第13話 ダイステスト
「それじゃ、決まったら呼んでくれ。それとホラ、頼まれたもんも渡しとくぜ」
部屋の外へと出る前にKへ頼まれた物を手渡すと、店員は部屋から消え扉をガチャリと静かに閉じる。
(さて……と)
部屋から店員が去り、改めてKは部屋へと招かれた三人のエルフ達の姿を観察する。
やはり値段が高い事もあってか、柄こそないものの生地のしっかりした厚手の白色ローブを身につけているため、汚い等の不潔な印象は沸いてこない。
顔やローブの裾から覗かせる手足にも傷は一切見受けられず、飢えて痩せていることもない、至って健康そうな見た目であった。
いや、それ以上に──
(全員凄い容姿だな……将来一人一人が“店”の一番人気になりそうなポテンシャルを秘めてやがる)
この世界に“アレな店”が存在するかは知らないが、Kは綺麗、可愛い、美しいとする女性は、そういった店の女しか知らないため、そんな不名誉な評価しかつけられなかった。
何不自由なさそうな身なり、健康的な暮らし……ここで飼われている方がいいのでは? と思ってしまうほどエルフ達は良い生活を送っていそうであったが、どうやらそうでもないらしい。
「初めまして! 私、メニス・サンザイヤーって言います! 熱意だけなら誰にも負けません!」
「私はマーケン・シェキンよ、雇ってくれたら身の回りのお世話から夜のお供まで、何でもしてあ、げ、る」
「え、えっと、クィス・フェルミネートです! よろしくお願いします!」
Kが自己紹介を求めるよりも先に、メニスを皮切りとして三人は売り込むように自己紹介を始めた。
これではまるで──いや、雇用するという意味ではこれも彼女達にとっては大事な入社試験。あの手この手で売り込み、相手に求められる人材が選ばれる……そんな戦いなのだ。
地毛なのか、派手な橙色のショートヘアでワンワン騒がしいメニス。
褐色の肌に白色の長い髪、妖艶な雰囲気を醸し出すマーケンは、エルフというよりはダークエルフのような見た目である。
そして緊張しながらも二人に負けぬように必死に自己紹介を行うどこか健気なクィスは、深いお辞儀から顔を上げ、肩口まで伸びたハーフアップに結った金髪をフワリと揺らす。
三人とも容姿の違いはあれど耳はエルフらしい鋭利な三角形であり、それを除けば人間と何ら違いは見受けられなかった。
「自己紹介ありがとう。それにしても意外だな、見たところここでの暮らしは悪くないように思ったんだが、そんなにここから出たいのか?」
「とんでもない! 確かに衣食住どころか美容管理もしっかりしてますけど、毎日決まった時間に起きては、手伝いの勉強勉強……自由なんて一つもないです!」
「それは奴隷として働いても変わらないと思うんだが? むしろ自由なんて無くなると思うぞ」
「四六時中監視されて、窮屈な生活を強いられる今よりはマシです! それにここの食事、味気ないものばっかりで嫌いなんです!」
「ふーん、そうなの」
(奴隷って主人と同じもの食えるのか……? いや、確かに家族の一員扱いなら同じもの食えるだろうけど……)
この世界の奴隷の扱い方など知らないKは、無知を晒して彼女達に言葉巧みに付け入られるのを避けるため、特に言及する事なくメニスのハキハキとした意見を軽くあしらった。
「まあ、勝手に理想を思い描いてもらって悪いんだが、雇ったとしても屋敷暮らしにはならない。ずっと旅だ」
「ずっと旅をするということは、何か目的があるのかしら?」
「ああ、ちょいとコイツを集めにな」
その目的を一目で理解させるため、懐にある純白のカード──勇者の遺産争奪の参加券を三人へと見せる。
やはり、というべきか、そのカードに対して誰よりも先に食い付いたのは騒がしいメニスであった。
「それって賢者が配ってるカードじゃないですか! ということは凄腕のギャンブラーなんですか!? 凄いですね! 凄いですね!!」
「いくら褒めても特別扱いはしないぞ?」
サッとカードを懐に戻すと、メニスが頬を少し膨らませながら「そんなー」などとぼやくが、Kは全く彼女になびく様子は見せず、淡々と三人を試す用意を済ませる。
「ということで賭博尽くしの旅だ、必然的に勝負のパートナーになる可能性もある……だから」
「三人で勝負して勝った奴が採用ですね! ギャンブラーとして実力のある者として!」
「確かに三人で勝負するのは間違いじゃないが……別に実力なんか求めてない。必要なのは“運”だ」
