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第15話 初めての一夜

 ガタガタと客車を揺らし、Kを乗せた馬車は道に沿って進み続ける。

 モンスターとエンカウント、盗賊の襲撃等のアクシデントも一切なく、自然豊かな田舎道を黙々と走っていた。


『ご主人様』

『え……クィス?』

『あ、すみません……精神感応(テレパシー)、魔法です。繋げた相手と頭を使って会話が出来ます』

『やっぱり便利だな……魔法』


(事前に通し考えなくても、バレずにやり取り出来るのか……)


 生粋のギャンブラーだけあって、Kはすぐに魔法と賭博をくくりつけて考えてしまう。

 いつか利用出来る機会があれば利用するし、相手がイカサマに使用した際は、それをいち早く推測する際に役に立つ。


 この世界の情報が何も無いKにとって、今は些細な情報も喉から手が出るほど価値がある。


『それで、何か用か?』

『はい。そろそろ陽が暮れますが、近くの村で宿を取りますか?』

『……取らなかったら野宿でもするつもりか?』

『野宿と言いますか……次の目的地まで適度に馬を休めながら走り続けますが……?』


 クィスの提案はとどのつまり、ほとんど休まずに運転を続けましょうか? である。

 しかし、ギャンブルでは容赦のないKも、誰彼構わず非常な態度を取るわけではない。


 懇親的なのは結構だが、それで倒れられては本末転倒だ。


『いや、宿を取ろう。いくら高い馬車でも車中泊には適してない』

『わかりました。それではもう少々お待ちください』


 クィスの性格を考え、あくまで“馬車では自分が休めないから”という理由で、Kは宿を取る案を選択する。

 主人の意見を了承すると、精神感応は電話のようにプツンと切れ、車輪が地面を走る音だけがKの耳に残った。


「……宿、か」


 彼の頭に思い描かれる宿は、コンクリート造りの高級ホテル──ではなく、少々大きな木造建築である。


 そして、その予想はピッタリと的中した。


 農村と思われる質素な町並み。

 はじめて訪れた都市と比べると、賭場らしい賭場も見当たらず、ネオンライトも一切ない町中は、窓から漏れる燭台の光と月明かりだけが淡く照らすだけ。

 人も大して出歩いていない様子から、夜の娯楽と呼ばれるものもないのであろう。


 そんな田舎町の中で、唯一客を招き入れるようにランタンが灯された大きな建造物が一つ……それが目的の宿屋であった。


「そこそこの造りかな?」

「そうですね。中へどうぞ」

「ああ、悪い」


 馬車を停めたクィスはパタパタとKへと駆け寄り、手間を掛けさせないように宿の扉を開ける。


「らっしゃい! って、今朝の坊主じゃねぇか」


 扉をくぐり、二人を迎えた人物……。それは、Kがこの世界で加賀峰繋として最初に接した名も知らない中年男性であった。


「オッサン……もしかしてこの宿の店主なのか?」

「ああ、そうだよ! 客がいねぇ時は都市まで出向いてギャンブルしてんだ。ま、今日負け過ぎてカミさんにこってり絞られちまったから、しばらくは行けねぇがな! ダッハッハ──痛ェ!?」

「なにがダッハッハだい! どんだけ苦しい経営してると思ってるのよ、このバカ亭主! まったく……あー、あー、お見苦しいところすみません、すみません。今案内しますねー」


 負けを笑い飛ばす姿を見かねてか、店奥から現れた奥さんが、みっともないギャンブル中毒の夫を鬼の形相でシバき倒すと、コロッと表情を笑顔に変えて、Kの接客を行う。


「えっと、一泊だけ。泊まるのは二人、外に馬が二頭」

「はいはい、お二人様と馬が二頭……っと。お二人様……あー……あ~……ハイ、じゃあ4号室ですね~」

「4? 二人部屋なら2でも──痛ェ!!」

「ちょっとはその空っぽの頭で考えな! まったくもう……どうぞこちらになりまーす」


 女将はKとクィスを連れ、薄暗い廊下の奥にある4号室へと案内すると、カギのない(きし)む木製の扉を開け、中へと招き入れた。


「…………」

「それでは何かありましたらお呼び下さいね~」


 ニコニコと“お邪魔にならないように”その場を去っていく女将。


 二人が案内された部屋は、二人部屋ということもあってそこそこ広いのだが……()()()()()()()()()()()()


