魔獣の巣
昼前。
リビングでソファに腰かけながら、オレは一人ナシンゴの実をかじっていた。
先日の魔術を使うグールの件を、かれこれ一時間は考察している。
「ふぅむ……」
あのグールはたしかに魔術を詠唱した。
“グルグルグル”だとか、適当な文言だ。
まあ、文言に関しては問題じゃない。
そもそも魔術の詠唱に、決まった文言などは存在しない。
オレが扱う超高位魔術にしても、詠唱の文言はオレ自身が編み出したものだ。
大事なのは魔術行使に必要な四大精霊に働きかける文言であるということ。
簡単に言ってしまえば精霊が好む言葉ならなんでもいいし、魔術師によっては文言よりも“想い”こそが大事なのだとのたまう奴もいるほどだ。
まあ、オレは“想い”などという曖昧なものより、一つ一つ文言を解いていくほうが性に合っている。
高位以下の魔術に関しては、効率のいい文言を見つけ出した先人にみんな倣っている現状だった。
つまり魔術にはまだ解明されていない部分が多く残され、オレが研究をするに値する最高の娯楽でもあるというわけだ。
「……なんなんですか、さっきから一人でニヤニヤして? 気持ち悪いですよ♡ マジで」
「相変わらずまともに挨拶もできんのだな、シエラ。まあいい、今日もオレは出かけてくる」
グールに関して、ここで物思いにふけっていても仕方ない。
もう一度あの現場にでも行ってみるか。
「へー、今日はアタシもちょっと出かけてきます」
「そうか、ギルドで仕事か? 借金返済のためにキリキリ働けよ」
「……いや……ちょっとしたヤボ用で」
「野暮用?」
それからシエラは返事をせず、こいつにしては暗い表情で俯いていた。
と、思ったら急に顔を上げるシエラ。
「師匠、夜、なんか食べたいものあります?」
「……なんだ唐突に」
「いいから! なんか食いたいもんあるのか聞いてんですよ!」
今日はまた一段と情緒不安定な態度に面食らう。
面倒だから適当に答えてさっさと出るか。
「魚だな。捌くのは手間がかかるし、おまえも魚は捌けないだろう。海の街だというのに、最近オレは魚を全然食ってない」
「さ……魚……ですか……?」
なぜかごくりと唾を飲み込むシエラを置いて、オレは先に家を出た。
なんなんだあいつは。
おまえの方がよっぽど気持ち悪いぞ、シエラよ。
馬車を手配して先日の岩礁洞窟へとやってきた。
本日は晴天のため、洞窟の入り口までよく見渡せる。
グールの姿は見当たらないが……もっと近くまで行ってみるか。
潮が満ちると海面に浸かるのか、洞窟入り口の岩盤はじっとり湿っている。
奥は暗闇が広がっていて、ここからではなにも見えない。
スクロールを取り出し、低位魔術の“灯火”を使用する。
橙色の光が広がり、湿った洞窟内部があらわになった。
壁面には絶えず滴が流れ、じめじめとやはり陰鬱な雰囲気だ。
グールどもは全滅したのか?
奥へ奥へと足を踏み入れていくと、服と思しき布の切れ端や、軽鎧の鉄板などがあちこちに転がっている。
何気なく丸い金属を拾う。
羽根飾りが描かれたバッジ……どこかで見たような記章だ。
頭上につまみ持った記章を、眺め回していたそのときだった。
洞窟のさらに深い闇から、複数の物音らしきものが聞こえる。
おっと、まだグールの生き残りがいたか。
足を潜めて奥へ向かう。
少し開けた空間があるようで、壁に身を隠しながら覗き込んでみる。
洞窟の中央には、グールどもが折り重なるようにしてくたばっていた。
その周囲を警戒しながら馬が三頭闊歩している。
カポン、カポン、と水を含んだ長靴のような音。
体毛は灰色。
海藻のごとき濡れたたてがみを頭に張りつけ、魚類の尾びれに似た尻尾をムチのようにしならせている。
「あれは……ケルピーか……?」
ケルピーは水魔術を操る魔獣の一種だ。
水場を好むと聞くし、おそらくここはケルピーの巣なのだろう。
と。考察などしていたら、さらに馬がもう一頭、ゆっくりした足取りで現れた。
毛並みは純白で、頭部に長い角を生やした一角獣だった。
あれは間違いなく聖獣に分類されるユニコーン。
ケルピーどもは頭を垂れ、まるでユニコーンにひれ伏すような姿勢を取っている。
……興味深い。
魔獣と聖獣が共に行動するなど聞いたこともないし、そもそもユニコーン自体が目撃すら希少だ。
魔術を使うグールに、ケルピー。
果てはユニコーンまで。
この洞窟はなんなのだ。
非常に興味を引かれつつ、オレは足音の反響に気をつかいながら後退した。
ケルピーどもは気性が荒い。
見つかれば戦闘は避けられないだろう。
しかし水の中位魔術まで扱うケルピー相手に、スクロールでは心もとない。
高位魔術を放てば洞窟が崩れかねない。
どうしたものか頭を捻り、ともかくこの日は家路についた。
リビングに入ると、テーブルには魚料理が並んでいた。
少々驚いたオレを、水着の上にピンクの前かけをつけたシエラが不安そうな面持ちで見ている。
あの洞窟もそうだが、今日はこいつもよくわからんな。
ひとまず黙ってテーブルにつくと、シエラも対面に座った。
焼いた魚に、スープで煮込んだもの。
あとは申し分程度に野菜とパンも添えられている。
お世辞にも食欲をそそるとは言えない盛り付けだったが、魚の切り身を思いきって口に運んだ。
「ど……どうですか……!?」
味を除けば、丁寧に下処理をされた魚には感心した。
だから率直に――
「上出来じゃないか」
「……あは♡ ですよね!? アタシめっちゃ頑張りましたもん! 魚とかぬるぬるして抵抗感ヤバかったんですけど、まあアタシにかかれば楽勝っていうか~」
――おまえにしては。
という続きの台詞は言わないでおいてやる。
食事の間、シエラは包帯だらけの指をなんとか誤魔化そうと必死だった。
「え? また岩礁洞窟行ってたんですか? 相変わらずヒマなんですね師匠」
「……まあいい。それよりもこれだ、見覚えはないか?」
食事後、絞りたてのナシンゴジュースでシエラと一杯やりながら、洞窟で見つけた記章をテーブルに置いた。
「これ……ユディール帝国の兵士が付けてるやつですかね。よくわかんないけど、部隊長とか」
どこかで見たと思っていたが、やはりユディール帝国か。
これでますますあの洞窟への疑念が深まった。
あそこにはなにかがある。
うつ伏せでソファにだらしなく寝そべり、肉付きのいい白い足をぱたぱた揺らすシエラを見て、ふと思い立つ。
「そうだ。魚料理の礼に、一つ褒美をやろう」
「え!? ご褒美!? お金!? お金ですか!? あっ“一晩中かわいがってやる”とかそういうのはナシですよ? それ師匠のご褒美になっちゃうんで! エッチ♡」
頭がイカれてるのか?
「オレの褒美といったら魔術だよ。弟子のおまえに、師のオレが魔術を指導してやろう」
シエラはあからさまにでかい息を吐いて、ソファに顔を突っ伏した。




