第12話 奴隷市場
この世界に馴染む為さっそく賢者の服に着替えたK。
装飾のない膝まで丈のある黒いロングコートを筆頭に全身黒一色の怪しげな服装……それはもう魔法使いと言うよりは暗殺者に近い身なりであり、Kが纏う事で一層物騒感が増されていた。
もっとも毒魔法使いの賢者なのだから、あながち暗殺者と言っても過言ではないか、とKも納得してしまう。
そんな物々しい格好のKだが、今はカジノから去り、地図を片手に街を散策していた。
「何時如何なる時も勝負できるように」との賢者の助言を聞き、ダイスやトランプといった勝負道具を一式を用意し終え、少年の買い物もようやく終わりが見えてくる。
(出来れば一人旅が良かったんだけどな……)
地図を辿り、街の上層に構える店の前に立つKはどこか気の進まない顔で看板と睨み合っていた。
『奴隷売買所:魔族から人間まで男女問わず取り扱っています』
日本ではまず見かけない物騒なフレーズ。
魔法を見抜くなら検知道具で充分と考えていたが、賢者から頂く予定の馬車を動かす為には運転役が必要となる。
さすがのKも乗馬経験や手綱の扱い方が分からない以上運転は難しく、人を雇うしかない……。
だとすれば、欲しい機能が一つに纏まっている方が何かと便利だろう。そんな理由でやって来たのだ。
「いらっしゃいませお客様。奴隷の購入を希望の方は右のカウンターへ、奴隷買取り希望の方は左のカウンターでお手続きを行って下さいませ」
奴隷、というワードから、店内は血痕で汚れ、血生臭い匂いで溢れ、店員はゴロツキのようなイメージがあったKだったが、店内は綺麗に清掃されており、店員も至って真面目な接客を行う女性であった。
説明に従い右のカウンターへ足を運ぶと、そこにはKの思い描くような奴隷商人らしい野性味溢れる風貌の盗賊──ではなく店員が笑顔で待っていた。
「らっしゃい、奴隷をお求めで?」
「ええ、ここで買えると聞いて来たんですが、どんなのがいるんですか?」
「欲しいのは魔族か、それとも人間か?」
「魔族です」
「だったらこっちの紙に希望する項目をチェックしてくれや」
ギャンブルが著しく発展している為、その他の産業も発展しているようで、手渡された紙は綺麗な白色な上、プリント印刷されたように文字が記されていた。
テーブルの隅に置かれた羽ペンを手に、Kは一つ一つチェックを埋めていくつもりだったが、最初の質問で手が止まる。
・この中で必要としない種族にチェックして下さい。
その一文の下にズラリと並ぶメジャーからマイナーなファンタジー種族の数々……サブカルチャーに対しても知識のあるKであるが、その知識がこちらの世界に当てはまる保証はないので、知ったかぶらずに素直な態度で男に尋ねた。
「……ゴブリンとかオークって魔法見えたりするんですか? というか、話せるの?」
「あ? あぁ、いえ……ゴホン! 魔族だからってそこまで馬鹿にしちゃいけねぇよ、魔法も見える、会話も出来る。話せねぇような奴じゃ奴隷にならねぇだろう?」
「確かに……それじゃあ違いは見た目だけ?」
「あー……かなり育ちの良いお坊っちゃまらしいな。仕方ねぇ、一つ一つ説明してやるよ」
「助かります」
客相手に多少の粗はあるものの丁寧な対応をする店員に助けられ、Kは一通りの説明を受ける。
「まずはゴブリン、こいつは体つきが小さいから力仕事は出来ないが知能が高い。事務的作業なら何でも可能だ……ただ」
「ただ?」
「生まれつきズル賢い性分でな、接客や商売をさせればピンハネ、懐が無防備だと財布を盗んで夜逃げなんかをよくやる」
「絶対いらねぇ……」
「ま、夜逃げするより働いていた方が儲けられる。そう思わせればちゃんと働く奴らさ」
少なくとも馬車を運転させ、ギャンブルを横から見せる程度の仕事では、その条件には合わないであろう。
Kはゴブリンのチェックボックスにレ点を記入する。
「次にオークだが、知能と筋力は半々の万能型だが、客商売は向かねぇな。ただでさえ豚顔で醜いってのに、かなり獣臭が──」