「あら、意外ですね……そういう曖昧なものには頼らない人かと思ったのに、フフ……」
マーケンは色気のある言葉遣いで誘うようにKへと寄るが、少年はそれでも一切動揺する事なく彼女の問に答える。
「頼りはしないさ……ただ、運がない奴を傍に置いたら、ギャンブルだけじゃなく旅に影響が出るかもしれないだろ? 良い旅になるための願掛けみたいなもんだよ」
「私ら奴隷どころかウサギの足扱いってわけね……ま、いいや。やろやろ! ずっとここにいて勝負なんて久々なんだよね!」
「ふふ、同感……久々の勝負、滾ってきちゃうわ」
「え、えっと、頑張ります!」
「そんなに熱くなる勝負でもないと思うが……」
そう言ってKは先程まで遊んでいた三つのダイスと、店員から受け取った小さな木の椀をテーブルに並べる。
「それじゃあ一人ずつ三つ同時に投げて、良い目を出した奴が勝ちだ。振り直しはなし、椀から出たダイスはカウント外、ルールはそれだけ、質問は受け付けない……それじゃあ最初に振りたい奴は──やっぱりお前か」
突拍子もないルール説明後だというのに、悩む事も戸惑う様子もなく、メニスはピョンピョンと小さく跳ね、オレンジ色のショートヘアを揺らしながら、我先にと言わんばかりのアピールをしていた。
対して他の二人は様子見するようにジッとその場から動かない。
「一番目にメニス……で、二人はいいのか?」
「ええ……私、こういうのは最後にやるタイプなの」
「それじゃあ……私は二番目でいいです」
情報を集める為の賢さか、それとも残り物には福があるという考えなのか、マーケンは一番最後を選択し、クィスは二人の邪魔をしないように真ん中の位置へと収まった。
そんな奥手な二人をメニスは鼻で笑うと、ダイスを握りしめて二人を順に指差し挑発する。
「ヘッ、お前ら怖じ気づいたな? だったら見てな、この私の運をねッ!!」
自信満々に賽は投じられた。
コロンコロンと独特の木の音を奏で、白色のダイスは椀の中を円を描いて駆け回る。
走り、跳ね、回り……それぞれが自由に踊る舞踏会は早々に幕を閉じた。
「…………や、やった!」
賽の目を確認したメニスはその点の多さを見ると、嬉々とした表情で拳を突き上げガッツポーズを取る。
「どうだ、6の目二つの16だ!!」
「ああ、大きい目だな」
6、6、4の合計16──それはサイコロ三つの最高18に限りなく近い数値。
そんな高いハードルを前に立てられ、二番手のクィスは更にオドオドとした仕草で椀の中からダイスを手の中へと運ぶ。
「ほら、早く投げなよ。ま、私の勝ちは決定的だけどね!」
「……うぅ」
コロコロと手中で賽を転がし、ジッと祈るように空っぽの椀を見つめるクィス。
いつしかプレッシャーに圧されてか、その瞳からはポロリと涙が溢れる。
「そんなに思い詰めるなよ?」
「──え?」
「いや、泣いてるからさ」
「あ、私……ごめんなさい、大事な場面でよく泣いちゃうんです」
「ふーん、そうなの」
Kに指摘されるまで自分が泣いている事すら気がついていなかったエルフの少女は、フリーの左腕で涙を拭うと、意を決したのかダイスを手から旅立たせる。
カンコンコン、同じ賽と同じ椀でも先程とは違う合奏を披露した三つのダイス……そして、その結果は──
「……い、1の目二つ、ですね」
「あーあ、8かぁ……こりゃ残念だね。ホラ、最後最後! 早く振る!」
底に集まる賽の出目は、赤点が二つに黒点が六つ。
ダイスの期待値を仮に3と低く見積もっても、その合計は期待値を下回る結果となった。
しょんぼりと顔を曇らせるクィスを横目に、メニスの騒がしい煽りなど気にも止めず最後の挑戦者であるマーケンが三つのダイスを指先でつまむと、そのままダイスを戻すように賽へ落とした。
「今後の人生が決まるってのに、随分あっさりだな」
「念じたところで結果は変わらないでしょ? これでいいのよ」
K寄りのリアリストな考えを持つマーケン。
やはり一人だけダークエルフのような風貌だけあってか、メニスのように強気でも、クィスのように弱気でもなく、どちらかと言えば冷めた態度を以て試験に挑む。
そのせいか今までに比べて乾いた音を椀は奏でると、ステージの中心でダイスは制止する。
「げッ……!」
勝ち気でいたメニスは思わずその目に対して声が出てしまう。
どうやら思った事がすぐに声に出てしまうタイプらしい。そんな彼女に声を上げさせた目──それは……