 つまり、主従関係である二人のことを、男女二人っきりであることから“別の関係”であると勘違いし、余計な配慮をしたのである。


「あ、あの、今からでも別の部屋を……」

「いや……あのタイプはどうせ、恥ずかしがらなくてもいいのよ、なんて言って変えやしないだろうさ。仕方ない、今日はこの部屋で我慢だ」

「そ、そうですか」


 さすがのクィスもこの部屋はマズいと思ったのか、部屋の変更を具申するが、Kは理由をつけて意見を却下し、手近なウッドチェアに腰掛けた。


「ふぅ……さすがに寝るには早い、か。クィス、暇潰しにポーカーでもしようか」

「ポーカー、ですか……? でも私、賭けられるお金はありませんが……」

「ギャンブルじゃなくて単なるゲームさ。ベットなしのクローズドポーカー。高い手を互いに作るだけで、駆け引き要素は一切なし」


 そう尋ねながらも、懐から取り出したデックを目の前でシャッフルされては、空気的に、なによりクィスの関係上断ることなど出来ず、対面の椅子に着席する。


 Kは馴れた手つきでカードを五枚ずつ配り、テーブルの端に残りを置く。

 そして伏せられたカードを捲ると、パッと二枚を表向きに捨て、代わりの二枚を山札から加えて手札を作った。


「えっと……私も二枚チェンジで」


 素早いカードチェンジに目を奪われていたクィスも慌ててカードを手にし、Kを待たせぬように手早くカードを入れ替える。


「それじゃあオープン。こっちは8のスリー・オブ・ア・カインド」

「私は3、6のツーペアです」

「出だしは好調、っと。じゃあ次だ」


 それから暇潰しはダラダラと続けられ、途中で夕食を挟みながらも永遠と二人はポーカーを繰り広げた。


 数時間に渡るプレイの中で、ロイヤルストレートフラッシュはおろか、フォーカードすら出ることはなく。たまに出るフルハウスやフラッシュの手に一喜一憂する程度の、スリルのない地味なゲームだ。


 だが、今日初めて出会った相手と打ち解けるには充分な娯楽である。


 Kに対し緊張でガチガチに固まっていたクィスも、数ゲーム後には世間話を交わし、夕食後には団欒出来るぐらいの仲となった。


 ──なったのだが。


「わ、私は椅子で大丈夫ですから!」

「椅子で寝て休めるわけないだろ? 休めずに倒れられても、馬車の運転中に居眠りされても、一番に困るのはこっちだ」


 いくら大きなベッドとは言え、やはり主人と従者、そして男と女……一つの寝具で寝るというのは受け入れがたいようだ。


「別にベッドで()()しろだとか、くっついて寝ろって言うわけじゃないんだし、端と端で寝れば気にならないだろ?」


 寝相が悪いのなら別だが、と付け加え、Kは綿の詰まった薄いマットレスの端に横になり、毛布の一部を身体に掛けた。

 激動の一日だったからか、横になってすぐに静かな寝息を立てて本当に寝てしまう。


「え、えぇ……えぇぇ……」


 一人残されたクィスは困った表情であたりをキョロキョロ、あわわあわわと困った小動物のような反応を取る。

 いくら命じられたとはいえ、いくら主従間の関係が良好とはいえ、「はい、わかりました」などと言ってベッドに潜る度胸もなければ、軽率でもない。


 しかし、椅子で寝ることで関係が悪化し、あまつさえ解雇、奴隷商送りとなっては目も当てられない。


「……し、失礼します」


 悩んだ末に観念したクィスは、足先から物音を立てぬように毛布の下に潜り、Kとは背中合わせにベッドの端で横になる。


 初めての一夜。二人は大きめのベッドに対して真ん中をガランと空け、端と端で休息を取るのであった。


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