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第11話 チャンスの代償

「ハウザー、チャンスをやろうか?」

「チャンス……だと?」

「……K!」

「大丈夫です賢者様、悪いようにはしませんから」


 口を挟むな、とでも言いたそうな賢者を抑えてKはテーブルに積まれた金貨を一枚取ると、ハウザーへと歩み寄っていく。


「彼に……自分と同じギャンブルをさせようと思います」

「……ホホッ! 同じ!! 同じギャンブルか……! クク……そうか……それはいい、実にいいチャンスじゃのう!」


 Kのその提案一つで賢者の不満は綺麗に晴れ、愉快そうな表情を浮かべてシワだらけの手で拍手を送る。


(同じ……? 一体、どんな……)


「難しい話じゃないから、聞き逃さず理解しろ。やることはコイントス、確率はシンプルに五割、当てたら金貨百枚……だが今回は特別に表か裏を()()()()()()()金貨十枚、当てたら追加で九十枚くれてやる。俺はこの勝負に勝って賢者に認められた…………それじゃあスタートだ」


 有無を言わさずテーブル上の金貨を指に乗せ、有無を言わせぬ間に弾き、金の硬貨が空へと舞う。

 瞬間、ハウザーは混濁していた思考を無理矢理再起動させ、今自分に与えられた情報を慌てて整理する。


(コイントスで金貨百枚!? しかも宣言だけで十枚だと……その時点で貸し借りは無くなるじゃないか……! その上50%で金貨九十枚……九十枚あればこの最悪の状況を建て直す事も可能だッ……!!)


「ぅ……お、おおおっ! 表だ! 表ッ!!」

「……宣言したな。さて、どうなるかな?」


 宣言することで金貨十枚の契約は結ばれた。

 目先の金にとらわれて締結された契約が、悪魔との契約だと知りもせずに……。


(フン、大金を手にして調子に乗って! 大体、たかがコイントスで賢者様に認められただと? そんなもので、そんな簡単な──ギャンブルとも言えない遊戯で認められただと!? ふざけるなッ!! 当たれ……当たれ! 当たれッ!!)


 照明に照らされ光輝く硬貨にKに対する怒りと、自らの未来への祈りを込め、固唾を飲んで見守るハウザー。

 当たれば2,500万円となる万馬券を握り締めるように、文字通り手に汗を握っていた。


 出走した金の馬は天井付近で綺麗にUターンし、一直線にゴールを目指し飛来する。


 パン!


 硬貨のゴールと同時にKの掌が硬貨を覆い隠す。

 緊張の一瞬、ピリピリとした空気が室内に張り詰め、少年の覆い隠された手の甲に刺さるような注意が集まった。


「っ、ハハ……さっきのゲームよりも、今の方がギャンブルらしい空気だな……まったく。出来ればこんな空気で勝負したかったよ……」

「御託はいい! さっさと見せろ!!」

「ハイハイ……」


 覆い被さる右手がゆっくりと離れ、勝利の結果が明るみへと誘われる。


(来いっ、金貨百枚! 来い、来い来い来いッ、勝利の女神ッ!!)


 強く勝利を念じ、自らが望んだ結果になるように希望を抱く。


 しかし、いくら念じ、望んだところでコインの結果が彼の手の上で変わるわけがないのだ……。


「……残念、裏だ」


 ハウザーに金貨の表面(女神)は微笑む事はなく、彼を阻むように待ち受けていたのは裏面()であった。


「クソッ……だ、だが宣言はした! 金貨十枚は私に渡され、賭けの不足分は無くなったぞ!」

「ああそうだな、これで店に貸し借りは無くなった……まぁ、無くなるのは“それだけじゃない”けどな……それでは賢者様、後は任せます」

「うむ、任されたわ」

「? な、何の話だ」


 コイントスに失敗したものの、少なくとも借金を作る事もカジノへの入店を禁止される事もなくなり、ひとまずホッとするハウザー。

 しかし、意図の分からぬKの発言に晴れ行く気分はすぐさま曇り空へと変えられる。


「ホッホッホ……ハウザー、今のはギャンブルじゃぞ? 富を得るために()()を賭けるのは当然の事。彼も賭けた──しかし勝った、だから失わなかった……じゃが、お主は負けたから失わなければならぬ」

「賢者様……? 一体な──ゴホッ、ゲホッ」


 一体何の話なのか、自分が何を失うのか、少年から詳細を聞くことなく賭けに興じてしまったハウザーは、賢者に尋ねようと問いかけるが、急に訪れる苦しさに思わず咳き込み、礼儀として反射的に口を手で押さえてしまう。


「はぁっ、はぁっ……申し訳……あり……ま……え?」


 生暖かい、何かベトベトとした感触が手にまとわりついた。


 唾か、はたまた痰か? そんなハウザーの安易な予想は刹那の内に消えていく。


 ──血だ。


 赤い、ドロッとした大量の血が自分の手を真っ赤に染めているのだ。


 これは自分が吐いたものなのか……? 一瞬の事で思考がフリーズするが、あくまでこの血はダムの僅かなヒビから漏れた程度の量……。


 だが、ヒビから漏れたら最期……ハウザーというダムは加速度的に決壊する。


「お゛……ゴフッ、ガハッ! はぁっ、はぁあぁぁぁっ……! あぁあっ! あああぁぁっ!!」


 口から沸き出る大量の血液に、ハウザーは言葉にならない声と共に賢者に注意を寄せる。

 恐怖、懇願、疑念、様々な意図を持った視線に睨まれた賢者は、それもまた一興と、ハウザーの聞きたい事について語ることにした。


「何が起きているか分からぬようじゃな? じゃが、簡単な事よ……先程のコイントス、その対価は己の命じゃった。そしてお主は負けたのじゃ……その命、ワシが奪わせて貰う」

