒者の繋はひとまず気を取り直し、自分の今いる場所を知ることにした。

 未開に見える自然のど真ん中だが、遠くにいくつかの建物が見えている。


 町か、村か、それともただの連なった小屋か……少なくとも人はいるだろう。


 死に様以外はどこまでも楽観的な考え方の繋は、まるで遠足気分の足取りで砂利の敷き詰められた道を軽い足取りで向かっていく。


「…………ヘンだな」


 繋がそう思ったのは歩いて一人目の通行人を目にしてからである。


 裏社会に入り浸り、まともに義務教育すら受けてこなかった繋でも、遊牧民を思わせる薄色のローブの姿の白人が、馬車で道を通り過ぎれば大きな違和感を感じるだろう。


 服装、人種、移動手段、その全てが彼の知る日本とは逸脱していた。


「あの、すみません」

「ん? どうした、坊主」


 行動力の高さに加え、勝負事の情報収集を念入りに行う繋は、次に通りすぎようとしていた通行人へと声をかけた。

 顔立ちは完全な外国人だが、こちらの声に正しく反応し、理解できる言語を返してくる。


(言葉は通じる……だが、どうみても日本人じゃないってのに、言葉が流暢だな)


「あそこに見えるのって町……ですかね?」

「はぁ? 何言ってんだ、アレは都市だよ、都、市!」

「都市、ですか……はじめて来たんですが、以外と小さいんですね。もっと派手なのかと」


 怪しまれても面倒だと考え、さも知っているような口振りで繋は率直な感想を述べた。


 都市──もちろん日本においてそれは東京だけを指し示す言葉ではない。


 だが、少なくとも目の前に広がる光景は高層ビルなど皆無で、移動手段が馬車か徒歩。道はただの砂利で、このご時世に電柱、電線が一本もない。

 そんな辺鄙(へんぴ)な場所を、日本人は誰一人として都市とは呼ばないだろう。


(日本じゃねぇ、か……ま、そんなの見りゃわかるか)


「確かに見た目は派手じゃねぇが、()()()はここら一帯じゃ一番デケェからな! アンタ他所から来たギャンブラーか?」

「え?」

「隠さなくたってわかるって! その鋭い目つき、体から出てるオーラっていうか、(まと)ってる空気ってやつ? 俺もギャンブラーだからわかんだよ! アンタ強いだろ!! ん?」


 繋は少し困惑した。


 ここが日本ではないのは容易に推測できるが、どこの国だとしても初対面の相手に賭博の話を第一に持ち出すだろうか?


 “ここいら一帯”、“他所から”、という男の言葉から、賭博場、博打打ちの数が少なくない事は、漠然とだが理解はできる。


 おそらくここは“ギャンブルが盛んな国”なんだろうと、とりあえずの見当をつけ、繋は話を続けた。


「あ! ひょっとしてアンタ……“賢者様”に選ばれた“カードホルダー”か! 勇者の遺産を手にするためのギャンブラー!」

「はぁ……?」


 繋は再び内心で頭を抱える。

 いい加減状況をハッキリさせてほしいと願う少年に対し、新しい単語が次々に飛び出してくる。

 それも今度は単語そのものの意味が理解できない。


 カードホルダー、これはまだ理解できる言葉だが……問題は“賢者”と“勇者”だ。


(何かの隠語か……それともコイツ、賭けで負けが込んで頭が“おめでたい事に”なった奴なのか?)


 そうだとすれば関わりたくはない、出来ることならロシアンルーレット用の拳銃でもいいから自分の頭に突きつけて()()()()で引き金を引きたい……。


 あまりにも面倒極まりない展開に、繋はそんなことを考えながら男に単刀直入で答えを聞いた。


「あの、話は変わるんですけど……ここって何て国でしたっけ?」

「はあ? オイオイ、勝負する前から頭大丈夫か?」


 お前にだけは言われたくねぇよ。口から出かかった言葉を飲み込み、繋は真顔のまま回答を待った。


「ま、ギャンブラーは地名なんて気にしねぇからな……あそこは賢者様が直々に治めてる()()()()()()だよ。東西南北の四大大陸、東の()()()()()()()()を統べる、な!」

「ああ……そうか」


 その時、繋の頭の中に思い浮かんだものは、暇潰しに読んだ国語の教科書──その中の“胡蝶の夢”であった。


 ギャンブラーとしての加賀峰繋が非現実的な世界の夢を見ているのか、それともこの非現実的な世界の俺がギャンブラーの加賀峰繋の夢を見ていたのか……。


 ──あるいは、本当に“転生”してしまったのか……。


(…………まあ、どうでもいいか)


 その答えがどちらなのか、ここはどこで、自分は何者なのか……数ある疑問、問題を繋はまとめて投げ捨てた。


 考えるだけ無駄だ、面倒くさい。そもそもそれらが解決したとして、何の利が自分にあるというのか?

 この世界には賭博の場が点在しており、夢の記憶が仮に赤の他人のものだったとしても、今この身体の主導権を手にしているのは自分以外の誰でもない。


 ならば、やることは見ていた夢と変わらないではないか?


「情報ありがとう、オッサン。ちょいと楽しんで来るよ」

「おう、頑張れよ兄ちゃん。俺みてぇにケツの毛までむしられねぇようにな! ガハハ!」

「ああ、気をつける」


(ま、今はケツの毛すらねぇんだけどな……)


 未界の地でのギャンブルに胸を高鳴らせる繋であったが、ジーパンのポケットはすっからかん……文字通り一文無し。


 何の勝負するか、ではなく、そもそも“どうやって勝負をするか”という、賭け事において切っても切れない問題を抱えながら、少年は都市であるスペルド王国へと向かうのであった……。



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