「6が二つ、そしてもう一つは5……私の勝ちみたいね」
「ぐぬぬ……もう一回! もう一回投げさせろ! 投げさせてぇ~っ!!」
「残念だが一回だけだ。試験に長々と時間も掛けたくないからな」
再びダイスを手にしてやり直しを要求するメニスだが、鼻先に突きつけられたダイスを奪い取るように回収すると、それをポケットに戻してKは三人の前へ試験官気分で向かい合う。
「テストご苦労様……それじゃ、採用するのは──」
スッと指を差すKだが、その先に誇らしそうな表情を浮かべたマーケンの姿はなかった。
「“クィス・フェルミネート”、君だ」
「……え?」
Kのその発表に対して三人が同時に──しかし、怪訝、狐疑、不満とそれぞれ別の意味を込めて同じ単語を口にした。
そして、もちろん最初に異議を唱えるのは最後に17の目を出して勝ちを確信したマーケンだ。
「ちょっと、何でその娘なの!? 私がこの中で一番大きな目を出したでしょう!」
「別に、大きな目を出したら勝ちなんて一言も言ってないだろ?」
「でも! そこの五月蝿いのが最初に目を出した時に貴方は──!」
「ああ、“大きい目だな”──とは言ったな」
16を出し喜ぶメニスに対し、確かにKは感心したような声色でそう口にしたが、一言もそれが“いい目”とは言ってはいない。
「まあ、実際悪い目ではないし、小さな目でもない。それにギャンブルをやってる奴なら分かるだろ? 椀に三つのダイスを使うと言えば……」
「……チンチロリン、なの?」
それは同じ目のダイスが二つ存在するとき、残り一つを出目とするダイスゲーム。
知らないなら知らないでルールを説明すれば済むことだったが、どうやらこの世界にも存在するらしく。手間の省けたKは面倒事がなくなりホッとする。
「だ、だったら先に言えばよかったじゃない!」
「言ったらどうなんだ? “念じたところで結果は変わらない”、そう言ったのはそっちだろ。それともイカサマでもしたか? 一つならともかく三つを椀に入れて投じるチンチロでダイスコントロールなんて人間業じゃないが……器用なエルフなら出来たか?」
「それ……は……」
マーケンはそう言われて言葉を詰まらせる。
Kの言う通り、これがチンチロであると事前に言われていようがいまいが、三つのダイスを椀に入れてコントロールするなんて高度な──いや、高度を通り越した奇跡、神域のテクニックなど自分は持ち合わせてなどいないのだから、結局は運に頼るしかないのだ。
「必要ないから言わなかった、ただそれだけさ」
「そんなこと言って、ホントはクィスが気に入ったから選んだんじゃないの~? 私より清楚だし~、あっちより従順そうだし~、おっぱい大きいしー」
「俺が見た目だけで贔屓するように見えるか?」
「…………うぅ、それはそうだけどさぁ」
目の大きさでも、チンチロでも勝てないメニスは不貞腐れた態度で被虐的な負け惜しみを口にするが、三人のエルフを目の当たりにしてから一切表情を変化させないKの返しにメニスはぐうの音も出なかった。
「それで、当の本人はそれでもいいか? 二人に比べてあんまり意欲がなさそうだが……イヤなら二人に再テストさせるけど」
「え、あ、いえ、その……な、なります! イヤじゃないです! 私、貴方に着いていきます!!」
「そうか……じゃあ決定だな、クィス・フェルミネート。この紙にサインしてくれ」
店のオヤジから渡されていた誓約書と羽ペンをクィスへと手渡す。
そんな誓約書を受け取ったクィスが最初に注目した欄は長い誓約文ではなく、一文字で書かれた雇用主の名であった。
「……K、これが貴方の名前ですか? それともイニシャルか通り名……?」
「名前だよ、読みもそれで合ってる。書きやすくて覚えやすいだろ?」
「え、ええ、そう……ですね」
K……それが彼のファーストネームなのかラストネームなのかすらわからない男の名前。そんな彼をクィスは怪しむ様子でチラリと視線を向けてしまうが、これからのご主人となる相手に無礼な態度は取れまいとKの視線を誓約書で遮り、紙に書かれた内容を読み進めていく。
「それでも一文字って、どう考えても偽名じゃん……どう思う?」
「私に聞かれても知らないわよ……まったく」
好奇心旺盛なメニスはひょっこりクィスの手にした誓約書を盗み見ると、それについての意見をマーケンに尋ねるが、彼女はここから出られないという事実にブルーになっており、彼に対する興味は完全に失せていた。