「次お願いします」
旅路も賭博も、そんな異臭を放つ者を隣に置いて行いたくなどはないし、肩も並べたくなかった。
Kはオークの欄にもチェックを付ける。
「お次はトロールだ、言葉通り筋力バカ。力はあるが頭が悪い」
「どのくらい?」
「覚えられる指示は一つ。歩いて忘れることはねぇが、止めないとずっと同じことを繰り返す。ヒデェ奴だと主人を忘れて他人の指示に従うレベルでオツムが弱い……流石にそのレベルの奴はここで買い取ってねぇがな」
「それでも止めておくよ」
あまり人に指示を出すのが好きではないKにとって、トロール程の頭の悪さは相性最悪とも言える。
その上、この旅はギャンブルと隣り合わせの旅……後ろにいて「これなら勝てますね」や「それじゃあ負けますよ」など口に、あるいは顔に出したならば、目も当てられない状況に陥るだろう。
「……」
あまり良い種族に巡り合わないKは説明を受ける前にリストに再度目を通す。
サハギン、スケルトン、スラード、リザードマン……どれもクセの強いイメージしか浮かばない種族の中で、一つだけ人間寄りと思われるまともな種族が目に入った。
「えーっと、次は──」
「あー、おっちゃん、エルフってのはどうなんだ?」
「ん、エルフか? 力は人間並だが、何をやるにも器用さは機械のように緻密で正確、知能はゴブリンどころか人間も凌ぎ。その上見るだけじゃなく魔法を使う事も出来るし、差はあるが性格も誠実で見た目も良い。ただ……」
「ただ?」
「高ぇぜ? 男娼、娼婦としても需要が高ぇからな」
「……いくらだ?」
奴隷の値段というのは過去に遡る程高くなり、単なる労働力ではなく貴重な財産として丁寧に扱われていた。そんな事が書いてある本を昔読んだ事のあるKは覚悟して耳を貸した。
「ヘン、驚くなよ……金貨百枚だ!」
「なら問題ない。他の項目もチェックするから、合った奴を連れてきてくれ」
「へ?」
値段に臆すことなく購入を希望するKに逆に驚かされる店員。
確かに奴隷に金貨百枚は高額で、ゴブリンやトロール等の三倍以上の価値に匹敵する。だが賢者から百枚、ハウザーから差し引き二百五十枚の金貨を受け取った今のKにとっては、然程問題になる値段ではなかったのだ。
「はい、それじゃあお願いしますよ」
「お、おう……えーっと、エルフ、性別女の……あー、あー……分かった、捜してくるからあっちの部屋で少し待っててくれや」
「わかりました。あと、出来ればもう一つ頼みが──」
店員の去り際に一つの頼み事を伝えると、男はそれを渋々了承し、手渡されたペーパーを片手に店の奥へと消え、Kは指差された部屋の中で待機する。
木製机が一つに、部屋の隅に何脚か積まれた椅子……いわゆる面接室のようだ。
「さてと……あぁ、携帯はねぇのか」
暇になった時の癖でポケットの携帯を取り出そうとしてしまうが、今そのポケットの中には買ったばかりのトランプやダイスがあるだけ……。
Kは仕方がなく三つのダイスをテーブルにカラカラと転がし余暇を潰すことにした。
その後店員が三人の候補を連れて来たのは、Kがダイスを振るのすら飽きた頃となる。
「待たせたな」
「いえ、こちらも色々頼み過ぎましたから……ところで」
「ん? なんだ」
「使用済みか未使用かって、どうやって確かめてるんですか? まさか一人一人覗いて──」
「んなわけねぇ──です!!」
咄嗟に出た言葉を無理矢理丁寧語に直したせいで、少し気持ちの悪い言葉遣いになりながら、男はKの発言を否定する。
そんな原始的で野蛮な行為を行っているなどと少年にデマを広げられても困る。そう思っての事だ。
「これだよ、コレ! ユニコーンの角の欠片! 未使用なら触れられるが、使用済みなら絶対に触れる事が出来ない代物さ」
「なるほど……つまり」
「言っておくが男に効力はねぇし、俺は童貞じゃねぇからな」
Kの頭に浮かんだ疑問に先んじて釘を打つように男は答えると、「ああ、そう」とKは言いかけた言葉を押し留めた。