「あぁ……!? い、命? そんなっ──ゴホッ! あ゛ぁぁっ!? け、賢者様、お、お待ち──ゴフッ! ハァッ……! お待ち下さいッ!!」

「お待ち下さい?」


 賢者は顔中を鮮血にまみれさせた男の言葉に反応する。


 もちろん、その言葉を聞いて待つ為ではないが……。


「ワシは……待ったぞ?」

「はぁぁっ……っ……ぇ?」

「お主にカードを託し、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずーっと待った。いつかこのカジノから去り、遺産を手にするために旅立つとな……じゃが、貴様はこの都市から離れる事はなかった。私は賢者に認められた、私は賢者に一目置かれているなどと戯れ言を抜かして、どこかの王にでもなったつもりだったか?」

「あ……ぅ……それ……は……カハッ、コフッ!!」

「貴様など、たまたま選ばれた有象無象の一人じゃ……ただこのカジノでチマチマと稼いでいるだけの寄生虫のような存在、それがお主じゃよ……ハウザー!」

「寄生………っ、そ、そん……なッ! 私は……貴方に選ばれ──ガハッ、ゴフゴホッ!! はあ゛ぁぁっ……あぁぁっ、あぁぁぁぁぁッ……! オイ、お前ッ! た、助け──助けてくれッ!!」


 賢者に殺される、そんな危機的状況を脱するべくハウザーは恥も外聞もかなぐり捨てて、あろうことかKに助けを求める。


 ……だが


「いいじゃねぇか」

「ハァッ、ッカァ……えぇっ?」

「ギャンブラーがギャンブルで死ねるなら本望だろ?」


 目の前にいるのは悪魔──いや死神だろうか。

 血を吐き散らし、死を目前に控えた自分を見るその男は、あろうことか狂喜の笑顔を浮かべていた。


 人が死のうという瞬間を笑顔で見物する者など“人であるわけがない”……。


「く、狂っている! お、お前も……賢者もッ!! う、うぅ、ぅぅぅぅぅッ!! いやだッ……死にたく……死にたくないっ! こんな…………私……は……こんな……死に……し…………が……ッ」


 自分は特別な存在、そう信じていたハウザーの心の支えはその時ポッキリと折れた。


 胸を内から貫くような激痛を伴う激しい動悸、込み上げる吐き気は全て血となって口から止めどなく吐き出され、ハウザーは断末魔の一つも上げることなく有象無象の一人して、身体中の血を吐き切り程無くして血溜まりの床に落ち、帰らぬ人となった。


 日頃から溜め続けられた鬱憤……それを相手が死ぬ間際にようやく解放できた賢者はそんな死体を冷えた目で見下し終えると、クルリとその体をKの方へと向ける。


「…………おっかない殺し方ですね」


 流石のKも刺殺、斬殺、銃殺ぐらいしか人の死に方を見たことがないので、賢者の行う殺人方法に思わず肝を冷やしてしまう。


「ホッホッホ、ワシの得意魔法は“毒属性”じゃからのう」


(火とか水の四大元素じゃなくて毒属性って……本当に英雄の一人か? やっぱり魔王の手先じゃないのか?)


「K……」

「はい?」


 心を読まれたか? それともギャンブル中に貶した事に腹を立ててたのか? どちらにせよ自分も殺されるのではないかと、内心少し焦りながら平然を装って素っ気ない返事をする。


「勝利を祝福すると共に、この男を殺す機会を作ってくれて深く感謝する……そもそもワシがカード渡した事が発端じゃからな、与えられる罰など精々借金を作らせ、奴から生き甲斐を奪う事が限界じゃった」

「と言っても、表が出たら生き甲斐すら奪えず寄生虫に逆戻りでしたけど?」

「ホッホッホ……それもそうじゃったなぁ」

「…………あ」


 まさか魔法を使って裏に見せたのではないか? Kは手の金貨を覗き込むが、それはただの金貨にしか見えなかった。

 この場において魔法を使用できる者も、見抜ける者も、賢者ただ一人なのだから……。


「フォフォ……やはり魔法が見えぬのは不便よのぉ」

「はぁ……どうにか見えるようになりませんかね?」

「流石にそんな魔法は存在せんよ。検知道具か魔族、どちらかを手に入れるのじゃな」


 そこはゲームの王様のように初期装備として用意してくれないのか……。

 Kは不親切な仕様の展開にゲームと現実の違いを感じてしまう。


「まぁ、“殺害祝い”としてお主にいくつか渡そうではないか」

「ヘヘッ、ありがとうございます」


 何か凄いものか? と期待したKであったが、その後彼に渡された物は特に特別な物は何一つとして存在しなかった。


 その浮浪者みたいな服では奴隷と見間違われる、という理由で、賢者の古着を手に入れ。

 買おうとすれば製作に時間が掛かる、という事で馬車を用意してもらい。

 他に旅路に必要な物はこの街で揃えられる、との事で街の地図を手渡された。


 服と馬車と地図……それは間違いなくゲームで王様から渡される初期装備らしい物である。


 そんな中、もう少し特別な物はないのかよ……と、Kは少々不満そうな顔を浮かべるのであった。 

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